第百四十六話 わたしのおとうと(アルト視点)
ブックマークや感想をありがとうございます。
今回は、初のアルト君視点っ。
それでは、どうぞ!
イルトが倒れたことは、私にとって、とんでもない衝撃だった。
イルトは、黒という色を持ったがために、ずっとずっと、辛い思いをしてきたのは知っている。側妃様……は、本音は別として、イルトへ厳しい言葉ばかりかけるし、城の中ですれ違う貴族は、あからさまに蔑みの視線を寄越す。父上がかなり徹底しているおかげで、使用人や教師にそういった者は少ないが、出入りの商人などはそうもいかない。イルトは、剣術も勉強もすごいのに、私など足元にも及ばないというのに、貴族達が褒めるのはいつだって私。イルトのことは、蔑むか、居ない存在として扱う。同じ王族なのに、同じ兄弟なのに、ただ髪と瞳の色が黒かったというだけで、奴らは私の大切な弟を傷つける。
イルトが最後に笑顔を見せたのはいつだったか、それすらも分からなくなるくらいに、イルトはどんどん無表情になっていく。それは……その事実は、私にとって、嫌で嫌でたまらないものだった。
そんな状況の中、迎えた一人の公爵令嬢のお披露目パーティー。渋るイルトを連れ出して、私は会場へと向かった。そこには、黒目黒髪だけでなく、獣つきでもある令嬢が居るのだと聞いて、もしかしたら、イルトと仲良くしてくれるかもしれないと思って、少しだけの希望を抱きながら向かった。もちろん、母上のために、有力な貴族を味方につけたいというのが第一ではあったが、少しくらい、期待したってバチは当たらない。
……まぁ、予想外に、その令嬢、ユミリア嬢が行動的で、拒絶するイルトを全力で口説き落とすとは思っていなかったが……。
(でも、ユミリア嬢は、イルトの希望になった)
それまで笑わなかったイルトが、ユミリア嬢の前だと笑顔を見せた。どこか自分の命を軽く見ている節があったイルトは、そうした発言をしなくなった。だから、私は、未だに周囲の状況が改善されたわけではないというのに、安心していたのだ。
イルトが倒れたその日、私は、自分がどれだけ甘かったのかを思い知らされた。
「城内を封鎖せよっ、不審者を取り逃がすなっ!」
イルトが倒れたと報告を受けたその時、私はたまたま父上の元に居た。だから、私はその命令が下される場面を見て、聞いていたのだ。
父上の言葉が意味することを、私が正確に捉えることができたのは、城の物々しい雰囲気を肌で感じられるようになった瞬間からだった。
(もしかして、イルトは今までずっと、命を狙われていた……?)
よくよく考えると、私達の五歳を祝うパーティーでも襲撃はあった。ただ、あの時は、ユミリア嬢がそれを防いでくれたし、イルトが怪我をすることなどなかった。だから、私はそれを深刻なこととして捉えていなかったのだ。
「わたし、は……」
イルトの兄でありながら、私は、イルトの危機的状況を把握することができなかった。心のどこかで、イルトは大丈夫なのだと思っていたのだ。
(もし、これが、誰かからの攻撃だとしたら……なんで、イルトばかりがっ!)
どんどん体が冷えていくイルト、死というものを知識として知っている私は、それが今、目前にあるのだと知って、それをどうすることもできないのだと理解して、泣くことしかできなかった。今夜が峠だと言われた時などは、イルトの側にしがみつくようにして、離れることなどできなかった。余命宣告の時は、絶望のあまり、体の力が抜けて座り込んだ。しかし……。
(ユミリア嬢……?)
ユミリア嬢の目は、絶望していなかった。私に負けず劣らず、イルトが大好きなユミリア嬢は、希望を捨てていなかった。だから……私は、ユミリア嬢に全てを託すことにした。何もできない、無力な私に代わって、何かをしてくれるらしいユミリア嬢に……。
そして、翌日、イルトは目を覚ました。
イルト君、目を覚ましましたっ。
そして、アルト君視点はまだ続きます。
それでは、また!