第四話:私が非常識なのは私の所為じゃない
さて。
無事優秀な仲間を手に入れたアイルは、未だに騒がしい冒険者たちの間を縫う様に受付へ進んでいた。
受付と書かれた札の奥で忙しそうにしている受付嬢に話しかける。
「あの、すみません、新規冒険者になりたいのですが……」
「今っ……?!すみません、諸事情がありまして、受付は少し遅れてしまいます。並んでお待ちください」
滅多にない新しい階層突破というこのタイミングに新規冒険者になろうとするものが現れたら、忙しいのに空気を読めと思ってしまうが、ここで笑顔を作り直すのが受付嬢だ。
普段から荒くれ者に換金が間違っていると詰め寄られたり、いかつい冒険者から食事に誘われたりしている彼女たちの作り笑顔は抜け目がない。
「……。貴方のせいで時間がかかりそうなんですけど」
「俺のせいかよ」
呆れた様に言われるが、どう考えてもギルのせいだ。踏破自体は目出度いことだが、受付嬢にとっては度々来るこれにいつも顔を引きつらせているのだろう。
というか、とアイルは思う。
迷宮の階層が一階踏破されただけで、ここまで騒がしくなるのか、と。
ここで問題だったのが、アイルの住む世界とこことでは迷宮の形すら大きく異なっていたことだ。
アイルが元いた世界では、迷宮は山や洞窟、森などに大小多数あり、そのほとんどが踏破されていた。
迷宮は踏破されてから三年ほどで新しいものに変わり、それ以外は変わらないままだった。
それに比べここの迷宮は、世界中の地下に一つだけしかない。
世界各国、ランダムにある地下への入り口はどれもつながっており、その地図は巨大なものとなっている。
たまに、住宅街の家から地下に掘ってみたら、迷宮の天井とつながっていたなんて話もある。おかげで迂闊に地下室も作れない。
だからまぁ、アイルの常識が捻じ曲げられてしまったのは仕方のないことなのだろう。
「……迷宮の一階層突破できたからって、こんなに騒ぎますかね?」
普通ならここで、ならお前がやってみろという罵声や怒号が山の様にとぶ。
だが忘れるなかれ、隣にいるのは規格外の戦闘能力を持つギルだ。
「さぁな。まぁ、結構あるし普通なんじゃねぇの」
世界の地下にある巨大な迷宮の突破を、あろうことかギルは普通と言ってのけた。
ちなみにギルが冒険者になるまでは、千年間の間で32階層までしか突破されていなかった。
魔物の強さが一階層ごとに大きくレベルアップし、そのボスは途轍もなく強い。また、世界の地下にあるという規模の大きさから、今まではあまり攻略は進んでいなかったのである。
だがギルが冒険者になってから、ほぼ半年に一回、今回で12階層目を異例の速さで突破したギルにとって、階層踏破というのはそれほど重要なことではなかった。
ここで、アイルに「階層突破は常識」という歪んだ知識が埋め込まれてしまったのである。
「あの、すみません、新規冒険者登録ですよね……?」
「あ、はい」
と、ここで受付嬢が戻ってきた。
顔色が悪く、ぜぇはぁと息を荒ぶらせているが、大丈夫だろうか。
そう思いながら、アイルは無表情に爆弾を落とした。
「すみません、この人とパーティーを編成したいのですが」
そういい、横目でギルを見る。
受付嬢もギルを見る。二度見する。三度見し、ギルに目線で確かめ、頷かれる。
「……」
その場で、受付嬢は卒倒した。
受付の周りで騒いでいた冒険者だけ、不気味に静まった。
「……?」
アイルは首をかしげる。何か可笑しなことを言っただろうか。
言った。いやおかしくはないのだが、ありえないことを言った。
ギルドの受付嬢がもし起きていたら、全力でそういうだろうが、生憎ここには異常事態に体を固まらせる冒険者しかいなかった。
ギルというのは、圧倒的強さが必要とされる冒険者の中で数少ない、パーティーを組まずに迷宮にこもる冒険者だった。
