第二話:冒険者は夢と浪漫でできています。
七日目。
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「……冒険者?」
聞き返すと、宿の主人は快く教えてくれた。
「ま、そうだな。職業って職業じゃねぇかもしれねぇけど、男は大体騎士か冒険者を目指すよ。まぁ言っちゃあロマンてやつだな」
「ふむ、ロマン」
あの青年と別れて、私は宿へ泊まる手続きをしてから色々とやった。地図を見たり、宿主にこの辺の話を聞いたりした。
わかったことは大きく分けて二つ。
まずここは私がいたところとは違う別世界であること。地図を見る限り、ここは気候も地形も全く違う。当然私の住んでいたイルマニア王国もなかった。
最大の違いは、地図に『海』というものがあったこと。宿屋の主人に聞いたら、知らないのかと心底驚かれた。こちらでは当たり前らしい。
そしてふたつ目は、治癒魔法がないこと。
先ほど指を切ってしまい、治癒魔法で治したのをみられてやはり驚かれた。
「それッ今何した?!」
「……へ?」
「治しただろう、指の傷!」
「あぁ、治癒魔法で」
「……は?」
「へ?」
これは先ほどわかっていてよかった。他の人に見られていたら誤魔化せなかったかもしれない。
「それでさ、やっぱ個人商店も多いけど、一番割いいのは冒険者だよな。商店開くとなると場所取りとかしなくちゃいけないけど、冒険者は登録だけでいいし。しかも依頼でバイト募集なんかもやってるから、まぁ妥当なのはそれだよなぁ」
今私が話しているのは職業についてだ。流石に働かないと貯めてある貯金もなくなりそうだし。
相手は宿屋の主人。トマスというらしい。若そうなのにもう経営してるのかと思ったが、先代から受け継いだばかりらしい。目算は……19ぐらいか?
彼に最初会った時は家出して来た令嬢かと思われて頭を下げられっぱなしだったが、面倒くさいからやめろといいながら銀貨を渡したら快く承諾してもらえた。今ではすっかりタメ口だ。
ちなみに一週間経ってもまだ令嬢だと思われているらしく、扱いが丁寧なのは嬉しい。
「私でも冒険者ってなれますかね」
「……。夢を見るなとは言わんが、多分むり」
「よし、なってみよう」
「待て待て待て」
なんで今俺に聞いた聞く意味なかったよなと葛藤している宿主にきく。
「装備を揃えたいんですけどどこかいいところ知りませんか?」
「え、待ってちゃんと冒険者やるつもりなの?バイトとか受けるんじゃなくて?ここ一週間ぐらい危ないって伝え続けてさりげなく冒険者にならないように誘導してた俺の努力何だったの?」
ぶつぶつと腹の立つことを呟いているが、教えてはもらえるらしいので許してやる。
「ここから出て右行って、そっからまっすぐ行ったら渋い酒屋があるからそこ曲がって三軒目の服屋が安くてそこそこいいぞ」
「……服屋?」
「おう、服屋。盾とか弓とかそこで売ってる。まぁ流石に業物の剣とかは違うけどな」
大体がそこで売ってるし、最初は安物で大丈夫だろ。と言われる。
安物で構わないのはわかるが、なんと言うか……。
「服屋、ですか……」
「いつも無表情なお前が顔しかめてるってことは相当なんだと思うけどな?諦めろ、オーダーメイドとかはまだ先だ」
ロマンだのなんだの言ってたくせにと思わないでもないが、真剣に考えてくれたのだろうと不満を消す。
確かに最初から業物なんて使えるはずがない。
「では早速買いに行って来ます」
「行動早ぇな……。夕飯何がいい」
「甘いもの」
「おやつで食っとけよ……」
呆れられたが仕方ない。甘いものは正義。辛いものも正義。
「あ、辛いものも一品入れてください」
「真反対のもん出すなよ」
栄養バランスが味がと呟いてる宿主をスルーして後ろを向く。ちなみに世間一般では甘いものの反対は苦いものとなっていたが、そこは料理人としてのあれこれがあるのだろう。
「いってきます」
小さく呟く。聞こえてはいないはずと思いながら、外へ向かう。
そういえばと思い出す。
姫をやっている時、こうやって出かけるときは騎士が、王子が、絶対について来てくれた。一人か、と寂寥に浸りそうになる。
「はい、いってらっしゃい」
思わず振り返ってしまった。
姫としての期間が長すぎたせいか、変な感傷に浸っていた時に声が返ってきたので驚いてしまった。
「……いってきます」
もう一度、今度は少し大きな声で言いながら、小さな挨拶に声が返って来たことに少し浮かれ、気分がいいと思いながら宿を出た。
* * *
「えぇっと……」
服屋である。
もう一度言おう、服屋である。
冒険者装備ないやん。いや、あるかもしれないのだが広すぎてわからない。しかも珍しい3階建てだ。職人の腕がわかる。そんなことより冒険者装備がどこにあるのかが知りたいのだが。
さて、どうしよう。街で迷子になったのに服屋でも迷子になるなんてごめんだ。
そう思っていると、横から軽薄な声がかかった。
「すみませ〜ん、ちょっとそこのお客さん?」
「……」
無言で振り返る。なんということでしょう、そこには赤髪の美青年が。
「その格好、御令嬢ですよね?春の新作ができていますが、見ていかれますか〜?」
