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第十話:ご褒美です、喜んで?

 受付の奥に行くと、広くて明るい廊下があり、そこを真っ直ぐに行くと、薄暗い廊下があった。

 その廊下の一角で足を止め、少年はにっこりと微笑むと、秘密ね、と言って目の前の壁を押した。ゴゴゴ、と音が鳴り、隠し部屋が姿を現す。


「こういう隠し部屋はどこの地区のギルドにもあるもんでね、代々のギルド長しか知らない。今日の問題はちょっと複雑そうだし、ここを使おうと思って」

「……ギルド長のイメージが壊されました。ていうかそれ私に言ってもいいんですか」

「ここはちょっとした魔法で移動した所だから、それは心配しなくていいよ」


 魔法……成る程、こういうことに応用もできる訳だ。


「ていうかさ、一言目がそれ?大抵は驚いてくれるのになぁ。僕が本当に長なのか、疑う子もいるよ。本当の長からここの場所聞いただけの職員じゃないかって」


 疑う?それはないだろう、規定に厳しいであろう職員の長が、そんなに簡単に決められたものを破るはずがない。

 過去に職員が問題を起こした例があるから、ギルド長しか知らない様な隠し部屋が存在するのだろう。それをわかっている者が長になるのであり、そこに年齢など関係ない。

 関係ない、のだが……。


「もう少しそれらしい人が良かったです。秘密の剣を授けよう、みたいな」

「僕んとこ以外は大体そうだよ。僕が例外なの」


 そう言う少年は、正しく優秀なのだろう。Bランクに対して片手でねじ伏せる実力、冒険者を見下さずしかし威厳は見せる姿勢、冒険者に対する管理能力など、今まで見た中でもかなりの者だとわかる。

 それに、今日の問題は少し複雑、と言った。

 ”踏破者”という者に関連することなら、私も知りたいと思っていたため誘いに乗ったが、この様子だと取引されるのかもしれない。こちらに来たばかりで何もわからない、では押し切られてしまう。


