第十八話:特別を望んだ少年の話。
多大な苦しみと悲しみ、幸福を得られる人生か、そこそこの楽しさと苦労が味わえる人生。
選べるとしたら、君はどちらを選ぶのだろうか。
僕かい?僕は、勿論–––––––––。
* * *
ずっとずっと、周りと違わない道を生きてきたように思う。
ほんの少し得意なことがあって、出来ないこともあって、それでいて気弱な男の子。それが、昔の僕。
生まれた時、僕はとても泣き虫な男の子だったらしい。夜は一日泣き通しだったらしいし、小さな物音が聞こえただけで怯えてたんだってさ。
それでも物心つけば、怖いものも少しずつなくなって、虫を取りに行ったり、好きな女の子ができたり、そんな当たり前の日々を送ってた。
病弱の両親がいるわけでもなく、特別な家柄に生まれたということもない。自分が『普通』の人間なんだと気付いたのは、とても甘い西瓜を食べたある夏の日だった。
その日僕は、とある物語を読んだ。ありきたりな、勇者がお姫様を助け出す物語。
近所の優しいおじさんが、西瓜と一緒にその本を持ってきてくれて、暇だった僕に読んでくれたのを今でも覚えている。あのおじさんは元気だろうか。今ここにいるのもあれがきっかけだったと思うと、少し感慨深い。
話を戻そう。
そう、僕は自分が『普通』ってことに、ようやく気付いたんだ。
そして『普通』じゃない人が羨ましくなって、しばらくはワルぶったり、無口キャラになったりした。ほら、年頃の男の子なんてそんなもんだろう?本当に、そんな所まで普通。
そんな『普通』な僕にも、一つだけ『普通』じゃない事があった。
それは、幾つになっても『特別』になりたがった事。そしてそれを叶える努力ができてしまった事。
『普通』なら、諦めるだろう。そこそこ楽しくて苦労する人生を送って、優しい人を娶って、そうやって暮らそうとするだろう。
でも、それが幸せな事だと、僕にはどうしても思えなかった。
だってさ、不平等じゃないか?
こんな事、本当に苦労している人が聞いたら怒りそうなものだけれど、ずっと思ってしまうんだ。
主人公は、幼少期から苦労して、涙を流して、成年を過ぎた辺りから漸く幸せになれる。それはきっと苦労に見合った多大な幸せだ。だって現に、勇者は姫と結ばれているし、強い冒険者は富と金を得ていた。
でも、それが僕にはできない。身分もない、金もない。そこそこ楽しいとは思うけれど、『普通』のままでいることを望んでない限り、そんなものもすぐに嫌になってしまう。
辛い過去を背負って勇者になれるのなら。幾度と涙を流して幸福をつかめるなら。
僕がそれになりたかった、と。今でもそう思ってる。
そう、今でも、だ。僕の夢は叶ってない。
僕は勉強をした。物覚えが良いようで、とても賢くなった。
鍛錬もした。才能があったようで、すぐに剣を振るえるようになった。
あれ、僕は意外と出来る類の人なんじゃなかろうか。そう思って、王都の隅まで行って、ギルド長に代替わりを持ちかけた。
物語みたいな試練があった。なんでも、ギルド長になるには、強さも賢さも必要で、それから誰よりも厳格でなければいけないらしい。
信用されるために、僕は雑用から重要案件までなんでもやった。強さも賢さも示した。
するとある日、僕はギルド長に呼び出された。秘密の部屋みたいな小さな部屋で、ギルドの旗を渡された。人々の平和を願って、お前にギルドを明け渡す、なんて言われた。
それもやっぱり物語みたいで。柄にもなく興奮したのを覚えている。
ここから僕の物語が始まる、なんて思った。自分に酔っていたんだと思う。というか、今でも酔っているんだけど。
自分に陶酔したいわけじゃなくて、過大評価をしているんでもなくて、でも憧れだったから、主人公みたいに振る舞いたかった。大きな幸せが欲しかった。ただそれだけ。
そのそれだけがどれほど大変だったのかは、それからのことですぐにわかった。お姫様なんてこないし、ただいつも通り厳格にギルド長をやっているだけ。退屈ではないけれど、そこそこの楽しみを得られる。結局ここも、前と同じだった。
主人公みたいな冒険者なんて沢山いた。特にギルくんなんかは、それが顕著で、柄にもなく嫉妬なんてしてしまった。
みんなから羨まれていたし、憧れられていた。でも本人は無頓着。強さにしか興味はない、と以前言っていたのを思い出して、主人公は、主人公になんてなりたくないんだなぁなんて思った。
そんなある日、ギルくんが誰かとパーティを組むという話を聞いた。
そこで僕は、通常運転で、彼の物語はここから始まるんだなと思った。
一人の孤独な冒険者が、仲間を見つけて迷宮攻略。強さを求める中で、仲間と切磋琢磨し、時には敵を倒し、好敵手と戦いながら進んで行く。
なんとも王道な物語ではないか。
なら、その物語の悪役くらいにはなれるかな?
そんな思いで、パーティを解散させようとギルくんに接触した。
ギルくんの仲間を見た瞬間、まず浮かんだのは驚愕。そして次に浮かんだのはおかしさだった。
仲間というものなら、彼に見合う強さを持った男だと思っていたのに。もしかして、これは孤独でいようとする青年と優しい少女のラブストーリーかな、なんて馬鹿なことを考えながら『登場』する。
暴れようとした冒険者を押さえ込んで、僕の実力を少し見せ、その上での接触。中々いい感じで『登場』出来たのではないかと思う。
全てを見抜くかのような瞳でこちらを見続ける少女に、ヒロインもやっぱり特別なんだろうなぁ、と感じた。なんとも馬鹿っぽい感想だけれど、この世のものじゃないかのように気配のない、美しい人だったから、そう思ったんだ。
その後僕は、ギルドのためという名目と、僕自身の夢のために計画通り接触した。
そこで明らかになったのは、驚くべき少女の有能さ。それから、ギルくんの少女への執着。
強さしか求めない彼がそれをいうのは、とても異常なことに思えた。
そして何より異常だったのが、彼女の存在。
何一つわからない少女。過去の記憶を探っても、何も出てこないし、この世界のことを何も知らない。
誰もが知っているはずの迷宮すらも何も知らないと言ってのけたのだ、さすがに不自然だろう。
そんな少女を見ていて、わかったのだ。
物語の主人公は、ギルくんじゃないって。
きっとあの少女が、僕の求めていた『主人公』だ。
全てが謎に包まれた少女。最強であるギルくんに好かれ、今尚自分の心を掴んで離さない少女。
ほら、英雄譚にも書いてあったろう。
–––––––小さな村で生まれた英雄は、皆から愛され、幸せの象徴として––––––
僕が愛せると思ったのは、少しでも惹かれたのは、誰より不思議な少女。
だから、僕のとって少女は『ヒロイン』で、まだ『ヒーロー』は見つかっていない。
彼女といれば、僕は自分が『主人公』となることを諦めるだろう。
きっとその代わり、『ヒロイン』を守る『ヒーロー』が夢になる。その夢を、今度は逃さないように。
誰よりも『主人公』で、僕だけの『ヒロイン』になってほしい少女に付いていく。
さてと、君は誰よりも相応しい『主人公』になれるかな?
小さな思惑を胸に、僕は微笑み、少女を読んだ。
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ここで繋がってます。