第十三話:国王陛下の影の部下
探し始めて数分。意外と早くカミルは見つかった。
「いらっしゃいませ、お客様〜。今日は何をお求めで……お前かよ」
「お前とはなんですか、お前とは」
前と同じ様に後ろから話しかけてきたデザイナーの方を向く。
茶化す様に言ったが、お客様だぞ私は。今日は何も買う気がないが。
「中央街本店への出世、おめでとうございます」
「お、おう。態々それ言いにきたのかよ」
「まさか」
アイルがそう言って鼻で笑うと、カミルは知ってたけど酷くないか、と苦笑した。
「今日のお目当は貴方ですので」
「あぁ、わかっ……俺?」
カミルが自分を指差して言う。アイルは頷き、今時間ありますか、と聞く。思わず正直に昼まで休憩がないと言うと、じゃあ昼にあそこの喫茶店で、と美味しそうな匂いをさせる喫茶店を指差した。
「いや、俺はいいけど、お連れさんはいいのか?」
「これは荷物持ちのために連れてきたので」
「おい」
カミルが気を利かせてこう言うと、正直に言ってはいけない答えが返ってきた。ギルが顔を歪める。
「ではまた」
「あぁ、仲良くな」
「お母さんか」
* * *
店から出た後、アイルはギルと一緒に喫茶店に直行した。買い物はどうしたと訝しむギルに、小遣いと買って欲しいものリストを渡す。
お願いおにーちゃん、と巫山戯て言うアイルを強めに叩き、痛い痛いと煩いアイルに聞く。
「さっきの奴は何だ」
「これから必要になる人。貴方はそこに書いてあるの全部買えたら戻ってきてください」
リストを見ると、物自体は少ないが、探すのがかなり難しいものばかりが書かれていた。人に聞こうとすると逃げられるギルにとっては難しい買い物だ。
思わず半眼でアイルを睨みつける。
「そんなに睨まないでくださいよ。交渉には貴方がいない方が有利になれるんです」
まぁつまりギルは邪魔だ、とそう言いたかったのだろう。それが事実なら仕方はないが、こいつはどこか厄介に巻き込まれやすい体質なので、ギル(護衛)がいなくて大丈夫かという気持ちもある。
「心配しなくても大丈夫ですよ、あの人は何もしません」
「どうして言い切れる」
「賢い人でしょうから」
まるで答えになっていない言葉に、ギルは仕方がないとため息をつくと、何かあれば直ぐに自分を呼べと言い、喫茶店から出て言った。
* * *
昼である。
アイルは持ってきていた本を読み、今か今かとカミルを待っていた。
チリンチリン、と音が鳴り、喫茶店に誰かが入ってくる。目を向けると、カミルが入るところだった。
本を置いて立ち上がり、こちらだと手招きをする。
「悪い、待たせたか?」
「三時間ほどですので、気にしなくていいですよ。何か食べますか?」
「長いだろそれ……。自分で頼むからいい」
そう言って席に座り、コーヒーとサンドイッチを頼むと、カミルはこちらに向き直った。そして、出会った時の様な甘い言葉でこう言う。
「本日はお誘い頂きありがとうございます、お嬢様」
「……なんですかそれ。さぶいぼたったんですけど」
「いや、たまにこうやってお嬢さん方から誘われるんでな。店の宣伝がてらきてる」
「店の宣伝がてら、ねぇ」
アイルは目の前の青年を観察した。
端正な顔立ちに甘い言葉、目立つ赤い髪。だが誰も目を向けないのは、服装に気が使われているからだろう。振り向いてしまうというより、一度見たら目が離せなくなる造形の美男だ。
「……けっ」
「いやいきなりどうした」
一緒に話しているだけで店の宣伝になるとは、美形は徳である。顔の悪い人だって頑張ってるんだよ、と誰にともなく心の中で呟き、頼んで置いたココアを飲む。
「んで?普通のお嬢さんなら俺と話したいだけだけど、お前は違うんだろ。何だ?」
「そう、ですね……」
アイルはゆるゆると首を振り、カミルを見つめる。その瞳の中を捉えた時、答えた。
「国王陛下は、お元気ですか?」
「!」
一瞬、カミルの目が驚きに見開かれる。直ぐに表情を戻し、今度はこちらを観察する様に見た。