「面倒、ですね」

「んー?なんか言った?」

「……」


 地獄耳め、と心の中で毒づいていると、少年が中へ入り、こちらを手招きした。


「中に入って。あぁ、そこに腰掛けていいよ。……ギル君は座らなくてもいいの?」

「俺は立ってる」

「警戒されてるなぁ……。君みたいなのに手は出さないよ」


 そう言って笑いながら座る少年を見て、ギルは眉を寄せた。

 ギルには手を出さないが、場合によってはアイルが危険にさらされることも有り得る。

 そう思って警戒を促そうとアイルの方を向くと、


「え、この金の盾、純金じゃありません?うわ勿体無い、いつの時代ですかこれ」


 本人は部屋の隅の置物で遊んでいた。

 思わず殴りたくなるが、ギルド長の前なので制し、軽く足を蹴るだけに留めた。


「ギル、なんです……あ、そうだ話があるんですよね」

 アイルは、今気付きましたという様な態度でこちらに向き直り、三人は優に座れるだろうソファに腰掛けた。


「さて、と。まずは自己紹介かな?」

 少年は腰掛け、にこりと笑ってそう言った。


「僕の名前はレオ、ここのギルド長だ。それから、この国のギルドの代表の一人だよ」

「ギルだ」

「アイルです」


 簡単に名乗ると、早速本題に入ろう、とレオが言う。

 本題がなんのことか想像がつくだけに、嫌だ、と言いたいところだが、我慢してソファに背中を預ける。


 恐らくこの少年……レオが求めているのはパーティの解散、私のギルドカード剥奪、およびギルの冒険者続行だ。

 ”踏破者”と呼ばれる者達について、私は何も知らないが、ギルがこのギルドにとって重要な役割を果たしていることがわかった。

 恐らく”踏破者”と呼ばれるものは、冒険者の格上の存在であり、彼らがいないと不都合があるのだろう。それがギルドにあるのか、国にあるのかは知らないが。

 とりあえず、


「”踏破者”についての説明をお願いします」

 彼らを知らないとこの話についていけない。そう思って言うと、心底驚かれた。


「……”踏破者”を知らないの?君本当に冒険者?」

「失礼ですね、少し世間知らずなだけですよ」


 その言葉に、ギルは少しじゃねぇよと口を挟みたくなった。レオは溜息をつき、彼らについてのことを話し始めた。


 曰く、この世界には巨大な迷宮(ダンジョン)があると。

 曰く、”踏破者”達は、迷宮の最前線で戦う者達だと。

 曰く、彼らは国にとって、ギルドにとって不可欠な存在であると。


 迷宮が一つしかないと言われた時のアイルの驚き様と、それに対してそんなことも知らないのかと驚愕するギルド長がいたのは割愛しよう。

 全ての話を聞き終え、アイルが言った言葉は。


「ギルって意外と凄かったんですね」

「だから一言目がそれ?!」


 僕今歴史上で最強って言ったつもりなんだけどなぁ?!と言い、胡散臭そうな笑顔を消して騒ぐレオに、世界地図ってありませんかと頼む。


 君の横の棚の三段目にあるよ、と言われ、横を向くと確かにそれがあった世界地図を取って机の上に置き、開く。

 その奇行にギルは呆れているが、多少慣れたのか何も言わなかった。言っても無駄と悟っただけかもしれないが。


 全ての国が載っているページを開く。

 ここ、ハザク王国の王都が中心となってできている地図を見ると、確かにこの王国はとても大きい国だった。

 だが、隣にあるハザク王国と同じくらいの大きさの皇国が気になる。

 ふむ……。


「この皇国のこと、ギルは知ってますか?」

「あ?詳しくは知らねぇが、戦争をよくしてる。元は小国だったが、ここ最近、かなり大きくなった」

「戦争……国土を広げるため?人口が多いのか、土地は悪くないはず……。只の野心家?どっちにしろ迷惑ですね……」


 先程の発言と、この地図を繋ぎ合わせて考える。

 この国のためにギルは必要。

 隣国の皇国は戦争好きで徐々に力をつけており、今ではこの国と同じぐらい大きくなった。


「この国が攻めこまれる……?皇国は戦力が多いのだろうし、待てよ、戦力?戦争で使われるのは、まさか」

「気付いた?」

「……」


 にっこりと微笑みかけてくるレオに、内心うげっと思いながら頷く。

 つまり、この国の戦力というのは冒険者で、”踏破者”の中でも規格外のギルがいるからこそ手をなかなか出さないのだろう。

 だが、ギルが最前線から消えた、という噂が流れればどうなるか。攻め込まれる可能性が高く、しかも当のギルは戦争に興味など欠片もなさそうだ。歴史のあるこの国では、壊されてはいけないものも多いのだろう。


