第三話:友人の定義とは。
八日目。
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「今日はどうだったよ」
「まだ行ってねぇよ、寝坊しちまった」
「良い依頼あらかた取られてんぞ」
「クッソ、遅かったか」
今日も今日とて、冒険者ギルドは騒がしい。
ここ、王都ハーバックの隅にあるギルドは、昼過ぎにも関わらず沢山の冒険者たちが屯っていた。
依頼ボードを見ているもの、情報を交換しているもの、道具を買うもの。
その全ての者たちが、一人の男が入った途端静まった。
「……」
カランカラン、と音がなり、一人の青年がギルドへと入る。
黒髪に黒の装備、目つきの悪い顔に高身長。
その上見目まで良いものだから、威圧的に見えるのは仕方のない事だろう。
その青年は、ギルドの奥までまっすぐに進んでいく。
「……なんで ”踏破者” がんな早く帰って来てんだよ」
そう言ったのは一人の若い冒険者。周りも同調するように小さく頷いた。
”踏破者”というのは、その青年の通り名だった。
その名の通り、この男は常に迷宮の最前線にいた。
”踏破者”と呼ばれる彼らについて、きっと気になる者も多いだろうが、初めに迷宮と呼ばれる、多くの人間を悩ませて来たものについて説明しておこう。
約千年前、世界の地下に迷宮というものは突然現れた。
世界の隅々に突如現れる地下への入り口について、数々の学者が思い思いの推測を述べた。
地獄への道しるべだとか、別世界への入り口だとか、そんなたわいもない話ばかりだったと思う。
だがその仮説は、どれもが間違っていた。
真実はいつだって問いを示したものから与えられる。
迷宮ができて放置され続け、三ヶ月がたった時、突如地下への扉が開いた。
どうしたのかと考える暇もなかった。迷宮から這い上がって来た化け物たち。
人々は、それに対抗する術を知らなかった。
一瞬にして人々の平穏は失われた。
各国全くの同時期に起こったらしく、個々の国でどうにか撃退できたものの、小国では滅んだ国もあった。
残った大国の王たちは話し合い、”冒険者”という新たな職業を作った。
魔力を持つ化け物たちを”魔物”と呼び、迷宮へ入り、国の安全を保つ者たちを誇り高いものとし、”冒険者”と呼ぶようになった。
これが、迷宮ができ、冒険者というものができた由来だ。
最も今の冒険者たちは、浪漫のために迷宮へ行くのだ、と、口を揃えてそういうだろうが。
さて、そろそろ”踏破者”という者について触れておこう。
”踏破者”と呼ばれる彼らは、誰も知らぬ迷宮の最前線を走り抜ける冒険者たちだ。
安全など全く保証されない迷宮の深層へ潜り、誰もわからぬ迷宮の謎を解く鍵を集める。
本当に地獄へと続いているのではないかと思うほど底の深い迷宮の階層をを次々と踏破していく猛者たち。
それが、彼ら迷宮攻略者というものだった。
「……」
そんなもののうちの一人が、どうして今ここに。周りの冒険者は疑問を頭に浮かべた。”踏破者”たちは大抵遅くまで迷宮に潜り、長い時は一ヶ月籠もる時もあるはずだ。
目つきの悪い青年は、周りの視線など気にもせずに進み続け、受付の前に行くと無愛想に告げた。
「……迷宮四十七階層、突破」
短く事務的に告げられた言葉は、未踏破の迷宮の新たな階層の解放を意味していた。
その言葉を聞き、茫然とする冒険者たち。
一瞬後には、わぁっという歓声であふれていた。
その青年のつまらなそうな顔は、きっと誰も気づかなかっただろう。
歓声を上げた瞬間、異世界からの来訪者がギルドへ足を踏み入れていたことも。
* * *
ドアを開けた瞬間、聞こえたのはわぁっという歓声。
大きな声に驚く。私のことを歓迎しているのかそうかそうかとふざけて思っていると、どこか見覚えのある人に気づいた。
この世界に来てすぐ話したあの青年だ。つまらなそうな顔をしている。
すす、と近づき、話しかける。
「……あの」
小さな声だったが、向こうには十分伝わっていたらしく、ちらりと視線を向けられる。
「……」
いや、喋らないんかい。
いつまでたっても何も言わない青年に思わず心の中で突っ込んでしまった。気づいているなら話してほしい。
「ここはいつもこんなに騒がしいんですか?」
向こうから話し始めないのならと思い、とりあえず気になったことを口にしてみたのだが、完全に話題の選択を間違えた。
この人がいつもここに来ているかもわからないし、この言葉は冒険者を侮辱しているという発言にも取れる。
すみませんと謝ろうとした時、ようやく彼は口を開いた。
「……全くだ」
思わずそちらをみてしまった。まじまじとみていると、煩いとばかりに頭を叩かれた。理不尽。
「いつもはこんな浮かれてねぇよ。迷宮の踏破が進んだから馬鹿みてぇに騒いでるだけだろ」
関係ないくせにな、と付け足す青年。
