第十四話:宿主さんの覚醒(笑)
読み返したらあまりにも展開が早すぎてついてけなかったので第一話編集しました。よかったらみてください。
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宿へ戻ると、おやつを作っていたトマスさんにお帰りなさいと出迎えられた。
おはようと言えば返事は必ず返され、宿へ帰ればおかえりと出迎えられる。
なんて平和で幸せな日々でしょうか……。
「お前こっちに越してくる必要ねぇだろ、何で来た」
「あんたに言われる筋合いはないな」
なんて現実逃避を何故私がしなければならないのか。
目の前でニコニコと黒く笑うカミルと不機嫌さからか顔を顰めているギルに挟まれ、ぶっちゃけこいつら邪魔だなぁと思うものの、口を挟もうとすると睨まれるので迂闊に入っていけない。何やってんの此奴ら??
これは何の必要があってやっているのか。あれか、ギルさんの強者と戦いたいぜヒャッハーな部分が出てしまったのか。出るなよこのタイミングで。
唯一の傍観者であるトマスさんは半笑いでこちらを見てくるし、おやつのクレープも冷めそうだし、早急に止めて頂きたい。
「俺がこっちに来るのは自由だろ?元から必要なものは持っているし、家具も揃っているなら問題はない」
「こいつにノコノコついて来なくても前の家で良いだろっつってんだよ」
五月蝿い黙れ静かにしてくれっていうか何を言い争ってるんですか、と心底言いたい。言いたいが言えない。
もうクレープ食べて良いかな、良いよね、私頑張ったもんね。
席に座り、口を大きく開け–––––––
ぺしゃっ。
「……あ?」
下を見ると、クレープが服に落下していた。しかも御丁寧に上に塗られていた生クリームもぶちまけられてしまっている。
視線を外し、言い争っていた二人を見た。ねぇ二人共、どうして顔青くしてるんですか、ギル、顔逸らさない。カミルさん、その中途半端に伸ばしてる手は何ですか、まさか風魔法使ったんですかここ室内なんですけど。
言いたいことはかなりあったが、クレープが服の上にある今現在私は絶対に動けない。私は静かに宿のドアを指差した。
「五秒以内にここから出ないのであれば、氷魔法を使って押し出します。はい、さーんにーい」
いーち、という前に出て行ってしまった。チッ、出て行かなかったら不可抗力ということにしてちょっぴり体を傷つけても良いかなと思ったのに。
「ギルの分のクレープください」
「あー……。元からいらないって言われてたんで、ありません」
「なんてこった」
真顔で言う。クレープを断るとは……ギルよ、断るぐらいなら私に下さい。そうしたらこの件も(口だけ)笑って許してあげるのに。
今日のおやつは無しか、トマスさんのは美味しいからいつも楽しみにしているのに……。
そう思って下を見る。無残に崩れたクレープがスカートの上にあった。
(これ洗濯大変だろうな……いや待って洗浄効果ついてるんじゃなかったっけ白い服だけど洗い流せば落ちるんじゃね)
ふむ、とここまで考えた所で、試しにとハンカチで服をこすってみる。
普通ならもっとこびり付いてしまうのだが、クレープの上の生クリームはしっかりとハンカチに付着し、服の汚れは落とすことができた。
隣でトマスさんがめちゃくちゃびっくりしているけど気にしない。
クレープの生地のところを持ち、あーもうこれぐちゃぐちゃだわ捨てるしかないやつだわギルさん恨みますと心の中で思う。私のクレープどうしてくれんだこんにゃろう。
心の中でギルに恨み言を吐いていると、トマスさんが口を開いた。
「お前それ、どうやったんだ?」
「洗浄魔法付きの服らしいです。防御魔法もついてるとか何とか」
「……金貨二十前後、か?」
「おっ当たりです」
流石はギルが物知りというだけある。冒険者装備の目利きも確かなようだ。
書物も沢山持っていたので、初日は随分と助かったし。
まぁ書物は、沢山なんてレベルじゃないぐらいあったのだが……。ここが王国図書館だったとしても驚かないぞ私は。
……あっなんか今フラグ立てた気がする。
こういう時だけ無駄に当たる嫌な予感から目をそらす(物理)と、隣にカミルさんが立っていた。
少しだけ驚く。足音をいくら殺していても聞こえるというのに、全く気づかなかった。いや、今身じろぎする音は聞こえるから、先ほど横を向いた瞬間に来たという事か。
「その服、まだ魔法付加できるからするか?」
「この状況でそれ真っ先に言う事か??」
さっきの風魔法で私の服やられたんですが。あ、でも買ったのこいつだからいい……のか……?
「悪かったって、今度なんか奢るから」
審議していると、カミルさんが先に謝ってくれたのでよしとする。全く最近の若者は……。
「仕方がないですね、許してあげましょう。但し貴方の好感度はマイナス1000まで落ちたことを覚えておいて下さい」
「かなり落ちたな?!」
「……?5しか落ちてませんよ?」
「最初の好感度ひっく?!」
冗談ですよ、と流すが、無表情過ぎて本当かわかんないと言われムカついたので蹴ってやった。おこ。
というかさっきの私の隣まで来るやつどうやってやったんだろう。足音消すとか無理じゃないのか。
「さっきの」
「ん?」
「あれどうやってやったんですか、足音消して側に来たやつ」
「あぁ、転移魔法」
転移魔法、だと……?!
