私の世界〜ユキというヒロイン
「ようこそ。あなたのだーいすきな乙女ゲームの世界へ」
目の前の綺麗な女の人が悪意のある笑いをしている。
背中を冷や汗が滑り落ちた。
「あっ………あの、パパとママの元に帰して」
引きこもりの長過ぎた喉は枯れた声を出す。
異常、な事だった。
「なーに言ってるの。私に感謝してちょうだい。引きこもりのあなたを乙女ゲームの世界に招待したのよ」
「う……うぅ。ごめんなさい。ごめんなさい。パパ、ママ」
訳が分からない。
周りは全て白い空間。目の前には私の好きなゲームの画面がぽっかりと浮かんでいた。
その横には、悪意でいっぱいの笑顔の女の人。
後から後から涙が出た。
うずくまって、ただ泣いた。
私は長年引きこもりで気付けば13歳だった。小学校中学年位から徐々に学校に行かなくなり、自分の部屋からでないようになった。
本とゲームが好きだから読み書きは得意だけど、それ以外はよく分からない。
「ねぇ、ユキちゃん。ママとお買い物にでも行きましょうよ。いい天気だから」
「行かない」
ママの優しい言葉にもドアの中から答えた。
目は乙女ゲームに釘付け。
綺麗で頭がよくて優しい男の子達。
皆、私を好きになってくれる。
ゲームの中なら私はお姫様。
「それなら来て。私の世界に」
ある日、お気に入りの乙女ゲームをしていたら変な声がして辺りが眩しくなった。
思わずまばたきしたら、もう周りは一面の白い世界だった。
それから、女の人に乙女ゲームの世界に招待したと言われた。
次にまばたきをすると、綺麗だけどこじんまりした部屋の一室にいた。
天蓋付きのピンクのベッドに猫足のドレッサー。
小さいテーブルが部屋の真ん中にあって分厚い日記帳が置いてある。
何度もゲーム画面で見たヒロインの部屋。
あの日記帳でセーブをする。
セーブアンドリセットで何度も見た部屋だった。
「も、申し訳ありませんが愛しているのです」
あれから私はゲームで二年の育成パートを終えて15歳で社交デビューをしていた。
私は悪役令嬢の婚約者と抱き合っていた。
このままいけばこの人と結婚ルート………。
「いいわ、婚約破棄で」
悪役令嬢があっさり婚約者を諦めた。
「ちょ、ちょっと待って」
ゲームと違う。ここはもっと縋る所なのに。
ゲーム通りに進まない。
ゲームじゃないの?
ーーー初めてヒロインの部屋にきたあの日から、私はゲームの世界で生きていた。
違う、悪い夢を見続けていた。
頭にはこの世界の知識や人間関係が一通りある。第七貴族の娘として下級貴族なりに両親に大事にされていたけど。
私のパパとママは違う。私の世界は違う。
私はこの悪い夢から解放されるにはどうしたらいいか考えて、すぐに思いついた。
結婚ルートだ。
「なーんだ。簡単じゃん」
独り言が口をつく。
ヒロインの部屋でニヤニヤした。
あの始めにあった悪い笑顔の女の人は、乙女ゲームの結婚ルートで出てくる。
ヒロインが攻略対象者と結ばれて結婚式を挙げると降臨する女神だった。
愛の女神。2人の愛に力を蓄えた女神は、異世界から召喚されたヒロインを攻略対象者と一緒に元の世界に帰してくれるのだ。
主人公が召喚されたのも、異世界の女神に愛の力を捧げるためだった。
「どうして私がこんな目にあうの」
育成パートではさんざんだった。
知識はあるのにダンスはうまく踊れない。
貴族の娘としてのマナーや仕草がぎこちない。
ドレスは嬉しかったのは最初だけで、体を締め付けるだけの物。
家では私のパパとママじゃない人が両親で安らがない。
それでも頑張った。
引きこもりの私が罰として見てる悪い夢から抜け出したい。
早くパパとママの元に帰りたい。
謝って抱きしめてもらいたい。ママと買い物にも行きたい。
なのに、悪役令嬢が皆ゲーム通りに動かないの。婚約者を奪って愛し合うなんて無理よ。
………何回目かの婚約者を奪うのに失敗した。
私はふらふらして泣きながら屋敷の中を徘徊した。
パパとママじゃない人達に抑えられてベッドに寝かされた。
「結婚したい。結婚式を挙げたいの」
そうすれば帰れるの。
私はいつの間にかバージンロードを歩いていた。誰か男の人に支えられて一歩一歩歩く。
愛の女神の像の前には、一番最初に私を裏切った男が立っていた。
綺麗な顔の男の人。婚約破棄の罰金を払ってもうなにもない人。
「もう俺には君しかいない。お金も地位も何もないけど、やっぱり君が好きで戻ってきたんだ」
小さい声だったけど十分に私に伝わった。
私が一番好きだったキャラクター。
顔が好みで声優さんが好きだった。
ヒロインに一目惚れしてロマンチックだった。
「結婚してくれる?」
好きな人セドリックが、
「もちろん、今更だ」
とうなづいた。
「幸せになりなさい」
私を支えてくれていた男の人が囁いた。
結婚式の誓いの言葉の後、愛の女神が降臨した。ゲーム通りに私を帰してくれると言われた所で気を失った。
………気がつくと、自分の部屋のベッドで目が覚めた。
私は飛び起きてママの居るリビングに走っていった。
「ママ、大好きなの!」
驚くママにいつまでも抱きついていた。
私は私の世界に帰ってきたのだった。
俺、セドリックは異世界に飛ばされていた。
愛するユキの住む世界に女神の力で来れていた。
「なんだ、セドリック。不登校のやつが気になるの?」
俺は転入生としてユキの学校に登校していた。
家は一人暮らしのマンション。あやしくない戸籍。全部愛の女神がくれた。
このユキが住む世界は顔だけよくても成り立つ仕事もあるらしい。女神には何も心配いらないと言われた。
礼を言ったが、愛の力が相当蓄えられたからお礼だと言われた。
「ああ、結構な。………俺の妻だから」
俺の妻であり天使のユキ。
家まで行ってしまおうか、いや学校で待った方がいいか。
一目惚れだった。世間知らずの弱々しい笑顔が印象的で守ってあげたくなった。決まっていた婚約者とは違って俺個人を見てくれていた。お金も地位も関係なかった。
俺をうっとりとした目で見て「好き」と、甘い声で言ってくれる。
君がいれば自分の世界すらいらない。
君しかいらない。
愛してる。