ニコニコと愛想笑いをされるのはなぜかと思ったが、格好からお嬢様だと思われたらしい。というかこんなに大きい店だと令嬢相手にも有名なのか。
「ほら、これとか……あ、あっちのも絶対にお客様に似合うと思いますよ?俺なんか、貴女がこれ来たら絶対に惚れちゃいます〜」
ニコニコニコニコ。
成る程、御令嬢方はこの人目当てで来てる、と。
「いえ、あの。冒険者装備ってどこにありますか」
悪いが私の目当ては装備だ。
無表情でそういうと、ん?という顔をされる。
「……えぇ〜っと、どなたかへのプレゼントで〜?」
「いえ、明日から冒険者デビューしようかと」
ピシッという音が聞こえた。
「……お客様。失礼ながら、冒険者の危険を分かっておられますか?」
「一週間は聞かされましたね」
「今のお客様は俺でも倒せそうなんですが」
「偏見です。これでも力は強い方ですよ?」
そこであ、という表情をされる。
「すみません、見た目にとらわれていましたね」
「全くですよ、この前6歳児に腕相撲で完勝を収めた私に何を」
「おいちょっとついてこい」
ガシッと腕を掴まれ歩かされる。
「え、ちょっと痛いんですけど」
「この程度で痛いとか冒険者なめてんのか?」
「なんで私キレられてるんですか?」
私はお客だった気がする。
「ちょっとそこ立ってて。……サイズはS、どう見ても魔法使いっぽいよな……。後方支援なら弓もたせた方がいいか?でも引けそうにねぇしなぁ……」
呟き続ける美青年を前にぽつねんと立つ私。どうでもいいけど性格変わってませんか、営業スマイルが崩れてますよ。
「よし、これでいいか。おいちょっとこれ試着してみろ」
ようやく終わったか、と思っているとぽいぽいっと投げられる服。着ろというんですかそうですか。
断れなさそうだけど一応言っておこう。
「私もう少し安いやつがいいんですけど」
「俺が払ってやるからさっさと着とけ」
笑顔で更衣室を指差された。
いや違うんですよ、なんかこう、安い剣とかから始めてみたいじゃないですかとぎょにょごにょ呟いていると、いいから行けと背を押された。理不尽。
「お、似合ってんじゃん」
更衣室から出た私を迎えたのはその言葉。
「どうする、このまま着てくか、それとも一旦脱いで袋に入れるか?」
「あのこれ私が買わないっていう選択肢は」
「ない」
でしょうね、と言いながら装備を見る。足首まである白をベースにした柄付きのワンピースに絹の上着、腰に巻いたポーチに底を少しあげたブーツ。金属装備がほとんどないが大丈夫だろうか。
「ん、なんか嫌?デザインはいいと思うんだけど」
「いや、これ防御カスくないですかね」
可愛らしいが、ほとんどが上質な布で作られている装備は、服としてなら欲しいが冒険者向きとは思えない。
「あーいや、それ防御魔法備わってんの。強い攻撃来た時だけ防御してくれるし、強化魔法で力が強化されるおまけ付き。しかも洗浄魔法ついてるから洗わなくていいし楽」
おお、そういうことだったのか。ちょっと冒険者っぽい。洗わなくて楽、の流れは無視したいが。
欲を言えばいかにもなズボンとか鎧とか着てみたかったが、まぁそれは今度の機会にしよう。
「これいくらです?」
「俺が払うって言ったじゃん」
「いや純粋に気になって……」
普通にきになる。お洒落だし魔法付き出しでかなりお高そうだ。
「あ〜……金貨20枚」
「払わさせていただきます」
即決した。なんだこれ高すぎだろ。そんだけあれば地方に家がたつぞ。
「いや、いいって……」
「さすがに初対面相手に金貨払わせるせるほど無情じゃありませんよ」
「それじゃ押し売りみたいだろ。お前が無知でどっかでのたれ死ぬのがいやだっただけだし……あ」
「はい?」
どうしたどうした。
どんだけ言われようがここは私が払うぞ。
「俺さぁ、ここの店じゃあのキャラで通ってんだよね」
「あのキャラ……あぁ、最初のあの軽薄そうな」
思い出すのは、少し高い甘い声と間延びした口調。あれで話しかけるのだから、軽薄以外に言えない。言われた本人は少し衝撃を受けていたようだが。
「けいっ……。まぁそうだけどさ。あのキャラ守ってたいから、これは口止め料ってことで」
「はぁ……」
口止め料高すぎやしないか。というか、なんであのキャラ……。
「あれの方が人気でんだよな〜」
心を読むな。半眼で睨みつけ、不愉快になったぶん揶揄わせてもらう。
「軽薄なのに?」
「社交的と言ってくれ」
流された。
「……私は、素の方が好きですけど」
え、と言ってこちらを向かれる。今度は流されない。
なにか余計なこと言った気がしなくもないが、当初の目的は果たせたと背を向ける。
「じゃあ私はこれで」
さっさと歩き出すと、慌てたように私を追いかける。
「ちょっ、ちょっと待って。これ、俺の名詞だから。それデザインしたの俺だし、なんかあったら連絡して」
そう言って渡された紙には、『designer カミル・ルイス』とだけ書かれていた。
これ設計したのこの人なのか、さっき冒険者ぽくないとか言わないでよかった。
「じゃあ今度こそこれで」
「ハイハイ。またのお越しをお待ちしております」
元の軽薄そうな笑顔を見せる彼に小さくありがとう、と呟いて背を向けた。