第七話:理想の王子様
「待ってください私運良すぎじゃありませんか」
「……」
迷宮で小一時間話した後、通路の隅に積み上げられた魔物を見て、解体してみたいと言ったのが三十分程前。
ナイフを持つ手つきが危なっかしいと言われて奪われたのが二十五分前。
あまりにも解体したくて渋々もう一度ナイフを預けてもらえたのが五分前。
そして、今現在、私は解体した魔物を見て歓声をあげていた。
「まさか希少魔石が取れるとは……」
「おら、それもこっちよこせ。お前持てねぇだろ」
「わぁジェントルマン」
棒読みでそういい、ギルに魔石を渡す。
ちなみに魔石というのは、魔物の中にある硬い鉱石の様なもので、魔力がこもっている。人間で言う所の心臓部分だ。
魔石に入っている魔力は、魔法使いの魔力切れが起こった時や、研究のために使われるため、ギルドで売ることができる。解体が面倒なのが難だが、皮を剥ぐついでのようなものなので大体の冒険者はする。
希少魔石というのは、魔物の中に稀にある、魔法属性のついた魔石だ。魔石というのは大体が真っ黒だが、希少魔石ならその属性の色がついている。
例えば、炎の属性がついていた場合、薄暗い赤がほのかに中心に光っているという感じだ。
また、希少魔石を削って剣を作ると、剣を振った時にその属性の魔法が発動するなどの効果が付与できる。高価だが、冒険者なら喉から手が出るほど欲しがる一品だ。通常の魔石の十数倍で売れる。
「この魔石、属性はなんでしょうか?紫っぽいから……闇?」
「かもな。まぁ闇属性なら普通の十倍ぐらいで売れる」
「わあお」
通常の価格は知らないが、十倍ならさぞいい値段で売れるだろう。
「ちなみに普通の魔石は銅貨二、三枚だな」
「……え?」
耳を疑った。安すぎではないだろうか。
今泊まっている宿は十日で銀貨三枚は必要だ。銀貨は銅貨百枚分だから、銅貨が三百枚は必要になる。
少なくとも十日で百匹、ほとんどがパーティーなので、五人組だとしたら五百匹は必要だ。
解体作業の時間や、装備、食事の費用も含めると、かなりきついのではないか。
「……冒険者ってシビアなんですね」
「何を想像してんのか知らねぇが、お前の身の回りが高ぇモンなだけで、低級の冒険者はこれで暮らしてる。宿だって最低なら一日銅貨五枚ですむ。大部屋に放り込まれて適当に雑魚寝だ。研究職のやつらだって、一気に数百の魔石を買うこともザラだし、んな高かったらやってけねぇだろ」
「ふむ。なるほど」
そういえば泊まっている宿は小綺麗だったし、冒険者のような人はいなかった。
料理もついていたし、部屋もそこそこ広い。
成る程そうか、冒険者ならそういうところに行くべきなのか……。
「私もそっちの宿で寝てみたいです」
「やめろ」
心底嫌そうな顔をされた。なぜだ、と本人は思っているが、ギルこそなぜだと問いたい。
普通の女冒険者でもそういうことは避けるし、大体雑魚寝など似合わないことこの上ない。
本人に言えば偏見だ差別だと無表情で訴えられるから言わないが、目算十七程度の年の少女が雑魚寝していたら絶対にいたたまれない。
「あの宿本当にいい宿なんですね……」
「まぁな。ああいうのは観光客向けの宿だ。隅とは言え王都だからな、ギルドに物売りに来る商人だの薬屋だのが泊まる」
ギルドによくポーションが売っていたが、あれは薬屋が売ったのか。
「ちなみに中級、上級の冒険者は俺らみたいな宿に泊まる。一階層の魔物の魔石は安いが、十、二十階層を越してくると、魔石にはいっている魔力量が増えて、値段が高くなる」
「ふむ、成る程」
「ボスの魔石は格段に高い。一つで金貨百、希少魔石だったら千は行くな」
「一生豪遊できるじゃないですか。……貴方の今の所持金は?」
「金貨五万は超えてんな」
「うっわぁ」
顔が引きつってしまったのも仕方がないだろう。
今の私の所持金は、数えると金貨五千枚程度。軽く十倍は持っていることになる。
「てめぇもかなり持ってそうだけどな。冒険者やんなくても困らない程度には」
「冒険者やったら魔物に会えますし、珍しい薬草とか手に入るかもしれないじゃないですか」
「おとなしく引きこもっときゃいいもんを」
物凄く面倒臭そうに見られた。ギルの表情はわかりづらいが、こういう時だけ嫌そうにするのやめてほしい。
こちらだって今までずっと魔物を見てみたかったのだ。図鑑だけ買ってもらえて生殺し状態だったのだから、このぐらい許してほしい。
それにまだまだやりたいことはあるし、このぐらいでうんざりされては困る。
「まあ、うん、慣れてください」
「おい」
ジトリとした目で睨みつけられるが無視し、さっさと先に進む。
と、壁から槍が出て来た。避けた。下から魔物が出て来た。魔法で倒した。
「……もう私一歩も動きたくないんですけど」
「ハッ」
「おいそこ何笑ってんだ」
ギルを見ると、ふっと嘲笑していた。嘲笑しても格好いいのだから、美形は本当に罪だ。
というか本当に一歩も動けないので変な姿勢になってしまう。足首が痛い。本当に危ない気がする、私の足首が。
「というか罠の種類無駄に多すぎませんか、足首痛い」
「……」
「面白そうに見てないで助けてくださいよ、本当に死にそうなんですって」
「わかったわかった」
そう適当に返事すると、側に寄られた。
「守ってやるから、好きに動け」
……ふむ。
「もう少しガラが良くて目つきが柔らかかったら、物語の王子様になれましたよ」
「顔の問題かよ」
「顔の問題じゃありません、目つきの問題です。あ、でも姫様に近付きたいけど、傷つけそうで触れない不器用な騎士設定ならいけそう」
「お前を、傷つけたくない……」
「ぐっ」
ギルは意外とノリが良かった。
思わず吹き出しそうになった、どうしてくれる。
「意外ですね、貴方はこういうくだらない話が嫌いだと思ってました」
「くだらねぇとは思ってたがな。やってみると悪くねぇ」
友人もいるしな、と言ってこちらを見るギル。
え、 なになにデレ期ですかと揶揄うと思いっきり叩かれた。
体がぐらついた。支えられた。
「俺は、お前に触れてはいけないはずなのに……」
「今なら動かない表情筋も動きそうな気がします」
「笑いで?」
「笑いで」
ふは、と棒読みでいう。ちなみにギルは真顔だった。シュールすぎる。
理想の王子様は、彼には程遠かった様で。
でも理想のお姫様なんていないのだから、それでいい何て思って、やはり口だけで笑ってしまった。