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第七十二話 軟禁生活

「姉御ぉ~。俺たち、いったい、いつ外に出られるんだよ?」


「……たしかに、長いわよね」


 ユーグレがぶつぶつと呟きながら、フォークで肉を突き刺して、口の中に突っ込む。そして、クチャクチャと音を出して食べだした。

 ユーグレには今度、マナーというものを一から教えようかしら。


 朝日がダイニングの窓ガラス越しに差し込み、部屋が光輝いている。

 清潔感のある豪奢な器や家具類に囲まれながら、そんなことをふと考える。


 帝都にて、皇帝に盛大な歓待(熱い抱擁を含む)を受けた後、ユーグレもろとも、すぐさま宮殿へと連れていかれた。

 周囲を数十名の兵士で護衛されるという念のいれようだ。


 なんでも、私たちを帝都に連れていくときも、馬車の周囲を護衛の兵士たちで固めていたとのこと。気づかなかったけど。


 で、宮殿内の豪華な部屋、というよりも建物一棟分なので離宮と称すべきもの、へと連れてこられ、ここに逗留してすでに一週間ほどたっている。

 離宮の中庭には出られるが、離宮の外へはまだ出られない。

 しかも、懐かしいリーゼや、ヒューリたちとも合わせてもらっていない。

 ある意味軟禁されているといえなくもない。


 なお、会えると言えば、毎夜の夕食の時間、皇帝と一緒の会食の時間がスケジューリングされている。


「……ルシフは、いったい日本のどこに住んでいたのかね?」


「はい。もうだいぶ昔でほとんど覚えていませんが、新宿の西の方でした。たしか」


「そうか。わしは日本だけでなく、世界を転々とさせられてな。ニューヨーク、ロンドン、イスタンブール。色々なところに赴任したものじゃよ」


「そういえば陛下は商社出身と、前におっしゃっていましたものね。私はエンジニアでしたから、アメリカと、中国に出張に行ったことくらいでしたね。海外は」


 皇帝との食事中は、ユーグレや護衛の兵士たちをいれず、二人だけでの会食をした。

 皇帝は今までこういった話を周囲にはしていないらしく、非常に饒舌にしゃべっている。

 まぁ、この世界でそんな話をペラペラ話したところで、狂人のカテゴリーに入れられるだけだろうから当然だ。


 でも、こうして、同じ世界からやって来た異邦人が二人。

 この会合は何らかの奇跡なのかもしれない。

 であればこそ、皇帝も分単位の忙しいスケジュールの中、こうして私との会食をねじ込んでいるのだろう。自らのアイデンティティを確かめるかのごとく。


 でも、たぶん、皇帝との会食の機会を減らされて、怒り狂っている階層もいるだろうな、と貴族生活がそれなりに長い私は考えてしまう。


「……って、聞いておるか、ルシフ?」


「あ、はい。すみません。考え事をしておりましたので」


「ふむ。仕方のない奴だ。で、だ、そなたには、早速、我が国に慣れてほしいと思ってな、皇帝府の書記官の仕事をしてもらうか、帝立士官学校に入ってもらうか悩んでおるのじゃが、事前にそなたの希望を聞いておこうと思ってな」


 すでに、皇帝の頭の中では私の英才教育の一貫として、私を帝国の人間にする気、満々だ。

 まぁ、ケイメルを助けてもらう見返りとして皇帝の義理の娘となることをすでに約束しているし、また、実際にケイメルを助けてもらっているので、今さら文句を言える筋合いでもない。

 だが、少々、事を性急に進めすぎている気がしないでもないので、その辺りはやんわりと注意を促しても無駄ではないかもしれない。


「あ、あのー、陛下。私としても、そういった大事なことは、熟慮して決めたいと考えておりますので、もし可能であれば、友人のリーゼやヒューリたちと事前に相談させていただきたいのですが」


「……ふむ。奴等か……。変な入れ知恵をしなければよいのだが」


 そこで、皇帝は暫く瞑目して何かを思案する様子を見せた。


「……はぁー、仕方ない。明日、奴等と話し合えるように手配をする。まぁ、ルシフのお披露目としてもワルくない機会か」


「ありがとうございます、陛下」


 ため息と共に決断をした皇帝に対して、深々と頭を垂れる。


「うむ。ところで、ルシフ。……なんだ、ほれ、わしらは父娘の契りを結んだ間柄、わしら二人だけの時は、わしのことを気軽に『お父さん』と呼んでもよいのだぞ」


「……あ、えーと、そうですね。まだ、少し気恥ずかしいので、また今度、ということで」


「そ、そうか」


 少し悲しそうな顔をする皇帝であった。


◆◇◆◇◆◇


「皇女殿下との拝謁を賜り、恐悦至極にございます」


 目の前でリーゼが、かしずいている。

 その隣で、ヒューリが仏頂面で敬礼をしている。


 皇帝は二人との会談を許してくれたが、それは、内輪のそれではなく、拝謁としてのみ許した。

 内外に私が誰なのかを教え込むためだ。

 リーゼは公爵家の娘にして、帝国魔法師団の師団長、准将の位を持つ軍人。

 それに、ヒューリもこの度の功績により、個人として侯爵位をもらい、リットリナ王国の在帝国大使として赴任してきている。


 この二人を相手にして格の違いというものを見せつけて、私の権威付けに利用しようということらしい。

 まどろっこしいことをするなー、とも思う。


「私としては、二人に個人的な顧問となってもらい、色々と聞きたいと思っているのだけど、よろしいかしら?」


 隣に侍る少し小太りな書記官に聞く。

 書記官は、他の役人たちと相談しあい、私にへりくだりながら説明をしてくる。


「申し訳ございません、皇女殿下。陛下より、そのような許可を事前にいただいておりません」


「じゃあ、何? あなたたちは陛下の許可がなければ、何も決められないというの?」


「御意」


 ただただ頭を垂れる役人ども。

 つ、使えない。


 困っていると、私の脳裏に言葉が届いた。

 魔法だ。


『この後、立食パーティーがあるはずなので、隙を見て、中庭まで来てくれ』


 ヒューリと目があった。

 小さく頷いている。


 私は目だけで、合図を送る。


 自らの自由を勝ち取るために、少しばかりがんばる必要がありそうだ。


次回は4/9(月)更新の予定です。

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