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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

火よりの守護者 

掲載日:2018/11/12

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 悪いねえ、こーちゃん。ごはん前にずっと猫の相手をしてもらっちゃって。

 こいつって火を全然怖がらないんでね。料理している間、キッチンに入り込んでくると、ガスコンロに近づいてくる時があるんだよ。

 ほら背中の毛が少しはげているだろ? 近づいてきた時に、ちょっと毛が燃えちゃったんだ。それでも逃げようとしなかったところが、図太いというか、鈍感というか……。

 以来、普段は家の中をぶらつかせているこいつを、ごはん時には密室に押し込むようにしているんだ。


 火を怖がらない動物って、猫以外にもそれなりにいる。有名どころではヒグマかな。

 山の中で火を焚くことは、彼らに自分の居場所を知らせているようなものだから、細心の注意が必要と聞いたことがある。熊が近寄ってくる理由は様々で、人間の肉の味を覚えたゆえの、マジもんの餌探しのこともあれば、好奇心のみという場合もあるらしい。

 こーちゃんも日本屈指の獣害事件である、北海道の「三毛別羆事件さんけべつひぐまじけん」のことは知っているだろう。火を恐れぬ熊が起こした、痛ましい事件だ。

 しかし、未だに火はあらゆる獣を退ける、と考えている人は多いらしい。その迷信の根強さはどこから来ているのか?

 それについて若い頃に調べてみたが、ひとつ、不思議な事例を見つけたんだ。

 聞いてみないかい?


 今をさかのぼること、数百年前の戦国時代。各地の村では昔ながらの環壕かんごう集落にならい、周囲に壕を作って警戒を強めることが多かった。

 村の入り口にはかがり火が焚かれて、武装した者が交代しながら村の入り口を守るんだが、山に近いためか、人間以外の客もそれなりに姿を見せたそうなんだ。

 先にあげたヒグマですらも、ね。


 その村の入り口に立つ見張りの男は、常時2名。毎晩、火を絶やすことがないように気を配りながら、一定時間で交代をする。

 その時、交代まではまだ時間があり、見張りのひとりが便意をもよおして、かがり火からやや離れた草むらの中でかがんでおり、実質、ひとりだけが門を守っている状態だったという。

 槍を握りつつ、あくびを噛み殺していた彼だが、正面からのそり、のそりと四つ足で迫ってくる影が見える。思わず槍の穂先を影に向けたが、やがて火に照らし出されたのはヒグマの姿だったという。

 彼は息をのみ、続いて自分の顔から血の気が引いていくのを感じていた。

 逃げるのはまずい。背を見せた時点で自分はやられ、村に入り込まれる恐れもある。大惨事だ。

 しかし、こいつらの爪は巨木の幹さえ倒すことさえできる。人体をちぎることなど造作もないはずだ。


 クマは歩みを止めない。見張りが握る槍の長さは十尺(約3メートル)。その間合いにほどなく入ろうとしている。槍の穂先は、緊張で揺れていた。

 狙うのは目。身を覆う毛皮が堅牢であろうとも、目は常に外へ向かってむき出し。それを突かれれば、いかなる動物も平静ではいられまい。

 穂先をクマのまなこに合わせ、とどめようと努める見張りだが、クマはどんどん近づいてくる。

 限界だ。これ以上近寄られたら、上手く刺せても暴れる腕に巻き込まれるだろう。

 見張りは息を吐き出すと、「えいやっ」と真っすぐに槍を突き出した。


 クマの反応は、恐ろしく速かった。

 見張りが槍を突き出し、眼球を突くまでの間は、ほんの一瞬しかなかったはず。その動き始めた槍の先を、横なぎに弾き飛ばしたんだ。

 折れて飛び、闇の中へと消えていく槍の穂先。その行方を追うことなく、見張りは突き出した姿勢のままで、しばし固まっていた。とっさのことで理解が追いつかなかったんだ。

 更にもう一打ち。残っていた槍の柄の、より手元に近い部分が叩かれる。先ほどを上回る衝撃に、今度は槍そのものが虚空へ跳ね上がった。

 ようやく我に返る、丸腰の見張り。クマはすでに目と鼻の先、足を伸ばせば届きそうなところまで来ていた。クマは様子を伺っているのか、じりじりと距離を詰めながらも見張りの顔をじっと見つめている。

 視線を逸らしたら、まずい。見張りは音を立てないよう、ゆっくりゆっくり後ずさりながら、槍に代わる武器はないかと、背後へ右腕を泳がせていく。

 

 木の感触と共に、弾けた火の粉が指をかすめた。同時に、鉄にぶつかった音もして、かがり火に取り付けた籠。その中にある薪の一本に手が触れたのだと悟る。見張りはとっさにその薪を握ると、顔の前へ突き出した。

 火を向ければ、獣は逃げ去る。そう、彼の頭が判断してのことだった。

 熊は歩みを止めると、尻を落としながら大きく一歩さがる。それが逃げの動作か、飛びかかるために体重をかけたのか、見張りには判断できない。

 もし攻撃の準備であれば、奴にとっての必殺の間合いだ。次の瞬間、あいつの殴打で自分の首と胴が離れたとしても、不思議はない。見張りは手に持った薪を動かさず、自分と熊を仕切る炎を、とどめ続けていた。