「でも、ギル一人に任せてもいいんですか?彼がいないと成り立たないのなら、この人が死んだら攻め込まれますよ?」

「あぁ、そこは安心してくれ」


 またにこりと微笑まれる。


「この国の”踏破者”は全員規格外でね、他所のギルドじゃ扱いきれないからこの国に来たってやつが多いんだ。ちなみに強さも性格もおかしいよ、全員」

「……例えば?」

「未だ謎が多い龍について研究するために、一人で龍と戦うマッドサイエンティストとか」

「うっわ”ぁ……」


 思わず出してはいけない声を出してしまった。

 龍なんていう規格外なものに挑むなんて阿呆なのか。向こうの世界の最上級パーティでも勝てなかったはずなのだが。


「まぁなんというか、ここは変人が集うと言われていてね。優秀ならいいんだけど、ちょっと……」

 曖昧に笑って誤魔化したが、彼らの制御も本当に大変なのだろう。


「なんであの子、ギルド長が目の前に来てるのに魔物にむかって求婚(プロポーズ)してたのかな……」

「「……」」


 遠い目をしてははは笑うギルド長を見て、アイルは心の中で合掌した。

 何故かアイルの周りには変人が多く集い、元の世界でもそういう奴らは多くいた。

 姉様に近づく者は死ね系の義弟(おとうと)に、人の眼を集めて楽しむ魔術師に、騎士の癖に昼は寝ている阿呆……。

 何だか目の前のギルド長に妙に親近感を覚えてしまった。


「大変、だったんですね……」

「わかってくれるかい?」


 諦めた様に微笑む少年に、無表情で頷く少女。違和感しかないが、アイルも内心は全力で同意している。最も、その変人達もアイルに振り回されていたので、同じ立場とは言えないかもしれないが。


「さて、この国についての不利益はわかったろう?次はギルドにとっての話だ」


 話が元に戻り、そう言われたが、大体の予想はついている。

 恐らく、ギルドとしては、ギルを広告塔の様に使っている節もあるのだろう。

 たった一人で迷宮を次々と突破しているギルに憧れて、新しい冒険者が入る。冒険者の数が増えるにつれて、依頼の数も増やすことができる。

 さらに、依頼には貴族からの依頼も多く入っていた。勿論それなりの報酬はあるが、戦争の時も戦力を借りるとあっては、貴族、王族からもなくてはならない存在となる。


「ギルドが国に下に見られない様に、ということでしょう?」

大正解(ビンゴ)。冒険者ってのは野蛮だし、計算とかよりも本能で戦いたがる人間が多いからね、見下されやすいんだ。だから絶対にそうならない様、できるだけ恩を売っておかないと」


 ふふ、と上品に笑うレオの目は、だけど全く笑っていない。わかりが良くて助かるよ、と言ってくれるのは嬉しいのだが、そこまでわかるなら従ってくれるよね、という威圧を送ってくるのはやめていただきたい。


「勿論僕は、君達を巻き込むからには、きちんと利益は用意してるよ。……君にも。君は見たことのない顔だけど、欠けている常識の割に、頭の回転が異常に早い。それに、偶に貴族が使うような所作をしているの、気付いてる?僕は君に興味を持っているし、それに期待しているんだ」

「欠けている常識の割にって……」


 アイルは不満そうだが、興味を持っている、期待している、というその言葉は嘘ではなかった。


 レオは、昼にギルがパーティーを組んだという話を聞いた。その時は、このような少女は想像することはできなかったのだ。実力主義の彼ならば、この国の益になる様な猛者を連れてくるだろう、と、そう信じて疑わなかった。

 だが、実際見たのは、冒険者達の中で無表情で突っ立っていた少女。どこか気品を感じさせる様に所作は無駄がなく、気配を感じることも難しかった。

 その後、余りの常識の無さに驚愕させられたわけだが、今日知ったばかりの知識を使って自分の真意を推し量るその姿は異常と言っても良い程に優秀だった。


 ここで一つ言って置くが、このギルド長はギルドのためになるならばなんでもする心算だ。

 優秀な者を野放しにして置くつもりはない。

 そう思いながら、少年はアイルを見つめる。


「で、どうする?利益を先に言ってもいいけど、君らそういうのに靡く類型(タイプ)じゃないだろ?」

「どうするんですかギル」

「……」


 突然話を振られたギルは、眉を寄せてアイルを見下ろす。

 アイルは小さく両手をあげ、言う。


「ぶっちゃけ私はどちらでもいいです。野垂れ死ぬ程金がないわけではありませんし、他所様の国に口を出すほどお節介でもありませんしね」

「……え」

 盾がいなくなるのは残念ですが、と無表情で呟くアイルに、ギルド長は少し混乱していた。

 アイルが乞うたからギルは側にいるのではないのか。違うなら、なぜこの二人はパーティを組んだのか。そして他所様とはどういうことだ。この国の人間ではないのか?

