第十五話:あれ、どこかからおかしな匂いが……くんくん。
この世界に来てから一週間と少し。カミルを迎えた翌日、アイル達は、カミルの冒険者カードを発行するため冒険者ギルドに来ていた。
理由は、カミルが今ある金ではなく真っ当に働いた金で生活したいと申し出たためと、アイルの側にいるために冒険者という職業は必要不可欠な肩書きだったためだ。
アイルはこれでも冒険者のため、依頼遂行義務を達成する為に迷宮に潜らなくてはいけないし、その間カミルも暇だろうと判断してのことだ。本人はデザイナーを続けるんじゃなくて冒険者になることに驚いていたが。
「俺も冒険者になるのかよ……」
「騎士が良かったですかね?手配ならできますが」
「できんのかよ怖いわ」
カミルは冒険者になりたくないと言った訳ではないのだが、もうなんか色々重い過去を知っているアイルは、勘違いしてカミルを騎士にさせようとしていた。
ちなみにカミルは滅茶苦茶嫌がってた。おうそんなに私が怖いか。と思ったのも一瞬。
「俺、今はお前のことしか考えてねぇから」
お、おう。動揺しすぎてこれしか思い浮かばなかった。
心情としては嬉しい。嬉しいのだが、なんだろう、カミルさんが言うと浮気がバレそうな時の言い訳としか思えない。
と言うかこれ話してた時ギルがやっぱり睨んで来たんだが、実はこいつら仲良しなんじゃなかろうか。
そんなことを考えながら久々にギルドの門を開け、中に入る。
「たのもー(小声)」
「声ちっさ。あ、でも意外と響いたな」
中に入ると、唖然とした顔でこちらを見る冒険者さん達と、俺らなんも知らねぇからみたいな顔をして目をそらす冒険者さんがいた。
多分、前者がギルが誰かと一緒にいるのを初めて見た人で、後者が事情は知ってるけど受け入れたくない人。
こうも見事に反応が分かれると面白い。
「ギルさんギルさん、そんな面倒そうな顔しないでください」
「……」
「いや、お前ら何したんだよ」
カミルさんに突っ込まれてしまった。
心外だ、私は何もしていないというのに。むしろ被害者だ、全くこれをどうしてくれる。ぷんすこ。
なんて巫山戯た事を考えながら歩き出すと、そこかしこにできていた人の壁が一斉にズザァッ! と左右に分かれた。
この時私の頭にはとある海を割る神様が浮かんだのだが、それは仕方のない事だろう。
ぼけっとして眺めていたら、ギルが面倒臭そうに前へ足を踏み出した。
それを見て、唖然としていたカミルさんも前に歩き出し、私の背をそっと押してくれた。
私は今の状態にかなり、まぁ信じてもいない神様を頭に浮かべて現実逃避するぐらいにはドン引いているのだが、ギルはいたってけろっとしているし、カミルさんも開き直ったようで諦めたように笑いながら躊躇いなくその中に入っていく。
えぇ……。ギル達っょぃ。
背中を押されてもその中に入っていくのは少し抵抗があり、ゆっくりと歩いていると、先までずんずんと進んでいたギルが戻ってきた。
何かあったか、と思い首をかしげると、遅ぇ、と言われて担がれてしまった。
そのまま受付まで歩き出す。
……え、嘘でしょ、このままですかここ室内ですよ?周りも唖然としてますよ?
