第十六話:甘えられる人
「それで?貴方の用件はなんですか?……まぁ言わずともわかりそうなものですけど」
正直面倒だが、これを聞かないことには始まらない。大人しく耳を貸すことにした。
「あ〜、うん、ここじゃちょっと話しづらい事なんだよね」
そう言いレオは周りを見渡す。
ちらりとそちらを見ると、まだ迷宮へと出掛けていない冒険者達がこちらに注目していた。
暇なんだろうか、さっさと行けばいいのに。……この状況じゃ気になるのも仕方ないのだけど。
ここらじゃ見かけない小娘に、歴史史上最強と呼ばれるギルに、国代表のギルド長。
それが密談というのだから、興味は尽きないだろう。
アイルはまた一つ溜息をつくと、レオに告げた。
「足手纏いにならないのであればどうぞ。怪我は自己責任でお願いします。それから目立たない格好に着替えてください、その格好で行ったら余計な心配をされます」
レオが少し驚いたような顔をし、次には笑ってそうさせてもらうよ、と言って、奥の扉へ入って行った。
カミルが何の話だ、とこっちを見るが、お前関連のことだわ。気付け。
半眼でカミルさんを睨みながら考える。
おそらくレオさんは、カミルさんが王直属の部下だったことを知っている。
昨日辞めたばかりだったのに、随分と耳が早い。まぁ、国の中である程度の地位に立つためには必要なことなのだが。
レオさんは、このギルドにとって、カミルさんが害となるか益となるか、見極めたいのだろう。戦力、知力、自己評価、迷宮に行けば分かる事は沢山ある。
疚しいことなどないし、ついて来てもいいが、足手纏いを抱えるのは御免だ。
カミルさんがどの程度かわからない限り、自分の身を自分で守れる程度の戦力があるのなら来い、というわけだ。
「ちなみにギルさん、今日はどの階層に行くんですか?依頼は受けます?」
「最下層だ。ボスが出ないのならお前を連れても戦える。依頼は……、そうだな、最下層の依頼があるのなら」
「じゃあ私探して来ますね」
「あぁ」
トントン拍子で話が進む。依頼ボードの前に行こうとすると、カミルさんが静止して来た。
「おいちょっと待て、お前最下層っつったか?最下層?馬鹿だろ、死ぬぞ」
……そう言えばまだ言ってなかったかもしれない。割と重要なことを、色々と。
例えば、ギルさんが”踏破者”であることとか。何なら歴史史上最強だとか。
例えば、私が元お姫様だとか。……いやこれは言わなくてもいいか。
ふむ、と頷いて向き直り、カミルさんに告げる。
「ギル、めっちゃ、強い。おーけー?」
「いや全くよくないだろ!!おま、危険度わかってんのか?お前みたいなの一瞬で死ぬぞ?!」
「失礼な。前回私大活躍したんですよ?」
「ちなみに迷宮入るのは?」
「これで二回目ですね」
「悪いことは言わん、帰ろうか」
問答無用で腕を掴まれ、ギルドの扉の方に引きづられる。
「あれ、もう行くんですか?ギルド長さん待ちたいんですけど」
「行かないわ!!帰るんだよ、無理に決まってんだろう」
ずるずる。めっちゃ引っ張られて腕が痛い。何だよ、いいじゃないかこっちには生物兵器がついてんだぞ。
そう思いながらも無抵抗に引っ張られていると、反対側の肩を思いっきり引かれた。
「その必要はないよ」
もうレオさん戻ったのか、着替えるの秒だったな、なんて思いながらそちらを向く。
レオは、そこらにいそうな美少年の格好になっていた。やっぱり少し目に眩しい髪と目だが、これで紛れることは出来るだろう。
合格、と言うと、光栄です、とおどけた返事が返って来た。
「さてと、もう行くのかい?依頼は?」
「今から受けようと思ってたんですけどね。カミルさんが暴走しちゃいまして」
「何が暴走だ、おかしいのはお前だろうが。悪いが俺らは帰らせてもらう。最下層なんて死にに行くようなもんだ」
「確かにそうだけど……。あれ、ギルくんの説明しなかったの?」
そう言って首を傾げられる。
ギルさん強いから大丈夫とは言いました。信じないのはこいつが悪い。
そう思っていると、ギルが私の手を引っ張って歩き出した。
え、手痛っ。というかレオさんが私の肩離してくれないと動けないんですけど、腕千切れそう。
「ギル、手が痛いです。私を引きずって何処へ行くつもりですか」
「あ? コイツの物分かりが悪ぃから、実戦で見せた方が早ぇだろうが」
「言語を知らない猿の考え方しますね」
「馬鹿にしてんのか」
「いや、私も賛成ですけど」
何言ってんだコイツ、みたいな目で見られた。
猿仲間ってことだよやったねギル!!と自分でも意味のわからないことを思いながら後ろを向く。
「カミルさんレオさん、遅いですよ早く来てください」
「おい、勝手に決めるな。アイルみたいな初心者連れて最下層行けるか」
カミルさんは最下層に行くことには反対らしい。私は何故毎回弱いと思われるのだろうか。ギルさんにも驚かれたし。
「その様子だと、君は大丈夫ってこと?僕はそこそこイケるけど、カミルくん隠密のが向いてるだろ?」
「あぁ、それは私も思いました。ギルは多分私しか守らないでしょうしね」
レオとアイルがそう言い、首を傾げると、カミルは笑顔でご心配なく、と言った。