 やがてもう一歩、熊が退くと、そこからは早い。背を向けて、一目散に熊が闇の中へと逃げ去っていったんだ。「ふうぅ」と力が抜けて、その場にへたり込む見張り。

 さほど時間を置かず、用を足していたもう一人の見張りが帰ってきたが、何が起こったのかまったく察しておらず、彼が槍を無くしたことを無神経に見とがめたので、少し言い争いになってしまったとか。

 

 熊を火で追い払った。そのことは夜が明けると、村中に広まった。

 それから彼はゲン担ぎのためか、昼間でも自分の家の前にかがり火を、絶やすことなく置き続けることにしたとか。

 更に彼自身も、火を手にした場合、他の多くの動物が、潮が引くかのごとく去っていくようになった。農作業の時、わがままばかりで言うことを聞かない牛なども、彼の握る火を前にすると借りてきた猫のように、しょげ返るんだ。

 他の人に関しても、たいまつなどの照明を掲げる彼は、ただ歩いているだけでも息が苦しくなるような威圧感を放ち、近寄りがたいことこの上なかったという。

 そのため、以前は狩猟に携わっていた彼は、夜の見張りへ重点的に回されることになった。得物も片手に槍、片手にたいまつを握るといういで立ちで、隣へ並ぶことになる見張り役いわく、「正面から熱を感じるのに、背中は悪寒に震える」という有様だったらしい。

 その甲斐あってか、彼が熊を追い払ってよりのち、獣や不審者の侵入を許すこともなかったが、半年ほどが経った夜半のこと。


 近くで合戦が行われた、という報告が入り、例の村も警戒を厳にしていた。

 平時は2名の見張りが5名に増員され、彼自身も変わらず槍とたいまつの二刀流で、その晩の任務にあたっていたんだ。ところが皆が寝静まり、火のついた薪がはぜる音だけが延々と続いていた時。

 ひゅっと風を切って飛ぶ音が2回。一拍遅れて倒れる、見張りが2名。それぞれの額に矢が生えている。

 たいまつを握る彼も含めて無事の3名は、倒れたけが人よりも、火の当たらぬところから自分たちを取り巻く、闇の中へと目を凝らす。

 弓矢を持つ賊。そうなると、明かりは絶好の的になってしまうだろう。しかし、相手の数が分からないうちに火を断つのは、かえって相手の思うつぼか……。


 考えがまとまらないうちに、また、ひゅっと、とひとりが倒される。わずかな明かりのみを頼りに、正確な射撃。相当の手練れと思われた。

 たいまつを持った彼は、まだ撃たれていない。同じく無事だったもう一人は明かりから離れようとしたが、不意に背後から首を抱え込まれ、投げ飛ばされる。地面に叩きつけられて口をふさがれたかと思うと、その首元に短刀があてられた。

 身体中をしっかり覆う、「当世具足とうせいぐそく」。一介の足軽が手にできるものではない。いずこかの武家の者だろう。

 ――やられる、と見張りは死を覚悟したが、次の瞬間に目を疑うことになる。


 自分にのしかかっていた武者の首が、ふっと消えた。音も悲鳴もなく、先ほどまで武者の顔があった場所に代わりに映ったのは、たいまつをこちらへ向かって掲げた、例の彼の姿だったんだ。

 力を失い、前へのめっていく首なしの身体の下から、見張りは必死に這い出した。すっぱりと根元からきれいに切り取られた首だったが、その傷からはほとんど血が出ていない。

 新たに二矢にし。たいまつを持った彼へと矢が飛んだが、うち一本ははずれて集落を覆う板に。もう一本は振り返った彼の目前でぱっと「消え失せた」。

 何が起こったのか。その時の見張りには分からなかったが、たいまつの彼の背後へ、そっと回り込もうとした武者のひとりが、その正体を明かしてくれる。


 その武者へ反応したのは、彼の影だったんだ。掲げたたいまつに照らされ、地面に長く伸びきった彼自身の影が、ぐわっと身を起こし、武者へと躍りかかる。

 かすかな息を漏らしただけで、武者は沈黙する。音もなく覆いかぶさった影が、すぐに離れた時、声を発するべき武者の首だけが、さっぱりなくなっていたのだから。

 矢はもう数本、彼を目がけて射られたものの、いずれも先駆者と同じく、外れるか消え去るか。彼はその間、ずっとたいまつを掲げたまま微動だにせず、矢の追い打ちも消えた。おそらく、射手は不利と見て逃げ出したのだろう。


 恐る恐る、たいまつを持ったまま動かない彼へ近づいていく見張り。あの影の暴れぶりを見ると及び腰になってしまうが、どうにか彼の肩を叩ける位置まで近づく。

 彼はまばたきすらしていない。「大丈夫か」と声をかけると、その身体は黙って、あお向けに倒れ始めた。そのままなら地面に倒れるところだったろうが、今は彼自身の影が横たわっている。

 武者たちの首と同じく、倒れた彼の身体は、影の中へ沈んだ。同時に本体が消えたことで影もまた見えなくなり、その場には彼が最後まで握っていた槍とたいまつのみが転がったという。

 動物たちは火を恐れていたのではなく、火の向こうにできる影を恐れていたのだろうな、と村人たちは語り継いだとか。


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気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ!                                                                                                      近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[一言] おお! かなり面白かったです。 私も動物なら火を怖がると思っていましたが、でも言われてみれば、ストーブに近づき過ぎて火傷しちゃうニャンコいますね。なるほど、ここにいるという目印にもなるんです…
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