第十九話:『???』
「迷宮最下層へ」
ギルの声が響く。薄暗い迷宮の入り口で、私たちは青色の光に包まれた。
「わ、これなんですか。転移魔法でもかけました?」
「いや、これは迷宮内の特徴さ。その人物が行ったことのある階層を唱えると、その階層まで行ける」
「なるほど、転移装置みたいなものでしょうか」
ふむふむと頷く。ここは、迷宮の中ではなく、青い光に囲まれた場所だった。下を見ると、魔法陣のような模様が浮かび上がっている。どうやらそこに立っているようだ。ここから外れたらどうなるんだろうとも思ったが、魔法陣の外側は青い光の壁で埋め尽くされてしまっているため、外側にはいけないようだった。
そういえば、と思い出す。元の世界の迷宮は、入り口にはこんなものはなかったが、最下層のボスを倒すと、自動的に迷宮の外へ放り出された。あれはこれと同じような類型の転移装置なのかもしれない。ボスを倒した瞬間、お宝と一緒に全く見ない景色の場所へ放り出されるので、最初の頃は随分と困惑した。これも懐かしい思い出だ。
「……お、着きそうだよ」
そうレオさんが呟くのと同時に、青い光は消え去り、暗い空間に私たち四人だけが取り残された。
ここが、迷宮の攻略最下層?
一層にはあった蝋燭の薄暗い明かりすらもなくなり、真っ暗闇だ。私のような五感の鋭いものはいいとして、他はどうやって進めと。
「間違いねぇな、四十八階層だ」
「ここがかよ……。何も見えねぇとこだな、とりあえず明かりを」
「やめろ」
ギルさんは声を抑えていう。最下層に来たと浸る間もなく、戦闘モードに入りそうな感じだ。
「迷宮内の魔物は、下層になればなるほど五感が鋭敏になる。明かりをつけたら一気に群がってくるぞ」
「その言い方、試したことがあるような言い方ですね」
「……一度試したが、魔物が群がって先に進めなかった」
やっぱり試したのか。というかそれで今生きてるってどういうことだ。
ちょっと人としてやばすぎる生物兵器様に戦慄する。もう人間名乗るのやめた方がいいと思う。
「ギルくん、それは本当にやめた方がいいよ……」
「完全に同意しますが、もう常識なんて通じないレベルまでこの人きてしまっているので諦めた方がいいと思います」
「おい」
本心を口に出したら睨まれた。だって事実じゃないですか。
ふいっと顔を背けると、私の耳が小さな足音を察知する。ズンズン、ではなくてくてくという感じだ。
小型の魔物だろうか、そう思いながら一応ギルさんに警告をする。
「後ろ方向五百メドルくらいで小型魔物の足音がしてます。歩き方からして確実にここに私たちがいることを把握してますね。探知の優れた小型魔物に心当たりは?」
そう言うと、ギル以外の二人がポカーンとしてこちらを見た。いや、こっち見んなし。
ちなみにギルさんは、面倒そうにしながらもちゃんと魔物を検討してくれている。迷宮の踏破が早すぎるため、下層はまだ魔物の種類もわかっていないらしいし、これで分かったら御の字だ。
ギルさんが顔を顰めながら検討している間、私は二人に自分の五感は敏感なのだと説明していた。
それを言うと、二人にお前も十分化け物だと声を揃えて言われた。解せぬ。
「はぁ、それなら攻略が楽になるね。多分君が言ってるのは鼠型の魔物だと思うよ。小鼠って言って、四十五階層から出始めた、弱いけれど厄介な魔物だ。攻撃力がない割りにすばしっこくて、休憩中の冒険者たちの物を盗んだりするんだ。基本多数で襲いかかってきて、巣穴に冒険者連れてった後、全員で食うこともあるね。」
「……お、おう」
ため息をついたレオさんが、ベラベラと喋り出す。鼠型の魔物か、子鼠ってすごい安直だな。とどうでもいい感想をいの一番に思い浮かべてしまったのは仕方がないだろう。
というか、何でギルドの図鑑にも載っていない魔物をこの人が知ってるのか。
私の疑問に気がついたのか、本人はまたため息をついて話し出す。
「はぁ、言っとくけどこの名前つけたの僕じゃないからね?そんな趣味悪いわけじゃないから」
「違うそうじゃない」
思わずツッコミを入れてしまう。違うんだって、ネーミングセンスないなって思ったけどそうじゃないんだって。
