第一話:ここはどこ、わたしはだれ?(編集済み)
一日目。
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目を開けると、そこはどこかの街中だった。
目を閉じる。もう一度開ける。そこには先ほどと全く変わらない景色があった。
「……ふむ。」
道ゆく人、綺麗な青空、足元のタイル、小さな家々。
先ほどまでいた王城の景色とは全てが違う。幻覚でも見ているのか、と思って隣にあった店を叩いた私を変な目で見る街の人たち。
鏡を取り出す。容姿、服装、何も変わっていない。バッグ内も、見た所なくなったものはなかった。
もう一度目を閉じ、深呼吸。
少し落ち着こう。先ほどまで、私は何をしていたのか。記憶はどこまである?
私の名前はアイル・グレイス。容姿は青の瞳に黒の髪。アルマニア王国の第一王女で、好きなものは甘いものと物語。病弱な私にとってはベッドの中で聴く騎士達の話と物語が唯一の楽しみだった。
ここに来る前……さっきまでは、そう、王城にいた。だけどつまらなくなって抜け出して、騎士に怒られていたんじゃなかったっけ。
「姫!いつもいつも貴女は……!病弱だから出歩かないようにと言っているのに!」
この人は、私の騎士の一人。勇者なのだけれど、臨時騎士となった人だ。色々と残念で、面白い人。
「大丈夫ですよ、そうしたら多分貴女達がなんとかしてくださいますから」
この他力本願な台詞が私の言った言葉。無表情でこれを言ったら呆れられたが、本当だから仕方がない。
この直後、私は自分の騎士の前から消え失せた。
大丈夫、ちゃんと覚えてる。昔の記憶から今の立場まで全部。
今までのことを確認したら次は現状分析だ。とりあえず、私のいるここは……。見たところとても城下町の雰囲気に似ているのだけれど、ここから城が見えないということは、私が何時も行っている治安のいい街ではないのだろう。
他国の視察に行った時の。王都の隅の、小さい町の方が雰囲気的には似ている。
正確な地図でもあればいいのだが……。
「おい、ちょっとそこのあんた!立ってるだけじゃなくて商品も買って、ってえっ?すいやせん!貴族様だとは思わなくて、あの……」
などと思っていたら隣の果実店の店番にケチをつけられた。
まぁ、いきなり人が来たと思ったら店の棚を叩かれたんだもんな。しかもそいつは何も買っていない。極め付けは丁度店番から体が見えない位置にあること。治安も悪そうだし、万引きを疑われても仕方のない状況だ。
まぁ今は貴族と勘違いされていたので幸運だった。露骨に下手に出てくれているし、派手な身なりに感謝せざるを得ない。
地図は高いし、売っている場所も限られている。仕方ない、ここがどこなのかだけこの人に聞こう。
「いえ、大丈夫ですよ。それより、此処がどこかわかりますか?今日来たばかりでこの辺に詳しくなくて……」
「あぁ、此処は王都ハーバックの端っこの街ですよ。ええと、外交か何かにこられたなら、右に行けば憲兵がいるのでそいつに聞いてくだされば……」
しどろもどろになんちゃって敬語を話す店主に首をかしげる。王都ハーバック?聞いたことのない地名だ。
これでも姫として各国やその王都ぐらいは覚えている。地図も見たし、私が知らない国などないはずなのだが……。
とそこで、店の主人の視線に気づく。急に黙ったから不安だったのだろう、悪いことをした。謝罪の意を込めてこてりと首を傾げる。
「わかりました、ありがとう。ところでこの果物はおいくらですか?」
「え!?いえいえ、あの、貴族様に買っていただくような立派なもんじゃねぇですので……」
いやまぁそう言われるとは思ったが、さすがに店前でずっと話していて迷惑をかけたかもしれない。それに貨幣が同じかも調べたかった。流石に違うと焦るが、出した銅貨は問題なく使えた。
「それでは」
店の主人に挨拶をして歩き出す。とりあえずは右に進み、少し行ったところで小道にそれる。身分が確かじゃない時に憲兵と会うのはごめんだ。どこぞの迷子のお嬢さんだと勘違いされても困る。
さてと、
「私今、いくら持っていましたっけ……」
ポーチを開く。中を見ると、軽く千を超える数の金貨があった。こちらの貨幣価値はわからないが、金貨より上はないはずなので、当分は大丈夫だろう。
宿をとって、食事を買って、服を買って……。あとなんだ、贅沢するならもっと必要か。
そう思って金貨を数えながら今後の生活について考えていると、向こうの方から騒ぎ声が聞こえた。
何やら揉めているらしい。まだか、だの、これだから市井の出は、等と言っている。
持ち前の好奇心を刺激され、現場を見ようと一歩踏み出すと、首根っこを引っ張られた。ぐえ。
「おい」