あの、世界に二十人も使えないという伝説の魔法か?!(説明口調)
いやまぁ私も持ってるがな、と謎に張り合いながら、そういやこいつ王国直々に飼われてたわ、と考え、使える奴めという視線を送る。
何が不満だったのかちょっと睨まれてしまった。きゃーカミル君こわーい(棒)。
「でもまぁ俺は短距離しか移動できねぇよ。十の時から鍛錬して、今ようやく二十メドルまで移動できるようになったからな。これ以上も無理にならいけるんだが、圧倒的に魔力が足りない」
「あぁ、魔力……」
自分も周りも底なし魔力だったため忘れていたが、やはり厄介な縛りがあるものだ。
魔力の受け渡しはできないし……。いや、そういえば魔道士の魔力を吸い取る魔物がいたはず。こちらに同じ種類がいるとは限らないが、似たような性質を持つ魔物がいたら、或いは……?
「アイル、後で甘味はやるから中に入れろ」
いや、元の世界でもやらせていたが、まず迷宮についても謎が多いからと魔物を調べるのを却下されていた気が……。
「アイル……?変だな、微動だにしない。おいギルどうしてだ」
「ギルさん、だろうが」
でもそれなら調教師はどうだ?比較的小さくて弱い、単純な魔物なら懐かせることは可能だ。魔力吸い取る魔物って危険度高いんだっけ。
「あーお客さんは考え事多いとこうなるんですよ。てかお前はいつまでそこにいんの?お客さんに叱られるの怖いの?その成りで?あっ痛い痛いすみませんでしたぁ!!」
いや、私ある程度魔力なくても戦えるしな……。あ、でも力抜けるんだっけ、それは困る。
「おい、おい……おい!!」
「考え事をしてる時のこいつに話しかけても無駄だぞ。何も聞こえてない」
「えぇ」
いや寧ろこう考えるんだ、元から力なんてゼロだから何を引いても変わらないと!……虚しいなこれ。
「おい、アイル。そろそろ目ぇ覚ませ」
「起きてますけど?」
「ちゃんと聞いてるやん」
「何その語尾」
「なんか浮かんで来た」
えぇ……浮かんで来たってなんやねん驚くやん。
というかこれ私の世界の一部地域でよく使われてる訛りなんですが。偶然かしら。
いや偶然じゃない気がする、なんか本いっぱいあったしそういう地域はこちらにもあるんだろう、ていうかギルはいつまでそこにいるんだ(唐突)。
「あれギルいつまでそこいるんですか?」
「そしてこの理不尽さである」
「トマスさんのキレの良さはなんなの?覚醒でもしたの??」
ずっと宿の外にいるギルに問いかけると、物凄く渋い顔をされた。ギルが無言な代わりにトマスさんのテンションが振り切れてる気がするんですけど。ぶっちゃけ面白いし放置してカミルさんの魔法について考えてよう。
「カミルさんは鍛錬して伸ばしたって言ってましたけど、魔力って増えませんよね?」
「あぁ。俺が変えたのは、魔力じゃなくて魔法を起こす時の効率化だな。式を短くした感じだ」
「なるほど。ではその式次第では長距離も移動できるんですね」
「そうだな」
さっき王族様方には罠を仕掛けたし、そっちは向こうが呼び出すのを待つとして……。今できるのは、冒険者生活を楽しむことと、カミルさんの魔法を伸ばすことぐらいか。
あ、治癒魔法持ちってのは言っといたほうがいいですかね?
そう思いながら、この世界で唯一、私が異世界から来た治癒魔法持ちと知っているギルさんに視線で問いかける。
「……?入っていいのか」
「なんでやねん」
まだ宿の外にいるギルに視線を送ったら、入る為の許可だと思われました。忠犬か。あっれ、ギルさんこんな残念な子だったっけ。硬派な天然ボケって何それ可愛くない。格好良くもない。微妙すぎるでしょ悲惨な過去でも持っとけよ(酷い)。
「冗談だ。……まだいいだろう」
「そんな冗談言えたんですね軽くキャラ崩壊してるんでやめたほうがいいと思いますよ」
ノンブレスで話すのもそろそろきつくなって来たんですけども、このボケの応酬やめてもらえませんかね??
元の世界にいた時より格段に話している気がする。無口キャラどこに行ったんだ、これで無表情キャラまで崩れたらただのツッコミになってしまう。表情筋に感謝しかない。
と、それは置いといて。
ギルは私の世界についてまだ話さなくていい、と言ったが、それは何故だろうか。
確かにカミルは今日こちら側についただけの者だが、私が連れて来たのだから一応実力は認めているだろう。いや、実力が有る故に、か?それにしても懸念事項なんてないはずだが……。
この時悶々と考えていたアイルは知らないだろう。
ギルが直ぐに仲間となった他所者に嫉妬していたことも、他の誰にも知られない、自分だけの特別を作りたかったのだということも。
まぁつまり、俺は此奴の過去を知ってるけど、お前は知らないだろ。羨ましいか、とこういう訳である。
男の浅ましい嫉妬など露知らず、アイルは懸念事項について、夜も悶々と考え続けたのだった。