 困惑を隠しきれずにギルを見る。


「諦めろ、こいつは誰も読めねぇよ」

「……何か?」


 未だ無表情な瞳は、何を考えているのか全くわからない。何処か不機嫌な様子のギルを見て、仕方なしに聞く。


「じゃあギル君、僕は君に”踏破者”として最前線に出てもらいたい。足手纏いはいらないからね、パーティも解散してほしい。勿論この子に対しての礼儀は尽くす。君は、どうする?」


 この時のレオは、アイルは、知らなかった。

 ギルが、アイルという一人の少女ににほんの少しだけ惹かれていたことも、それを守りたいと思っていたことも。


「俺はこいつについてく」

「……え?」


 その言葉に、レオは驚愕を露わにした。

 今日はなんだかペースを乱されてばかりだ、と思いながら必死に頭を回転させる。


 この青年、ギルというのは、強さにしか興味がないのではなかったのか。

 そのために、今まで貴族からの依頼を全て断り、依頼をほぼ受けずに迷宮に籠っていたのだろうに。なぜ今更その選択をする?


 ギルに視線を向けると、ギルはアイルの後ろ姿を見つめていた。

 思えば部屋に入った時から、後ろで待機してずっとアイルを見ていた気がする。


「……あー」

「?何ですか」

「いや、面倒だなぁって……」


 アイルが部屋に入る前に行った言葉を繰り返されたので、皮肉なのだろうが訳がわからないので首を傾げておく。

 それよりも、と。そう思いながらアイルがギルを呼ぶ。


「ギル、おいで」

「あ?」

「おいで」

「……」


 短い会話だったが、ギルが来たのを確認すると、今度はしゃがめと指示するアイル。

 レオには全く意味がわからず、慣れて来たギルは諦めてその場に跪いた。


「んだよ、っ?」

「……」


 ギルの言葉には返事せず、黙ってギルの頭を撫で始めるアイル。いーこいーこ、と棒読みで言っているのは馬鹿にしているのか何なのか。

 何も理解できないレオと普通に恥ずかしいギルが現実逃避をしようとするが、アイルの声によって阻まれた。


「えっとですね、この国とギルドについて何ですが、」

「いやその状態で普通に話し始めるの?!やめたげなよ絶対やだってそれ!!」

「黙れ」

「僕!?」


 そう言って騒いでいる二人を騒がしいなぁと思いながら代替案をいう。


「ギルって元々依頼を多く受けていた、という訳じゃないんですよね?じゃあそれはたまに最前線行くだけでいいと思います。まぁペースは落ちますが、異常な程の火力には違いないでしょう」

「いや待って話入ってこないよ……」

「疲れてそうですね」

「君の所為でね!!」


 私のせい?何かしただろうか。頭にはてなを浮かべるアイルに、苦々しくギルが言う。


「おい、そろそろこれ外せ」

「え、なんで?」

「……」


 会話終了。元からギルの意思は聞いていない、ということだ。


「逆に何でそれやってんのさ君……」

「何で、って」


 そう言われても、と思う。アイルの側にいる者達は、こうすると皆喜ぶのだ。これは強さへの執着よりも自分を選んだギルへの、ご褒美の様なものなのだから、どうしてと言われても困る。


「どうしても?」

「何で疑問形……」


 掴めない少女だ、とレオは思う。

 規格外の”踏破者”から好かれる割には、本人は執着を見せない。こちらのペースを軽々と崩すくせに、無表情は動かないままだ。

 ギルはきっと、強さよりも面白いものを見つけたのだろう。そして自分も、この少女といるのを案外居心地よく感じているのがわかる。わかってしまう。


 あぁ、もう、


「面倒だなぁ……」

「だからそれ皮肉ですか、何の?」


 そうすかさず問いかけてくるアイルに、何でもないよ、と笑みを浮かべ、胸の中にある小さな困惑を隠した。



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