「どうしてギルド図鑑にも載っていないことを貴方が知っているんですか?」
「あぁ、そっち。あのさ、僕前ちょこっと名前だしたでしょ?龍と一人で戦うマッドサイエンティストの子。あの子がさ、逐一調べた魔物の種類、弱点を教えてくれるわけ。それを僕が月の初めにギルド図鑑に書き足してるの。ちなみに魔物の名前はその子がつけたよ」
「センス悪っ」
「だよね」
「いや、そこかよ」
ここぞとばかりにその変人のセンスの悪さをいうと、カミルさんに呆れられた。一人で膨大な魔物の種類を研究して把握するなんて、普通はできないぞ、と教えられたが、変人だからできんだよ。分かれ。
「まぁそういうことで、魔物は大体僕が知ってる。察知したら教えてくれ、検討ならできると思う」
「了解です」
さてと、魔物の種類がわかるということなら、この迷宮攻略もいくらか楽になる。私は、全員が黙っている中、耳を澄ませていた。途中で何やらカミルさんが口を挟もうとしていたが、ギルがうまく押さえ込んでくれた。よかった、感覚研ぎ澄ませいる中、あの大きい声で話されたらたまったものじゃない。
こん。小さく足で音を立てる。
迷宮内で煩い程に響いたその音を、前へ、後ろへ追っていく。音は壁で反射し、どこまでも続く。それが、次々と現れた障害物に塞がれた。
多分、魔物。先程言っていた、子鼠だろう。
ずっと前に、大型の蛇のような形をした魔物、それからいたるところに蜘蛛型の魔物が上を這っている。
そうやって、迷宮の中を把握していると、不意に異様な存在感を放つ魔物に出くわす。
奥の、奥の、奥。体長四十メドルを超える、超大型の魔物がいた。
多分ボスか何かだろう。
不思議と警戒は覚えないまま、だが出くわしたら悪いだろうと思い、直ぐに後退させようと思い口を開く。
命令を出す一瞬前、その魔物の視線がこちらを向いた。
––––––見られた。
次の瞬間、迷宮内に地響きが鳴った。
ドスンドスン、とその魔物は近づいて来る。
異変に気付いたギルが、剣を構えて私の前に立つ。カミルさんが暗器を取り出して辺りを見回す。レオさんは私の背を守るように後ろに立った。
……だからなんで私は守られる要員なんですかね。
「何これ、地響き?すっごい嫌な予感するんだけど……」
「その勘正解ですよ。見られました。ボス的なものがきます」
「ッハァ?!何言ってんだお前!」
「速さ的に間に合いませんね。ギルだけ置いて逃げますか?」
「それでもいいが、他のボスに出くわすと厄介だぞ」
「え、ボスってそんないますか」
「一層に五十体!常識だろ?!」
焦ったように叫ばれるが、元の世界には一迷宮に一ボス。つまり、一層に五十なんて数はなかった。むしろそれだけいるなら発狂ものだ。
「っていうか、なんで近づいて来るのさ!?ボスはこちらから仕掛けない限り戦わないハズだろ?!ましてやこんな距離……!」
「戦わない、ですか」
「そう!ボスは出くわしても息を潜めてたら流せる!これも常識だよ!」
ボスは自分からは戦わない。ふむ。
これ、私みたいな例外がいるからこうなってるんじゃなかろうか。ぶっちゃけそれぐらいしか思いつかない。
常識と言われているのなら、今までにそんな前例なかった……いや、でもボスから仕掛けられたら死んじゃうんじゃないか?今までそういう人が死んでた所為で間違った常識が流れてるのかも……。
「あの、それ本当です?」
「間違いなく本当!あのマッドサイエンティストの子が千人の冒険者で実験して確かめたし、僕も立ち会ったからね」
「この階層だけそうってことは?」
「それもあの子が確かめてる!!」
話している内に落ち着いてきたのか、小さく息をつくレオさん。
ちなみにカミルさんは不安そうだが、ギルは剣の柄に手をかけ、やる気満々だった。
もうギルに全部任せていいんじゃないだろうか。
そう思っている内に、どんどんと近付いて来る魔物。地響きの音が煩いので、正直やめていただきたい。
その音に負けないように声を張り上げ、作戦を伝える。
「作戦、命大事に!おけ?」
「大雑把すぎる!」
「じゃあとりあえず、私以外全員逃げてください」