確かにカミルは諜報活動や、裏で人心を操ることを得意としている。だがカミルは、それだけしかできないと侮られたくはなかった。
(あの親父が、それしかできない役立たずを王の直属になんてするわけないだろうが)
心の中でカミルは呟く。
カミルはアイルと同じく、レオは知っている側の人間だと思っていた。
年若きながら、国でも有数の力を誇る冒険者ギルドの頂点に立つ男。さぞかし優秀なのだろう、自分の父が気にいるぐらいには。
「ふぅん、まぁあの子の息子だもんね」
「やっぱり親父を知ってんのかよ……」
「うん。ちょっと頭が硬いけど、いい子だよね」
ピシッと両者の間に火花がはしった。
殺気とかわからんけどなんか雰囲気悪そう、と察したアイルは、ギルの背中に隠れる。
何だろう、私の知り合いとカミルさんは仲が悪くないといけないのだろうか。ギルとも最初から険悪だったし。
うんうん、と頷きながら先程の会話を思い返す。
レオさんはカミルさんの父親をあの子、だのいい子、だのと言っていたことから、レオさんの方が力関係は上なのかな……。そんでカミルさんが父親より劣っているとしたら、つまり、
カミル・ルイス<ルイス家(父)<ギルド長<ギル
ってことになるのか……。
王家の部下よりギルド長のが上ってどうなってるん。そしてギルの戦力は何なん、知力そこそこだろうと上回るレベルやんけ。
というかこいつら全員最下層行けるレベル=生物兵器なんだな、よし盾にしよう。
心の中で盾が増えたと喜んでいると、ギルに睨まれた。だからその勘なんなんですかやめてくださいって。
「僕も君もギルくんも大丈夫なんだろ?何も問題はないよ、全員でこの子……アイルくんを守ればいいだけだ」
だから何で私は守られる前提なんですか、まだ冒険者カードを持ってもいないカミルさんにさえ負けるとでも?
レオさんを睨みつけると、苦笑が返された。くそ、美少年腹たつ。
「お前がっ、」
不意にカミルさんが大きな声を出した。聞き耳を立てていた冒険者が注目を寄せる。しぃ、と人差し指を立てると、バツの悪そうな顔をして声を落とした。
「お前が、裏切るかもしんねぇだろ……」
もの凄く嫌そうな顔で言い切ったカミルさんに、なるほど、と頷く。
レオさんはカミルさんを見極めるため、それから、カミルさんの親に頼まれているのであれば、私のことも見るつもりだ。
もしもカミルさんがギルドにとって害と判断された場合、私がカミルさんを御するに足らないと判断された場合、私たちはレオさんに襲われる可能性がある。
「僕ってそんなに信用ないかなぁ……?」
「貴方みたいな、組織のためなら何でもやっちゃるぜみたいな類型って大体怪しいですもんね」
「何その偏見」
ぷぅっと顔を膨らますレオさん。その頰を摘みながらカミルさんに言った。
「大丈夫ですよ、ギルは強いですから」
「……随分と信用してんだな」
「実績を調べましたので。これで私が傷を負うとしたら、彼の腕を見極めた私の目が悪いというだけの話です」
そう、この関係に信用なんてない。私が信じているのはギルではなく、ギルを見極めた私の眼なのだから。
私は生まれてから一度も、自分の行く先を他人に任せたことなんてない。責任を他人に押し付け、流されて後悔する奴を何人も見て来たのだ。
故に、私はギルが私を裏切っても、ギルを恨みはしない。ギルが弱かったとしても、責めはしない。
何故なら、間違ったのは彼ではなく私だからだ。
無表情のまま言い切れば、三人ともが悲しそうな顔をした。
あぁ、そういえば前の世界でもこれを言ったら悲しげな顔をされたな、なんて思いながらほんの少しだけ反省する。
「まぁ、というわけですので、私は迷宮に行きます。カミルさんが来ないのは自由ですが、私は貴方の所有物ではないので、精々迷宮ライフを楽しませていただきます」
「迷宮ライフて……」
カミルが呆れた様に言う。
所有物なんて考えてない、人の心配を受け取れ、もっと信用しろ。左から、カミルさん、レオさん、ギルの順で矢継ぎ早に言われた。何故ギルド内で説教をされなければいけないのか。
(全く、子供じゃあるまいし)
アイルは心の底から思う。
自分が幼い頃、それこそ絵本を読んでもらっていた時から今の今まで、みんなが口を揃えてこう言うのだ。
もっと周りを頼れ、甘えろ、我儘を言え、と。
全く意味がわからない。我儘な姫がいる国なんて私は絶対に居たくないというのに。そう言ったら違うそうじゃないと頭を抱えられた。
まぁそれは、私の右腕と呼ばれる男が来てからピタリと止んだのだが。
何か、私があの男に甘えているとでも?
昔のことを思い出し、不機嫌になりかけたが、それを抑えギル達に言う。
「甘えられる相手は、この世界には居ませんので」
カミルさんが目を見開く。レオさんが訝し気にこちらを見る。ギルさんが呆れた様にこちらを向く。
カミルさんは何か勘違いをしていて、レオさんは……調べたのか、それで私の周囲に亡くなった人がいなかったから疑っている。ギル、貴方は気付いてるんでしょうが黙っていて下さいね?
こちらに翻弄される三人を見て、くすりとやはり口だけで笑い、アイルは嘘ではないですからね、と心の中で呟いた。