第十二話:好奇心とは尊いものなのです
十三日目。
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五日間、アイルは引きこもり生活を続けていた。体は動かさずとも、元々王宮ではずっとそうだったので窮屈に感じることはない。
部屋から出てこずにいると、トマスから心配した様に声をかけられ、引きこもりが常識でないことにショックを受けていた初日とは違い、今はちゃんとこの世界の常識を学ぶために勤しんでいる。
この王国のこと、貨幣・言語は国で違うのか、古代生物や獣人はいるのか。
色々な事を調べすぎて頭がショートしそうだった。王宮で仕事を押し付けられた時は、妙に出来のいい頭の所為でと面倒だったが、この時ばかりはこれに感謝する。これが普通の脳ならとっくにギブアップしている事だろう。
部屋の中は、宿主から借りた大量の本や地図で部屋の中は散らばってしまっている。そこかしこで積み上がっている本の真ん中で、アイルは最後の地図を見つめていた。
とそこで、とんとん、と軽やかな音が響き渡る。地図から顔は上げず、どうぞ、と言うと誰かが部屋に入って来た。
恐らく足音からしてギルだろうが、と少しおかしく思う。ギルは朝早くに出て、夜はきっかり日が沈む頃に帰ってくる。光の加減からして今は夕方だ、何か問題でもあったのだろうか。
内心、そうだったら面倒だなぁと思いながらここ五日食事と睡眠以外で手を離さなかった本を手放す。全く、これで最後なのに。
「おい、飯持って来たぞ……読み終わったのか?」
ギルが部屋の中に入り、そう尋ねてくる。貴方が今来なければ、後半刻ほどで読み終えてたんですけどね、なんて事を考えながら、こちらも質問をする。
「いえ、読み終わってませんけど、そちらこそ何か問題が?」
「あ?ねぇよ」
「そうですか、貴方がこんなに早く帰ってくるなんて珍しかったので、面倒があったのかと」
「……今は朝だが」
「え?」
目をパチクリと瞬き、外を見ると、確かに大分早い朝だったらしく、人がいなかった。
「まさか徹夜してしまうとは」
「宿主が、昨日から部屋の光が消えねぇっつってたぞ」
「あぁー」
間抜けな声をあげ、道理で眠いはずだと思いながら手元の本を見る。
後少しで読み終わるが、意識すると眠気が酷くなり、何もせずに寝てしまいたいとも思っている。
大体アイルが好きなのは物語であって、暗記というのは好きではないのだ。偶々それが得意で必要なだけで、子供が将来必要だからと算術を学ぶ様なものだ。
寝たい。とてつもなく眠い。今すぐ意識を手放して、本が散らばっているベッドに身を任せてしまいたい。だが、そんな事をしたら起きた時にこれを学ぼうとする意欲は掻き消えているだろう。集中力を保つのが大事なのだ。
そう思い、せめて眠気をなくすためにギルに言う。
「ギル、なんか話してください」
「いや寝ろよ」
突っ込まれてしまった。だが離す気は無い、私が読み終わるまでここにいてもらうぞ。
「古代語に獣人特有のものの話し方、異文化交流について。お前は亜種に興味があるのか?」
私が絶対に話さないと言う意思を感じ取ったのだろう、話しかけてくれるのは有り難いのだが、そのチョイスは悪いと言わざるを得ない。元々フルで使っていた脳が今度こそショートしそうだ。これではいけない。
「亜種に興味があるわけではなくて、必要な可能性があるというだけですよ。こちらと向こうでは少し違う部分がありますし、それについても見ておかなくてはと思いまして」
「これを全部?五日でか」
「はい。頭の出来は少々良いと自負しております」
アイルがそう言うと、ギルはやはりため息をついた。この様子だと、向こうでも国の内政に関わっていた可能性は高い。それも、かなり優秀な者として。
「今更だが、戻んなくて良いのか」
「貴方は私が戻っても良いんですか?」
ギルの質問に、アイルは淡々と答える。ギルは首を振り、ここでいなくて良いと言ったら何処かへ消えるのだろう、と妙な確信を持つ。
こちらが求めるのなら側に寄り、求めなくなれば消えるのがこの少女なのだろう。こちらを一切求めない面倒な少女を見つめて、質問を続けた。
* * *