ぴくっ。声に反応して体が動く。足音は『聞こえて』いたが、かなり消すのが上手い歩い方だった。忠告する積りで来たのか、私が見つめている金貨目当てで来たのか……。そう考えながら振り向く。
「………何かご用で?」
後ろにいたのは、目つきの悪い美青年だった。しかもガラが悪い。
(絡まれちゃいましたかね)
忠告する、という選択肢はほぼないだろう。今の自分は、身分はわからないとはいえいかにもお金を持っていそうだ。しかも金貨を覗き込むような無防備な真似をしていた。金貨何枚あげれば引いてくれるだろうかと下衆なことを考えていると、聞こえて来たのは予想外の言葉。
「あまり此処でそういう真似をするな。狙われるぞ」
……忠告でしたか……。
見目が全力でガラの悪いお方だったので、絶対に絡まれたと思ってしまった。少し悪い気もする、というかこの人絶対友達いないでしょう。
そう思ったものの、忠告は有り難く受け取っておくことにする。
「ありがとうございます、気をつけます」
「そうしろ」
もう用はないとばかりに背を向けるその人に聞く。
「ここらでおすすめの宿屋さん知りませんか?この辺は詳しくなくて」
できれば一番良い宿屋さんがいいですね、なんていいながら無表情で首を傾げる。丁度今後の事を考えようと思っていたのだ。
ここがどこかもわからんが、とりあえず急で必要となるのは宿だ。これから聞ける機会も多くないし、聞けたら損はないだろう。
「家出でもして来たのかてめぇは」
しかめた顔でそう言われる。良家のお嬢様が逃げてきたとでも思われたのだろうが、家出というかなんというか。
「気付いたら此処にいた、と言いますか」
「アホか」
やっぱりしかめっ面が返ってきた。厄介ごとに巻き込まれたくないのだろうが、もう少し丁重に扱っていただきたい。
「迷惑はかけませんので、できれば案内を頼んでもいいですか?」
無表情のまま聞くと、めっちゃ嫌そうな顔をされた。
一歩下がられる、一歩踏み出す。しかめっ面は変わらない。
「……俺の利益は?」
「道案内くらい善意でやっていただけませんか?」
「……」
「……やっていただけないんですね?仕方がない、そんなにいうなら美少女と散歩する権利をあげま」
「じゃあな」
待て待て待て待て。
慌てて引き止める。
「お前な、真顔のまま冗談言っても分かんねぇんだよ」
「この冗談言ったら大抵の面倒臭い人たちが引いてくれたので。オススメですよ、貴方も使いませんか……話聞かずに歩き出す癖やめた方がいいと思うんですよちょっと」
さっさと歩き出される。あれ、これ本当に見捨てられたパターンかもしれない。
馬鹿な事を考えていると、前の人が立ち止まる。
「おい、早く来い」
きょとん。
……これは了承されたってことでいいんですよね。そう思いながらついて行った。
「ここだ」
案内されたのは、そこそこ清潔そうで小さな宿。値段も安そうだ。
「ここのやつはよく話すから、大抵なんでも知ってるし聞いたら答えてくれる。腕も立つし、まあお前にとっちゃいいんじゃねぇの」
と、いうことは……
「貴方は違う宿なんですね、残念です」
「面倒ごとに巻き込まねぇっつってたろうが」
「なぜ私といることが面倒ごとなのか教えていただいても?」
「言うまでもねぇだろ」
「おや酷い」
声を立てずに笑う。ふふっと言っただけで無表情だったので笑うと言うのかは定かでないが。
「俺は帰る。暇じゃねぇしな」
「おや、デートの約束でもあるので?」
「どうだかな」
笑いもそのままに言うとそう返された。適当な人と取るべきか、順応が早いと取るべきか。なんとなく両方な気がする。
「ここまでの道案内、どうもありがとうございます。また会いましょう」
「もう二度と会いたくねぇよ」
そう言い、背を向けられる。
それに私は無表情で見送った。
視線がなくなるのを感じ、振り返る。そこにはもうあの喧しい女はいなかった。
ため息をつく。人に振り回されるのは久しぶりだと、そう思いながら宿の裏に回り、そこにあったもう一つのドアから中へ入る。
なるべくいい宿を提供したつもりだが、一番いい宿となると自分も住んでいるここしかない。
受付から話し声が消えるのを待ち、自分も中へ入る。
「おーおかえり。今日はどうだった?」
「ぼちぼちだな」
お前いつもそれしか言わねぇじゃん、といいながら迎えたのはここの宿主。二年前ここに泊まってからずっといるので顔なじみとなっている。
「てかそういやさぁ、さっきオジョウサマみたいなの来てまじでびびった。ありゃ絶対どっかから逃げて来」
「おい」
「おう?」
こいつに言うと確実に面白がられそうだからいいたくはないが、と思いながら口を開く。
「その女には俺がここにいることを話すな」
驚いたような目で見られた。
「……へぇ〜?」
「なんだその目は、宿変えんぞ」
「さーせんっした」
その危機察知能力、大切にしたほうがいいと思うぞ。