第九話 街中のお散歩
あー、久しぶりの我が家!
やっぱり落ち着くなー。
執事に、お茶とビスケットを出してもらい、ヘッケルンにてお土産として買ってきた香辛料と、私の秘蔵の蜂蜜をかけていただく。
うん。美味である。
ひとしきり、暖炉の前で、ぼーっとして過ごす。
そうしてのんびりとしているときに、ふと、最近は街に出ていないことに気づく。
よし、今日は街をぶらつこう!
外出すると決まれば、準備をしないといけない。
貴族の女の子が一人で街を出歩くのはちょっと危険なので、平民の子が着るような、ちょっと質のおちる服を着る。
髪の毛で女の子だとすぐにばれないように、くるくるとまとめて、帽子の中にいれてしまう。
鏡の前で入念にチェックをすると、どこからどうみても街の男の子である。たぶん。
「お嬢様、また、ハレンチなことを……」
外出することに関しては、執事は眉を潜めているが、養父は、「合理的でいいのではないか。まぁ、魔法使いならば、自らの身は自分で守れないといかんしな」、とか言って、割と自由にさせてもらっている。
そんなこんなで、今日は街をぶらついている。
まだ寒さが厳しく、肌寒いものの、今日は気持ちの良いお天気のため、陽光の下だとほのかに暖かい。
まずは市場で、魔法に使用する道具を買うことにした。
魔法使いの道具としては、あまり広くは出回っていない素材を使う関係でどうしても高くつく。
そのために、今は養父の財力に任せっきりのところがあるのが、ちょっと悩ましい。
やはり、経済的に独立するためには、なんらかの資金源が必要だが、今のところ目処は立っていない。
長期的な課題である。
買い物が一通り終わったので、次に向かうのは腹ごしらえの店だ。
市場には、歩行客向けにパンや肉などの軽食を売っている店や、店内で食事ができる食堂など、様々な店がある。
今日はお天気が良いので、公園で食事をしたいと思い、ちょっと硬い黒パンと、カボチャのスープを購入した。
王都にある七つの王立公園の一つで、ぼけーっと地面に座りながら、パンをスープに浸けて食べる。
ちなみに、このスープの器は後でお店に返しに行くとお金が戻ってくる。
現代日本のようにプラスチックなどと言う便利な道具はないので、基本、再利用なのである。
私は公園の草の上をリスみたいな小動物が歩き回ったり、小さな池で、大きな水鳥がぷかーっと浮かんでいるのを、何をするのでもなく見つめていた。
「おい、お前!」
そんなとき、急に背後から声をかけられた。
私は声の方に向き直ると、四名ほどの男の子たちがこちらを睨み付けていた。
私よりちょっと年上で、身なりもあまりよくなく、柄が良くない感じの集団だ。
「ん? 何か用?」
「なー、知っているか? ここの公園は俺たちの縄張りでよう。俺たちの許可なしに立ち入ったら罰金を支払わないといけないんだぜ」
ここは王立公園なんだから、お前たちに権利なんてあるわけないだろ、と思うのだが。
「ふーん。で、いくら?」
男の子たちが顔を見つめあっている。
どうやら、私の対応が意外だったらしい。
「そ、そうだな。大銅貨一枚だ!」
大銅貨一枚あれば、だいたい、一日の食事にはありつける額だ。
たいしたことはない。
「あ、そ。じゃあ、この小銀貨一枚あげるから、一年分の利用料ってことでいい?」
男の子たちは顔を見合せるとお互いに頷き、「お、おう。問題ないぜ」といって、どこかへと走って立ち去ってしまった。まぁ、官権に見つかったらただではすまないだろうけど。
私としては、揉め事に巻き込まれるよりも、大人の対応でやり過ごした方が、トータルとしてはスマートな解決策だと思っている。
まぁ、お金の出所は養父だが……。
と、突然、頭の帽子が取られた。
陽光の下に、私の薄金色の長い髪の毛が、キラキラと広がる。
「……な、な……」
あまりの突然の出来事に、頭を抑えて背後を振り向く。
そこには、ニヤリと笑ったヒューリが、帽子の縁に指を突っ込み、くるくると回しながら立っていた。
「よっ! ルシフ。こんなところで会うなんて奇遇だな」
「ちょっ! 帽子返してよ!」
こいつはなんで、私の努力を無にするんだ!
