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第八話 温かいスープと心

「山の中腹あたりにて、爆発音が起こったとの報告が!」


「あの辺りならば、なんとか調査隊が派遣できるな。よし、山道に馴れた者たちで一個小隊を組織し、現場に向かわせろ!」


「はっ! ところで、大隊長。本部からの指令書を持った少年が面会を求めてきておりますが、いかがいたしますか?」


「指令書だと?」


 大隊長が渡された指令書に目を通すと、一言唸り、「通せ」と簡潔に部下に命じた。


◆◇◆◇◆◇


「ルシフ。これを飲むんだ。身体があったまるよ」


「ん。ありがと」


 ケイメルから木のお椀に入った、豆とハーブで味付けされたスープをもらう。

 たしかに暖まる。


 ……私たちは川に飛び込み、銀狼たち追っ手から逃げ出したあと、しばらくは川で流されていたが、なんとか陸地に這い上がることができた。

 そのままだと凍死しそうな寒さだったが、幸運なことに私たちが流れ着いたところの近くに、元は坑道だと思わしき洞穴の切削跡をみつけ、ひとまずそこに逃げ込んだ。


 二人して木を運び込み、焚き火を魔法でおこしたあと、濡れた服を脱いでしばらく暖をとった。

 さすがに、こんな状況だと恥ずかしいとか言っている暇もなく二人とも全裸だ。


 しばらく暖をとり、下着が乾いてきたので、それだけを身につけ、今はボーッとしている。


 ケイメルは器用に葉っぱと蔓で、下着の上に外套や靴のようなものをつくり、カンジキを履いて近くに食料を調達に行った。

 そして戻ってくると、地面に穴を掘り、大きな葉っぱを敷き詰め、その上に、集めてきた豆といくつかのハーブ草を入れ、その上に雪で蓋をした後、焚き火にくべてあった焼けた石を穴の中に投入して、器用にスープを作った。

 なんだか手慣れているなー。


 ケイメルはどこからか見つけてきたのか、木のお椀を持っており、私にスープをくれたのだ。


 はぁ、生き返る。

 焚き火近くに立て掛けている衣服を見ると、完全に乾かすにはもう少し時間がかかりそうだ。


「ケイメル。私たちこのまま逃げ切れるかな?」


「どうだろうね。いったん川に飛び込んだから、臭いを伝って追ってくるのは難しくなったと思うけど」


「それに、さっきの爆発音で、皆、気づいてくれたかな?」


「探しに来てくれるのが先か、銀狼たちが僕たちを見つけるのが先か……」


 そうして、二人とも口を閉じてしまう。


 しばらく無言でいたが、ちょっと聞いてみたくなったので、私が口を開いた。


「ねぇ、ケイメル」


「なに?」


「ケイメルって、なんでこんなにサバイバルスキルを持っているの?」


「……僕は、元々は山々に囲まれた領地で暮らしていたんだ。領地では剣や魔法なんてまったく無関係に、本当に野山で駆け回って暮らしてたんだよ。作法なんかは子供の頃から父に色々と厳しく教えられていたんだけど、武芸なんてからっきし。今でも本当は領地に戻りたいって思っているんだ。だけど、僕にはやらないといけないことがあるから。逃げるわけにはいかないんだ」