「あー、ようやく読み終わった」
「寝ろ」
「貴方それしか言いませんよね」
最後の本を見終わり、思いっ切りベッドにダイブする。ふわふわとした布団が心地いい。後三秒あれば寝れる、そう思いながらギルに問いかける。
「貴方も一緒に寝ますか」
「正気じゃねぇな」
「おい」
最近私の扱いが雑だ。具体的に言うと、引きこもって三日目ぐらいから目に見えて雑になった。そういうのやめてくれ、心折れちゃうから。
そんな事をふざけて思いながら、朝食は取っておいてくださいと伝え、目を閉じた。
わかった、と言う返事を聞き、私は眠りについたのだった。
* * *
目の前で無防備に眠るアイルを、ギルは呆然と見つめていた。普通は出会って少しの男の前でこんな風に寝れないだろう。この無防備さは天性なのだろうか、それとも甘やかされた所為なのか。
死滅魔法なんて物騒なモノを使えていた事から後者の可能性を排除し、そこまで深窓のお嬢様という訳では無いだろうに、と思いながらブランケットをかぶせてやる。こいつは布団も下に敷いて寝てしまったので、掛ける物がこれしかなかったのだ。
信じられない程の無防備さ溜め息をつき、部屋から出て鍵を閉める。
この鍵も、無くしたら困るからと渡された物だ。もう少し警戒心を持って欲しい。
向こうの世界のこいつの周りの奴は、手が出せなかっただけなのか、それともこの妙な純粋さをこのままにしたいと思ったからなのか。どちらにせよ厄介だ、そう思いながら近いうちに会うだろう異世界の人々に怒りを投げつけた。
* * *
「ここの感じ、凄く懐かしいです。この妙なごちゃっとした感じが騎士の部屋に似てます」
「部屋と街を比べてんじゃねぇよ」
アイルが引きこもりをやめてから一日と少し。
アイルが突然買い物に行きたいと言った為、荷物持ちのために一緒にきたギルと、中央街に来ていた。
馬車で約二時間。朝早くに出たので、ちょうど色々な店が開店したところらしく、中央街は賑やかな様子を見せていた。
どこへ行くのかわからずにいるギルから背を向け、そこからある服屋を探す。アイルが探しているのは、あのカミルとかいうデザイナーのいる服屋だった。程なくしてアイルは目的の店を見つけ、ずんずんとそちらに進んで、その店に入る。
ギルも手招きし、嫌そうにしている彼の手を引っ張り中へ入る。そこで何かを探し始めたアイルに、ギルは嫌な予感を感じた。
「お前は服なんて興味無ぇと思ってたんだがな」
「今日探してんのは服じゃありませんよ」
「……」
ここで既に嫌な予感が確信へと変わったギルは、これ以上何も話したく無いと思い、会話を強制終了させる。が、アイルから、何を探してるのか聞かないんですか、と言われたため、仕方なく問いかける。
返ってきた言葉は、意外なものだった。
「協力者」
「……協力者?」
顔を顰めながら繰り返すギルに、そう、と頷く。
アイルは、本人は気づいていないが、人に対しても物に対しても執着が薄い。だが想われた分は、同じ思いで返す事に決めている。
そうやって、今まで自分は生きてきた。
ならば、今回も同じ方法を取るだけだ。
ギルはきっと、こちらが手放さない事を喜ぶ人だ。逆に、こちらが束縛せず自由にしてくれなんて言ったらものすごく嫌な顔をされそうだ。ギルは本当に嫌な時だけ顔に出すのだから。
ならば手放せないようにするしかない。強くて不器用なこの青年を、側におけるだけの力を創らなくてはいけないのだ。
そして、それの一つに欠かせないものが協力者だった。私自身の力がなくとも、それがあれば大抵はどうにかできる。
権力、立場、金、それらは使いようによって、素晴らしいものとなり得るのだから。
とりあえず、ギルという手駒がこちらにいるので、ギルド長は少し話し合えばそれになってくれるだろう。
だが、それだけでは駄目なのだ。国が関わってくる可能性がある。その時、事情を知っているギルドからすれば従うしかないだろう。要するに、立場が少し弱いのだ。
ならばどうするか。簡単だ、王族の側の誰かを手駒に引き込めばいい。引き込めたなら上々、王族と関わりが持てたなら最高だ。
そんな風に考えながら、設計者を探す。
王族と密な関係にある、あの青年を。