ふむ、と一つ頷く。
関係ないくせに、とは、青年には関係があることなのか。ということは。
「……おめでとうございます?」
疑問形になってしまったが仕方ない、そこは大目に見てもらおう。
周りがこんなに騒ぐということは、誰かが、まぁ多分この人がご大層な事を成し遂げたのだろう、と推測した。具体的には迷宮の攻略とか。
自分的には気を使って言ったと思うのだが、当の本人からはものすごく嫌そうな顔をされた。
「……お前、俺が何したかもしらねぇだろ」
「はい。何しろ来たばかりですので」
この世界にな!と若干ドヤ顔で思ったところで、鬱陶しげに睨みつけられた。
「関係ねぇ奴に勝手に騒がれて煩ぇと思ってるのに、それにおめでとうだぁ?随分と皮肉が上手いんだな」
……。
思わず真顔になってしまった。皮肉がうまいと言われたが、そちらこそ随分と捻くれているようだと言いたかった。声に出そうとして口を開く。
「悪ぃ、八つ当たりした」
渋々口を閉じる。謝られてしまうとこちらは何も言えない。
それに、少し気になってしまった。
この青年は、先ほどからずっとつまらなそうなのだ。何かを成し遂げた人間は、大抵が達成感に溢れているものなのに、どこか感情の見えない目でどこかを見ている。
それにほんの少しだけ、余計なことを考えてしまう。
この人は寂しいのだろうか。彼を思う人も、祝う仲間もいないから。
それとも退屈なのだろうか。関係ない人間でさえ歓声をあげるような偉業を成し遂げても、達成感など覚えないほど優秀だから。
本当の事はわからない。それはきっと、彼しか知らないのだから。
だが、と思う。
こちらが勝手に何かを思うことも、少しばかりお節介を焼くことも、悪いことではないのではないか、と。
この人の『色』は、私の近しい人たちによく似ている。
まっすぐであるのに、どこか歪みを持った『色』。
どうしてそんなにつまらなそうなんですか。
近しい人は、自分の思う全てを打ち明けられる人はいるのですか。
家族は、友人は、憧れの人はいますか。
知りたい、と思う。
自分の悪い癖だ。こうやって何でもかんでも興味のあることに首を突っ込んでは、いらないものまで背負ってしまう。父親にも、これのせいで一度捨てられた。
「……」
知りたいと思っても、そんなことは聞けるはずもないから諦めるほかないのだが。
そう思い、その場を去ろうとする。
と、そこにどこか諦めたような顔をした青年が見える。
つまらなそうに、知らない誰かを眺めている青年が見える。
そうしながらも、ほんの少しこちらに意識を向ける青年が見える。
はぁ、とため息をつき、自分の悪癖を呪った。
「……貴方の、お名前は?」
「……は?」
「だから、名前。私はアイルと言います。貴方は」
「……ギルだ」
ギル、ギル、と呟く。擬音語みたいな名前だなと思ったが、言わないでおいた。
「では、ギル」
「……おう」
「これで私たちは、知り合いですね」
は、ともう一度言われる。うん、自分でもなかなかに意味がわからないとは思った。
「ギル、好きな食べ物は」
「酒」
「食べ物って言ったのに……。まぁいいや、私は辛いものに甘いものです」
「お前も大概じゃねぇか」
「貴方のそれ飲み物じゃないですか。ま、好きな食べ物もわかりましたし、これで私たちは友達ですね」
「話を聞け。というか友達の垣根低すぎだろ」
ギルが唖然として呟く。うん、流石に自分でも思いました。
さて、と。ここからが私の言いたかったことだ。
どうせならきちんと受け取ってほしい。
「ギル、友達の私が祝ってあげます。おめでとう、と」
ギルの目が見開かれた。
「……」
複雑そうな、困ったような表情をしている。
いつも顔をしかめている彼がこんな表情をしているのは珍しいので、じっくりと楽しんだ後教えてやる。
「こういう時は、ありがとうと言えばいいんですよ」
勉強になりましたか?といい、くすくすと微笑む。もっとも口で言っているだけなので、笑顔になれているかはわからないが。表情筋よ、こういう時ぐらい仕事をしてくれ。
そんなことを思っていると、ふ、と微笑まれ言われた。
「それを言いたくねぇから黙ってんだろうが」
彼は愉快そうにそういい、ぐしゃりと私の頭を撫でた。
* * *
「ところで、友人のギル」
にこにこと(本人的には)笑いながらいう。
「あんだよ」
怪訝そうにギルは聞き返す。
「私、冒険者になりたいんですけど力が心もとないんですよね」
「……おい」
この時点で何か察したらしいが逃さない。腕をがっしりと掴む。
「世間知らずっぽいですし」
「それは知ってる」
……。思わず半眼になってしまった。
「それで、なるべく強くて優秀なパーティーメンバーを募集してるんですけど」
「……」
「入ってくださいますよね?」
首をかしげた私にギルは観念したように両手を挙げた。