幼い頃からソロとして最前線に立ち、SSランクのパーティーの勧誘を蹴ってすらソロでいたギル。
なんというか、規定には一般的にパーティーを組むものと書かれているが、ギルにそれはあまりにも似合わなすぎた。
卒倒して倒れた受付嬢の代わりに奥から出てきたのは、ギルドの職員だった。
受付嬢を隅で座らせ、代わりに用件を伺いますと引きつった笑顔で言った。
また待たされなくてよかったと思いながらいう。
「この人とパーティーを組みたいのですが」
またそういい、ギルを見る。
今度はギルド内の全員がしん、と静まった。
職員も固まったが、ギルドで働いている意地があるのか、では冒険者の証明カードをお作りします、と言い、すぐに動き始めた。新規カードを発行しているらしい。
「こちらが冒険者カードとなります。再発行には二週間ほどかかってしまうので、失くさないよう肌身離さずつけてください。また、こちらがギルド規定ですので、ある程度目を通しておいてください」
無事に渡されたのはいいものの、声も手も震えているし目は泳ぎまくっている。
周りの冒険者たちもなぜか目をそらし、信じられないとばかりに現実逃避を始めた。よう、久しぶりだな、とか空に向かって話しかけている冒険者は大丈夫なのだろうか。色々な意味で。
「……ねぇ、」
さすがに何かおかしいと感じ始め、隣のギルに声をかける。
が、面倒臭そうに
「気にするな」
と言われてしまった。
ふむ、と頷く。ギルがこう言っているので不都合が生じた訳ではないと思ったが、気になるものはきになる。今度聞いてみよう。
「とりあえず、ギル」
未だ固まったままの周囲を無視し、聞く。
「冒険者って何すればいいんですか?」
これを聞いたら前、宿主にマジで冒険者やめとけと言われたから聞きたくないのだが、まぁギルなら大丈夫だろう。
「……正気か?」
大丈夫じゃなかった。
ギルが心配するように、アイルの頭をこんこん、と叩いた。
これは何か?私の頭がおかしいとでも??
よしわかった、戦争だ。
そんなことを思いながら、なったばかりでわからないのは仕方ない、と弁明する。
それにしてもな、と顔をしかめるギルの横で、堂々と開き直る私。ギルに叩かれた。そこそこ痛かった。
「あと私、病弱なので攻撃力カスいと思います」
「……」
滅茶苦茶めんどくさそうに見られた。もうこいつ捨てようかな、と顔に書いてある気がする。
捨てられたくはないので棒読みでにゃーと言い、ご機嫌を取っておいた。また叩かれた。かなり痛い。
「てめぇな、……いや、いい」
そう言いながら疲れたように片手で顔を覆う。
なぜか呆れられているが仕方ない。なんか、そう、……仕方ないのだ。
うまい言い訳の思いつかなかったアイルは、ちょっと悲しくなりながらもギルを見つめる。
と、ギルが歩き出した。
「まず最初に迷宮に行く。依頼は、お前がどれくらい動けるのかと、お前の常識で決める」
常識って。力量はどうかとかはいいが、常識って。
「……私そんなですか」
「見りゃわかんだろ」
「泣きたい」
真顔。割と本気で真顔だ。無表情しかレパートリーがなかったころに比べれば良くなった方だと思う。
「お前その無表情なんとかしろ。色々と察してやれねぇ」
「今私真顔なんですけど」
「そういう問題じゃねぇよ」
駄弁りながら数分。意外とギルドに近いところに迷宮への入り口はあった。
「いいか、絶対に俺から離れるなよ」
「言われなくても盾にさせていただきますし、魔物が来たら全力で逃げます。頑張ってください」
「……蹴りてぇ」
顔をしかめてそう言いながら、早速迷宮へと入って行くギル。ワクワクしながらついて行く私。
迷宮には初めて行く。
今まで王宮に縛られた生活をして来た私にとっては、またとはない機会だ。
存分に、楽しもうじゃないか。
そう思いながら、重々しく開く迷宮の扉を見つめた。