第十一話:私自身を愛すなら。
ギルドで見送られ解散した後、アイル達は宿へと帰路を急いでいた。
「まさかこんなに時間が経っているとは思いませんでしたよ」
もう外は真っ暗で、時刻を聞くと午後7時と言われた。今は丁度太陽の巡りが短い時なので、こんなに真っ暗になっているのだろう。
「というか貴方なんで私に付いて来てるんですか、流石にお守りなんて必要ありませんよ」
「お前と同じ宿だからな」
「……え?」
アイルがギルを見る。ギルが顔を顰める。そして、そういや言ってなかったなと思い出し、お前の上の部屋だと伝える。
「なんで教えてくれなかったんですか」
「教えたくなかったからだよ、つか気配で分かんだろ」
「いやいやいや、分かりませんから」
首をぶんぶんと振って否定する。
アイルは気配なんて曖昧なものを信じてないし、というかそんなの感覚みたいなものだろうもっとちゃんとしたもので分かれ、と思っている。
「じゃあ何で昼、話途中に襲って来た魔物の気配わかってた」
「いやあれ、魔物の気配を察した訳じゃありませんから。純粋な私の聴覚ですから」
「そっちのがおかしいだろうが」
「地獄耳とはよく言われます」
暗殺者が来た時や時たまいざこざが起きた時など、これで状況把握をしていた。便利な耳だが、その所為で大きな音にいちいちビクッとしてしまう。まぁ治しはしないのだが。
「そちらの方が都合が良いですし、別に駄目な訳じゃ無いんですけどね……」
「何だ」
「貴方が私を好きすぎて離れられなくなったらどうしようかと」
「……」
「突っ込んで下さいよ」
アイルは冗談交じりにそう言ったが、ギルとしてはもう本当に離れられない存在となっているかもしれないので、流す事ができなかった。
「……それで何か問題でも?」
「は」
アイルは一瞬、自分の心臓が止まるかと思った。最も、動かない表情筋の所為で、そんな風には見えないのだが。
正気か、と思って隣のギルを見ると、見んじゃねぇと強制的に前を向かされた。
ここで照れてるんですかギルさん、と揶揄わない程度にはアイルは混乱していたのだが、ギルは全く気付かない。
「というか私達は会って一週間程度しか経ってなくて、しかも今日名前を知って」
「関係無ぇだろ」
「えぇ……」
嘘だろ、と思った。チョロすぎないかこの子、悪い人に騙されたらどうするんだとも思った。
「というか貴方、何でそんなに私大好きなんですか」
「その言い方やめろ」
ここでアイルは、試していたのだ。
初めて出来た友人だからとか、自分の気持ちをわかってくれたとか、そういう言葉をアイルは信じない。
自分の気持ちを理解してくれた人であれば、誰にでも信頼する様な人物がギルという人なのなら、それは自分でなくとも良いことになる。極端に言えば、私が来た時と同じタイミングに来て、同じ事を言えば良いだけだ。
そんなことは誰だってできるし、そんな事の為に私に惹かれたのであれば、その好意は、只の勘違いだ。
そう思うが故に、アイルは明確な理由を持った人の好意を信じない。
強さに、弱さに、美貌に、醜さに、全てに惹かれるというのならば、明確な理由など持てるはずもないのだから。
そう考えながら、ギルの言葉を待つ。
「なんとなくじゃねぇか」
その言葉を聞いた瞬間、アイルが小さく微笑んだのを、ギルは気付いているだろうか。本人でさえ知らぬ微笑みは、どこか獰猛さを含んだ笑みだった。
アイルは、先にも言った様に人の好意を信じない。自身の執着が薄く、誰の好意を伴わなくても生きていける事が原因の一つとなっているのだろう。
言葉の中に幾つもの罠を張り、自分の側に置ける様な人材か、自分にどれだけ執着しているかを冷静に見極め、その中で、罠を掻い潜った者だけを自分の内に入れる。
そしてアイルにとって、ギルは合格だった。
自分の内に入れて良い者、私が手放さない事を喜ぶ者だ。
ならもう、遠慮はしなくて良いだろう。
「ギル」
「あ?」
「疲れました、おぶって下さい」
「……は?」
「はーやーくー」
棒読みでそういうと、その場でたち止まり、両手を広げる。
あ、そう言えば今度買い物行きたいけど荷物持ち付き合ってくれるかな、なんて事を考えながら、ギルがおぶってくれるのを待つ。
ずっと立ち止まっていたら、ギルが戻って来てくれた。溜め息をつくと、そのまま俵担ぎをして、また歩き出した。
「”踏破者”をこんな扱いしてるって知られたら、普通に怒られそうですね」
「じゃあすんじゃねぇよ」
「お説教は貴方に任せます」
「……」
ギルは一瞬、この場で口煩い荷物を捨てようかといくらか真剣に考えたが、アイルが微かに楽しそうな雰囲気を出したのを感じ取り、担ぎ直す。
なるほど表情に変化はないが、コイツの世界の奴はこれでわかっていたのか。こんな事をアイルに言えば、もっと理知的に分かれと言われるだろうが、実際わかってしまうのだから仕方がない。
そんな事を思いながら帰路に着いた。
二人で帰宅した後、宿主のトマスに今日は赤飯かと聞かれ、ギルがブン殴ったのはまた別の話。