「……何を言っているのかわからないな、一介の設計者がそんなこと知っているはずないだろ?」
「一介の設計者はそんな音の無い歩き方しないと思いますけど」
今度は動揺しなかった。笑顔の奥に隠されたのだろう、全くこういう人種は厄介なのだから。
そう思いながら、彼の瞳の中を見つめ続ける。隠された感情の、奥の奥へ。
じっと見つめていると、居心地が悪くなったのか、それともある種の勘というものなのか、気まずそうに目をそらした。
「ここで目を逸らすのは悪手だと思うのですけど」
「……嫌な予感がしたからな。それに、どうしようとこちらに疚しいことなんてないから、別にいいよ」
勘だったらしい。だから論理的に言ってくれ、と思いながら心の中で舌を打つ。嘘を言っているかわからなくなるじゃないか、と思いながら質問を続ける。
「貴方は国王の影の部下、ですよね?」
「何だそれ。どこの物語の設定だ?三文芝居でもでてこないぞ」
呆れた様に言う彼の瞳をもう一度見つめる。奥の奥の『色』は、焦燥で満ちていた。
「じゃあ、三文芝居にもならない私の話を聞いてくれませんか?」
「……」
「無言は肯定とみなしますよ」
そう言って、私は話し始めた。私の考えた、ある仮説を。
先日歴史書を読んでいる時気づいた。気付いたと言うか、違和感を覚えたのだ。
この国は、余りにも上手くいきすぎている。
戦争になりそうな時、この国は何も対策を取っていなかった。もっと言うと、戦争にならなかったのだ。
これは本当に異常といっていい。
王国とあれば、本来ならば、どんな国でも建国してから600年、戦争に巻き込まれないことなんて有り得ないからだ。それは歴史上の国々が証明している。
私のところの国も三度しか戦争にならなかったが、あの優秀な人材達ですらなっているのだ、これは本当に異常と言っていい。
それなのに、何の対策もとっていないこの国が戦乱に巻き込まれないのは何故なのか。
そう考えた時、一つの考えが頭に浮かんだ。対策を取らなかったのではなく、そこに書けない様な対策が取られていたのではないか、と。
事実、王国の周辺の国は全て王国と戦う前に何らかの打撃を受けていた。物資が足りない、反乱が起きた、貴族の汚職が見つかった、等々。
もしこの王国が、どこかの国に物資を送らない様仕向けていたのなら、国民の反乱を後押ししていたのなら、貴族の汚職を大量に他国にバラしたのなら。
それは、やってはいけないことだ。たとえ戦争を防ぎたかったのだとしても、他国の王が愚かだったとしても、国を壊す行為は許されることではない。
だが、やれば他国に対し圧倒的に有利となれるものだ。
そこまで話したところで、カミルはアイルを遮った。
「その裏の仕事をやっている者がいると言うことか?悪いがそれはただの夢物語だよ。くだらない、帰らせてもらう」
「おやひどい、女性の話を最後まで聞かずに席を立つなんて……。悲しくなってしまいます」
「この国を愚弄する様なことを言ったからだろう」
そう言うと、本気で帰ろうとしたのか少し笑顔を歪めながら席を立つ。
仕方がない、と思い、小さく言う。
「成る程、これは本当の様ですね。よかった、これが本当か確認して起きたかったんです」
「は、」
「間違った情報を他国へ送るわけにもいきませんので」
「……何を言ってる?」
動きの止まったカミルに畳み掛ける。
「私は、ギルと同じ様な人材をまだ持っています。他国からの刺客だとか、情報屋だとか」
「……」
「私は元来口が固い方なのですが、金でももらったら口が緩んでしまう可能性がありますね。あぁ、どうしましょう」
「何が言いたい」
「私は何も言っていませんよ?あなたに関係のあることは、何も」
口ではそう言って起きながら、アイルは、お前に逃げ場はねぇんだよ、おとなしく座れと目でいい、座らせる。舌打ちをされ、本性を現してくれたのなら都合がいいと思い、また話し始める。
「さて、国の裏が本当にあったとして、何故私が貴方をそれだとわかったのかお話ししましょう」
彼女の瞳は、妖しく光っていた。