「えっちょっとギルさん」
「煩ぇ」
「理不尽かよ」
私の抗議など聞き入れては貰えず、俵担ぎのまま運ばれた。たいして距離もないというのに。
お腹にギルさんの肩が当たって地味に痛いし、カミルさんからはなぜか睨まれるし、踏んだり蹴ったりだ。
受付の前まで行くと、ついたぞ、と言われ肩から降ろされる。
どうも、なんて言ってみたものの正直なんで今これしたと思わずにはいられない。
あ、もしかしてあれか、初めて迷宮行った日の帰り道に抱っこを要求したからか。そういえば昨日クレープを食べた後もなぜか上の階まで運んでくれたし、ギルさんの中では俵担ぎがマイブームなのかもしれない。
下手したら誘拐に間違われる趣味だな、と思いながら受付嬢に用件を言おうと思い、口を開く。
……一瞬で口を閉じた。そのまま回れ右をして出口まで向か
「えぇ、もう帰っちゃうの?お姉さん寂しいなぁ」
「……誰がお姉さん、ですか」
ガシッと痛いぐらいに肩を掴まれ、振り返ると満面の笑みを浮かべたギルド長が。
なんで言ってくれなかった、とギルを見ると、そっぽを向かれた。やろう、確信犯だな。
諦めてギルド長を見ると、前会った時と変わらぬ端正な顔立ちをした人がいた。
朝の光にきらきらと眩しいぐらいに輝く紫の髪に、同じ色の瞳。くすりと微笑む姿はまるで美しい絵画のようだ。……一つの違和感を除けば。
「なんっで、女装、してるんですかねぇ……」
その違和感を口に出すと、ギルド長は心底遺憾だとでもいうように口を尖らせた。
その姿さえも、可愛らしい少女が拗ねているようで、正直少し吐きそうになった。いや誰だよ。
ギルド長の方を見ながら一歩引くと、また肩の痛みが増したような気がした。痛い痛い。
カミルさんが手を外そうとしてくれたが、なかなか外れない。どれだけ馬鹿力なんだ、あっすみませんやめてくださいこれ以上は流石に肩外れる。
肩の痛みから逃げるために、諦めて目の前の男を見ると、そいつはやはり不満そうに言った。
「僕がいつ自分を男だって言ったんだい?」
時が止まった、気がした。周りの冒険者が目を見開いて彼を見る。
いつもの彼は、冒険者紛いの装備をつけており、中世的ながらもきちんとした男の格好をしていた。前アイルが会った時は、長くてきっちりとしたズボンにシャツを着て、上からコートを被せていた。男か女かなら男、と誰もが答える服装だ。
だがしかし今はどうだろうか。
可愛らしい髪留めに、薄い水色を基調とした花柄のワンピース。多分薄めに化粧もしている。
その姿は、紛れもなく着飾った若い女だった。
一瞬の後、その場に男どもの悲痛な絶叫が響き渡った。
「う、嘘だろ……。俺としたことがこんな身近なチャンスに気づけなかっただなんて」
「ギルド長が女だったら抱いてもいいって話してたけど、本当だったとは……!!」
「好きです、付き合ってください!」
「あっくそ先越された!!」
阿鼻叫喚、である。
日頃から女に飢えている冒険者からすれば、いやその他のものから見ても、ギルド長はかなりの好物件だ。
全体的に薄い体だが、白い肌に艶やかな髪、そしてその顔の造形を見れば大抵の女は自分に自信をなくすだろうというぐらい整っている。
だからこそ美少年、とも言えていたわけだが、今となってはそんな事を気にしている場合ではない。
この際少し力が強くてもまな板でも構わない。
だから、俺らの彼女になってくれ––––––––––!!
と、そんな男たちの悲鳴を聞きながら、アイルはぽつりとこぼす。
「いや、どう考えても男でしょうよ」
「……え?」
「……え?」
また一瞬、時が止まった。
え、と泣き出しそうな顔をする情けない男冒険者に、こう告げる。
「だって、女の匂いしませんし」
「「「………はぁ??」」」
ハモった。冒険者たちどころか、ギルド長もギルもカミルも同じ思いだった。
すなわち、何言ってんだこいつ、と。
「……え?え、ありますよね女性特有の匂いって。子供の頃とか、それで知り合いの情事とかわかったりしませんでした?」
「いやわかんないよ?!え、怖いねそれ!そんな子供いたら僕泣きそうになるんだけど!」
「いやいやわかりますって。例えばそこのパーティのゴーグルつけてる人、昨日自慰したでしょ」
「は?!しっしてねぇし、はぁっ?!」
「そういやこの前こいつにエロ本貸したわ。どうだった?」
「めっちゃ好みでした!!……あ」
しまった、というように口を閉じるがもう遅い。
ほらね、となぜか得意げなアイルを見てレオはドン引き、カミルは顔を引きつらせ、ギルはそっぽを向いた。
「私、鼻もいいので。大体のことはわかりますよ。まぁちょっと刺激臭を受けただけで臭さでノックダウンしそうになりますけど」
「うっわ、えげつな……。いろんな意味でえげつな」
レオはアイルから手を引き一歩後退したが、今度は得意げな顔をしたアイルがレオの肩を掴んだ。
レオはその状態で一歩引いたが、アイルはそのまま受付の方へ倒れこんでしまった。それを見越したようにギルが腰を支える。
引かれたアイルは不満そうにレオを見、そもそも、と口を開く。
「そもそも貴方が女装してたのが問題なんじゃないんですか。それとも何か、そういう性癖でもあるんですか」
「性癖って君ねぇ」
「それ以外に貴方がそんな格好してた理由が思い浮かばないんですが」
「確実に君らに会う為さ。熱烈だろ?」
そう言って目配せをされたが、ぶっちゃけ私達はギルド長から召集を受けたら行くしかないのだから、それでいいじゃないか。そう思って口に出すと、
「僕そういうのきら〜い」
という返事が返ってきた。だめだこいつも変人だったか。
そう思って諦めて溜息を吐き、用件を促した。
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キリ悪いですが次行きます。