第六十六話 物見遊山
パチッ。
焚き火にくべている木材が爆ぜる。
暗い森の中、地面に転がっていた木に、どかりと座り込みながら焚き火をじっと見つめる。
……これから、どうしよう。
あの後、スーナの背中に乗ったまま、森の中へとなんとか逃げ込み、うまく逃げ隠れることが出来たのは幸運だったとは思う。
だけど、着の身着のままで出てきたために、これからの生活の糧が全くといってない。
かといって、このまま村にも戻れないし。
「近くの町に行って働くしかないかな……」
はぁ。
ため息が出てしまう。
どうしてこうなってしまったんだろう。
本当に災難な気がしてきた。
誤解が誤解をうみ、あれやこれやと坂を転がるように、今の根無し草の状況に。
『気落ちしても仕方があるまい。ほら、食事をとって眠りなさい、ルシフ』
だから、私はユーリであって、ルシフじゃないのに。
……でも、待てよ。たしかに、今の私には偽名は必要かも。
「そうね。とりあえずあなたといるときはルシフという名を名乗っておきましょうか。その方がお互いにとって、都合が良いみたいだし」
私はスーナに苦笑いを浮かべながらそう話した。
焚き火に突っ込んで焼いていたキノコが、程よい焼き加減になったので、一口食す。
味がなく淡白な感じだ。
ほかに、近くで見つけたベリーも食べ、腹を満たす。
さて、明日には、どこかで町を見つけないとな。
そんな決意を胸に抱きながら、口の中に熱々のキノコをもうひとつ頬張った。
◆◇◆◇◆◇
『今の子供、そこのご婦人の財布をすりとったな』
「え?」
一晩、森で過ごし、朝方からスーナの背中に乗って疾風のように大地を駆け、歩けば村から数日かかる地方の都市デイコモまでやってきた。
城壁の中には通行許可証がないため入れないので、城壁外の自由都市部分にしばらく隠れることにした。
ここまで来る途中、町外れにあった空き家の猟師小屋から、フード付きのマント、小銭、それに、鉈や蝋燭、ロープなどをバッグごと拝借してしまった。
空き家とはいえ鍵がかかっていたのだが、そこは、ちょいちょいと開けた。緊急避難的なものなのでどうか許して欲しい。
だが、これで、私も立派な犯罪者だ。
さて、今は城壁外の都市部に定期的にたつ市場で、物見遊山のごとく、物を買うのでもなく、屋台の商品をぷらぷらと見ていた。
私が村にいるころから、ここの市場の話は聞いていた。
なんでも、この辺り一帯で一番大きな市がたつらしい。
私が見たところ、城壁内の良いとこの方々も、物を買い付けに来ているようだ。
そして、市がたっている目抜通りにて、身なりの良いご婦人の財布を子供のスリが盗む瞬間にこうして立ち会ってしまった。
といっても、気づいたのは私ではなく、スーナなわけだが。
私としてはその子供に注意をして、回りの人間からの注目が私に集まるのはなるべく避けたかったのだが、悲しいかな身体が勝手に動いていた。
小さなスリの首根っこをひっつかむや、体重を思い切り地面の方にかけ、子供を地面に押さえつける。
「こ、このババァ! 何しやがる!」
汚いなりをしている子供が、思いがけず可愛らしい抗議の声をあげた。
予想に反して女の子だった。
「ほら、そこに隠しているものを地面に置きなさい。そうすれば、私は追わないよ」
私の回りに人だかりができはじめた。
「ちっ!」
その子供スリは、その場に財布を置いた。私が首もとをパッと離すと、その瞬間にささっと逃げ出した。
なんて、逃げ足が早いやつ。
まぁ、私は追わなかったけど。
私はその財布を手に持つと、こちらの騒ぎにも気にせずに通りを歩き続けていたご婦人を呼び止めた。
「あのー、奥様。これを落としましたよ」
「あらあら。ありがと。どこで落としてしまったのかしら」
「奥様。このような下賎な者と会話をしてはなりませぬ。そこの者。その財布は貴様に恵んでやるから、早々に立ち去れ」
婦人の隣を歩く若い男が無礼な言葉をかけてきた。
……なに、その言い種。
せっかく、財布を取り返してあげたのに。
私は少々怒りを覚えながら婦人と若い男の後ろ姿を見送った。
『まぁ、金はあるに越したことはない。くれるというのだから貰ってしまえばよかろう?』
私の服の胸元に、丸くなって潜り込んでいるスーナが私の方を見上げながらそういってきた。
「ん。そうだね。でも、それなら、少しお裾分けしようかな。スーナ。さっきの子供を見つけ出してくれる」
『構わないが……』
そういって、しばらく黙った後、おもむろに東の方角を見た。
『あちらだな……』
「よし。いこうか!」
私は市場でパンと、果物を購入すると、東の方へと走り出した。
◆◇◆◇◆◇
「つーかまーえた!」
「げっ! ばばぁ! 何でお前がここにいるんだよ!」
路地裏の影で座っていた、その子供スリの首根っこを、私がまたがしっとつかんだ。
子供は手足をじたばたと振り回し暴れる。
赤毛で、そばかすがあり、愛嬌がある顔をしている。ちゃんとすれば結構かわいいんじゃないかな。
年のころは十はいっていないだろう。
「ばばぁ、じゃなくてルシフっていうものよ。ほら、これでも食べなさい」
そういって私は先ほど市場で購入したパンと果物をこの子にくれてやった。
「……いったいなんの真似だい?」
子供が不審そうな目を向けてきた。
「あんた、この辺りには詳しいんでしょう? 安全に寝ることができるところとか紹介してよ。情報料くらいは払うわよ」
子供は私の方をうろんな目つきで見たが、食欲には勝てなかったのなそか、手に持ったパンと果物に、凄い勢いで食いついた。
「俺はユーグレっていうものだ。まぁ、よろしく」
そういって子供スリのユーグレが握手を求めてきた。
「私はルシフ。魔女の容疑で指名手配中よ」
ニッコリと笑顔で握手を返したのに、なぜか、ユーグレの顔がひきつった。
次回は3/19(月)更新の予定です。