「ん。そうか。……ねぇ、私にケイメルの手伝いができないかな? 私にできることがあれば、なんでもやりたいなって思うんだ」


 そういって、ケイメルの指を触った。

 涼やかな顔に似合わない、マメができた男の子の指だった


「でも、ルシフを巻き込むわけにはいかないよ。今日だって危険に巻き込んでしまったし……」


 すごい後悔している顔をした。


「僕なんかと付き合ったばっかりに、ルシフをこんな危険なことに巻き込んでしまい、僕は……」


 そこまで言ったところで、私はケイメルの唇に人差し指を当てた。


「いいんだよ。困ったときに助け合える友達が真の友達だよ」


 私はにっこりと笑いかけた。

 その時のケイメルのポカーンとした、顔がちょっと可愛かった。


 二人でくっつき、あったまりながら、交互に仮眠を取った。

 変な体勢で寝ているので熟睡とはいかないが、ある程度体力を回復することができた。


 そうして、睡魔に負けてうとうととしているとき、ケイメルの「気を付けて!」という小さく短い警告の声で目が覚めた。


「追っ手?」


「わからない」


 ただ、坑道の入口の方で、人の気配を感じる。

 私たちは、手近な布を身体に巻き付けると、いつでも魔法が使えるように、意識を集中した。

 緊張で心臓のドキドキ言う音が聞こえてくる。


 そして誰かが近づいてくる音が聞こえ、間もなく、近づいてくる者が視線に入る、というときに声がかかった。


「ケイメルとルシフ、いるか?」


「そ、その声はヒューリ!?」


「おう、なんとか生きているようだな。間に合ってよかった」


 そこには、白色の迷彩の外套を着込み、手に槍のようなものを持ったヒューリが立っていた。


「しかし、その格好はなんだ、もしかしてお前たち、親密な関係にでもなったのか」


 呆れとも、苦笑とも、言えないような表情でヒューリが嘆息した。


 私たちはお互いに顔を見合せ、安心し過ぎて、緊張の糸が切れたのか、お互いに抱き合いながら、地面に膝が崩れ落ちた。


◆◇◆◇◆◇


『軍に先を越されたか』


 川の反対側から、坑道を見ていた銀狼がつぶやいた。

 今回の作戦は綿密に現地を調査した上で実行された、かなり大がかりな作戦だったのだが。


『まぁ、失敗したものは仕方がない。次の作戦を考えるか』


 そういって、背を見せて立ち去ろうとしたとき、その四足歩行の姿から、二足歩行の人間のそれへと、姿を変えた。


 人間の姿の、後ろ姿の銀髪が、雪の中へとかき消えた。


◆◇◆◇◆◇


「はぁー、極楽ー」


 私は弛緩しきった顔をしているんじゃないかと思う。

 乳白色の温泉にゆっくりと浸かって、身体中の力を抜く。

 お風呂は命の洗濯だと、言っていた人がいたが、まさに至言だと思う。


 あのあと、怪我の回復のために軍の療養所へとケイメルと二人、療養のために有無を言わせずに収用された。

 ここでは、本当にぼーっと過ごすだけだ。

 それしかやることがないので、非常につまらないのだが、幸運なことに温泉には入りたい放題だった。


 この世界では、温泉での湯治は、まさに医療行為としてとらえられており、ひたすらリラックスして温泉に入っている。

 足の捻挫や、身体中の打撲、切り傷なんかもだいぶ回復してきた。

 もうそろそろ療養所ともおさらばできそうだ。


 しかし、軍の療養施設だけあって、怪我人として収用されているのは男の人ばかりだ。

 ここも、別に男女の風呂の区別はないので、人が少なそうな時間帯を狙って入りに来ている。


 ん? なに?

 私のまな板を見てもつまらない?

 ヒューリが前に私に言っていた言葉をふと思い出して、殺意がむくむくと芽生える。

 どこかで、あいつは絞めないといけない。


 そんなことを思いながら、お風呂に入っていると、向こうの方から人がやってくる気配がする。


 じーっと見ているとケイメルがキョロキョロとしながら入ってきた。


「おーい、ケイメル。こっちこっち!」


 私は声をかけてみた。


「ル、ルシフ!? い、いたの!? ぼ、僕は、またあとで入るよ!」


 そういって、きびすを返そうとする、ケイメルに慌てて声をかける。


「大丈夫だって。温泉は色ついているから見えないよ! だから、一緒に入っても大丈夫だよ! それとも、ケイメル、私のこと嫌いなの?」


「……そ、そんなことないよ」


 ケイメルが渋々とこちらに戻って来た。

 なかなかにちょろい。


「……色々とあったけど、またこうやって一緒に過ごせて、私、うれしいよ。こうして、無事に二人して戻ってこれたから改めて言えるね。ケイメル。助けてくれてありがとう」


 私は立ち上がって、深々と頭を下げた。

 え? 裸が見えてしまう?

 そんなことは気にしない。


「そ、そんなお礼だなんて。むしろ、僕の方こそ巻き込んでしまってごめん……」


 そういって、立ち上がって謝ってきた。

 ……う、見えそう。


「……え、えっと、とりあえず浸かろうか」


「う、うん」


 そういって、二人して顔の半分まで風呂に浸かる。

 乳白色の温泉だから、中が見えないから、割と気が楽だ。


「ねぇ、これからどうするの?」


「うーん。容疑者というか黒幕は判っているんだけどね。でも、直接は手が出せないんだ」


「うーん、それなら、なんとか、炙り出さないといけないということね」


「僕にできることはチャンスを待つことだけだね」


「……うん。わかった。私も自分にできることをするよ。あ、嫌だなんて言わせないからね」


「もうそんなことは言わないよ。でも、もしも……」


「もしも……?」


「ううん、いや、なんでもないよ」


 恥ずかしそうな声音でケイメルは頭をふった。


 何をいいかけたのだろうか。

 気になったけど、改めて聞くのも野暮だと思い、辞めた。


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