魅了魔法を使ってますが、何か問題ですか?〜フレアとミストのすれ違いカップルの場合〜
「こっちへおいでなさいな。ミスト様」
「あ、ああ、フレア。僕の愛しいフレア」
私の婚約者ミスト様を手招きすると、ふらふらとした足取りでこちらに歩いてくる。
ミスト様は、私の元に辿り着くと、人目も憚らず私を抱きしめた。
学園の廊下なんですのよ、ここ。
「まあ、ミスト様。恥ずかしいですわ」
「愛しているんだ、フレア」
「ふふっ、私もです。好きですわ、ミスト様」
ミスト様の微笑ましい様子に、私は満足して笑う。
直前までミスト様に話しかけていた低位貴族の女をちらっと見る。
低位貴族の女は悔しそうな顔をして顔を歪めていた。
あらあら、第1貴族の私にそんなお顔。
色々と満足だわ。
低位貴族の女は、・・・・・・・・・そうねユキと言ったかしら。
私の婚約者であり王太子であるミスト様に話しかけるなんて身の程知らず。
その身の程しらずを思い知ったでしょう。
私は、ミスト様に抱きしめられたまま扇を広げた。
お気に入りの虹色孔雀の美しい羽が女の顔を遮って見えなくする。
身の程知らずが目に入ると不愉快ですものね。
「ねえ、ミスト様。私、南方の珍しい果物を手に入れましたのよ。私の部屋でご一緒に、ね」
私を抱きしめたままだったミスト様が顔を上げる。
ふんわりと私の好きな笑顔を見せてくれた。
「王子様は魅了魔法を使われてるのよ! 目を覚まして!」
扇の向こうから低位貴族ユキの声がする。
はしたない事、女が大きな声を出すなんてね。
私はミスト様と微笑みあいながら部屋へ向かう。
「如何いたしますか?」
側に控えている騎士が、念の為というようにユキについて聞いてくる。
その無表情は、私の考えを分かっているのだろう。
「その程度の無礼者捨て置きなさい」
「かしこまりました」
そう。
私の騎士はよく分かっている。
私の可愛いミスト様の前では、よく吼える女など瑣末な事だわ。
どうせその内自滅する。
放っておけばいいの。
「魅了魔法・・・・・・・・・」
ミスト様が珍しく女の言葉が気にかかったのか呟いている。
「ええ、私がミスト様にかけておりますね。陛下からの許可を頂いて」
「ああ、そうだったね」
小さい頃からの当たり前の事だ。
昔から、王太子と政略結婚が決まった者は魅了魔法を習得する。
決まった相手以外との間違いがないように、陛下の許可の下で王太子に魅了魔法をかける。
そうしないと、度々政略結婚が失敗する事があったから遠い昔に決まったと聞いている。
王太子と婚約者だけに許された決まりだ。
魅了魔法はミスト様に害はない。
私は喜んでミスト様に魅了魔法をかけている。
私はミスト様を愛し、ミスト様も私を愛している。
魅了魔法はそれをそっと補助しているだけなのだから。
目を覚ます事なんてないの。
私はゆっくり首を振った。
隣で歩いているミスト様に気づかれないように。
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僕はこの国の王太子だ。
第1貴族のフレアという婚約者がいる。
フレアとは政略結婚だ。
フレアは第1貴族らしく堂々として美しい。
まるで、大輪の薔薇のような人だ。
僕はフレアから毎日のように魅了魔法をかけられている。
それはこの国の決まりだ。
政略結婚に間違いのないように。
昔、度々政略結婚が王太子から破棄されるような騒ぎがあり、そのように決まったのだと聞いてる。
そんな決まりなかったらいいのにと思うけれど仕方ない。
フレアは毎日のように少し傷付いた顔で魅了魔法を唱える。
僕にしかその表情は分からないだろう。
そして、フレアは魅了魔法を唱え終わり、僕がかかった事を確認する。
それから、小さく小さく安堵のため息を吐くのだ。
フレアのその小さな溜め息に、僕は胸が甘く締め付けられるように思う。
魅了魔法がなくても、美しく強く弱いそんなフレアに恋していると思う。
だけれど、決まりだから仕方ない。
僕は陛下に魅了魔法を解いてくださいとは申し出ないだろう。
残酷な魔法に傷付きながらも安心する、そんな強く弱いフレア。
君が好き。