「却下」
「無理」
「諦めろ」
「酷くないですか??」
ギルさんのその私が無茶振りする時だけ即返事返してくれるのはなんなのか。いや嬉しいのだけれど。
アイルは、自分の作戦が却下されたことに対し、顔を顰めて(できてない)不満を表した。
表情筋は変わっていないが、雰囲気で感じ取ったのだろう三人は、それでも退く意思を見せずにその場に留まる。
(いや、十中八九、というか十割私の問題だと思うんですけどね……)
アイルは考える。
アイル自身がこの世界に来て、それを当然というように振舞っているのがおかしいのだ、と。この世界にあって向こうにはない規定、常識、そんなものはいくらでもある。その中に、迷宮の規定があったとしたらどうだろうか。
迷宮の規定は、『異世界人』には通じない。
これが、今考えられる中での最高の可能性。というかほぼ答え。
さて、どうするか……。
「多分、ボスが来るの私の所為だと思うんですよ」
とりあえず告白してみる。
「だろうな」
「むしろ違かったら驚く」
「それ」
……予想外の反応だ。
「残っても、お前弱ぇだろうが。死ぬぞ」
「いや貴方より強い人いたら驚きですよ??」
ギルに言われたが、歴代最強生物兵器に勝てる人がいたら是非教えていただきたい。その人多分人間やめてる。というかギルも人間やめてる。
ズドン!!!
突然、大きな音が向こうの曲がり角から聞こえた。鼓膜が破れそうだったがなんとか耐え、そういやここ迷宮で、今ボスに追われてる最中だったわと思い出す。ギルさんと遊んでいる暇なんてなかった。
とりあえず、こんな巨大な魔物がいるところに魔物は群がらないだろうと思い、一帯に明かりをつける。
カミルさんがコクリと息を飲んだ。
ギルとレオさんが身構える。
その魔物は、先ほどまでと違い、酷く慎重に歩いて来る。あれかな、私の耳に配慮してくれてるのかな。
曲がり角から現れたのは、龍だった。
ドスン、
龍は一歩、こちらへ近づく。
何よりも、美しいもの。
何よりも、荘厳なもの。
鱗を輝かせ、知性を目に宿し、こちらを見ている。
「……綺麗」
本人でも気付かぬ内にこぼした声は、小さくなって消えていく。
声を聞いた龍は、小さく目を伏せ、跪いた。
無意識のうちに手を伸ばす。龍が頭をこちらに寄せる。差し出された頭を撫でると、ぐる、と龍が鳴いたのがわかった。
あぁ、全く。この私を見惚れさせるなんて。
頭を撫でていると、口を開かれ、小指に齧り付かれた。それを見てギルさんが剣を抜こうとするが、手で制する。
これは、恭順の証だ。
私にはわかる。幾人もの忠誠を受けてきた私だからこそ、わかる。
ねぇ、そうでしょう?
心の中で問いかけると、頭を振って頷く龍。
もっと、とこちらに首を垂れた龍に、また手を伸ばした瞬間、
《支配者権限を移行します。古代龍No.12を、『???』である異世界人アイル・グレイスのものとします》
頭の中に声が鳴り響いた。どこから聞こえる、とかではなく、頭に直接流れ込んで来る声。私は知らない。こんな声、知らない。
同時に、首への鋭い痛み。締め付けられて、空気を吸えない。
(あーあ、せっかく仲良くなれたのに)
ここで私がこんな反応を見せたら、ギル達は龍がやったと思って敵視するだろう。もしかしたら討伐してしまうかもしれない。首を掴み、咳き込みながら考える。
(本当に、この『呪い』は厄介)
ギルに掴まれて後ろに下げられる。その目には、確かな憤怒が宿っていた。
カミルさん、レオさんも大方同じ。私の介抱をしている分、心配気だが、怒っているのはわかる。
『声』の事はともかく、この『呪い』は、私が進んで受けたものなのに。過去、呪われたことが嬉しくて仕方がなかったはずなのに。
(ここで邪魔して来るなんて、聞いてませんよ?)
呪いを埋め込んだ、自分の右腕に心の中で文句を言う。
もうそろそろ意識も途切れてきた。
せめてみんな死んでいないといいな、と思いながら、アイルは意識を失った。
よっし、ようやく元の世界の人たちをアイルと絡めることができる!!
次話でようやく逆ハーっぽくなると思います。