「こんな気持ちが良い陽気な日に、帽子で顔を隠すなんて情けないぞ!」
だから、大きな声を出すな!
回りの人たちがこちらを見ている。
お、かわいい、とかそういった声もちょっと聞こえた。
むむ。皆さん、良い目をしていらっしゃる。
……って、そうじゃない。
「あんたこそ、なんでこんなところにいるのよ?」
「ん? 俺か? 今日は非番だったからな。たまには自主訓練でもしようかと思って、公園を走っていたんだよ」
こいつは本当に体力バカだな。
「せっかくのお休みなのに、ご苦労なことね」
「ルシフ。お前だって、ちゃんと食べて運動しないと太るぞ」
「私は特別だから大丈夫!」
胸に手を当て、すこし腰をひねりポーズを決めながら、元気一杯に答える。
でも、実際のところ、どれだけ食べても太らないのは事実だが。
「でも、ここは全然大きくならないな!」
そういって、ヒューリが、私の胸をつついてきた。
ブチッ。
何かがキレる音が聞こえたような気がした。
そして、反射的にグーでヒューリを殴り付けていた。
「な、ナイスパンチ……」
そういって、ヒューリが倒れた。
◆◇◆◇◆◇
「もうちょっと手加減をしろよなー」
ぶつぶつとヒューリが呟いているが、レディに対するマナーがなっていない自分の愚かさをもう少し自覚した方が良いと思う。
でも、まぁ、一人で出歩いて変な男とかに絡まれてもいやなので、仕方ないからこいつと一緒に行動してやるか。
え? なに? 自意識過剰?
いえいえ、過去の経験則です。
こいつが隣にいればまかり間違ってもちょっかいをかけるようなもの好きはいないだろう。
結局、公園で二人で漫才をしていても、あんまり生産的ではないので、せっかくなので一緒に美術館に行くことにした。
入場に大銀貨一枚という破格の値段設定なので、客として鑑賞に来るのは上流階級だけだ。
こういった、経済的なところで、この世界はシビアだなと思う。
「この部屋は、二百年前のベルモンテ魔法王の治世の時代の作品群を飾っているな。少々、幻想的な作品が多い」
「ふーん」
なぜかヒューリは博学で、色々なことを知っている。
こいつは一体何者なんだ。
この時代は割と神話とか、伝説とかをモチーフにした作品が多い気がする。
九つの首を持つドラゴンとか、なかなかにシュールな感じだ。
ヒューリが語る様々な蘊蓄を右から左へと聞き流しながら、時代順に作品を堪能していく。
肖像画やら風景画に、それと銅像なんかもある。
順路で最後の部屋で、その一角に、やや豪華に飾られた肖像画が飾られていた。
そこには、若い男女が描かれていた。
「この方々は六年前に病死した国王陛下の第一王子ルンデンホフ様と、その奥さまの肖像画だな」
ヒューリが、こちらを探るような目をしながら解説してくれた。
私はその第一王子と、その奥方の姿を見て、ふとデジャブを感じた。
……この王子の髪の毛、この奥方の面差し、それぞれなんとなく、ケイメルと似ているな、とふと思った。
じっと、ヒューリがこちらを見ているのが気になった。
「な、なによ……?」
「……いや。なんでもない」
ちょっと気になるんですけど。
とりあえず夕御飯を一緒に食べないかと誘われたが、さくっと断った。
生憎、今日は先客があるのだ。
「ふふ。今日はありがとうございました。ヒューリさま」
そういって、恭しく礼をする。
「なんだよ、気持ち悪いなー」
「淑女としてのたしなみでしてよ! では、また、明日学舎にて!」
とりあえずお嬢様ぶってみた。
おもいっきり変な目付きで見られたが。
 




