第六十一話 魔王との晩餐
「君の口にあうと良かったんだが」
「あ、とても美味しいですよ」
大広間にて、ケイメルとサシで食事をしている。
大きな長テーブルの端と端とで座っているので、ちょっと大きな声を出さないとお互いの声が聞こえにくい。
机の上には大小の皿がところ狭しとおかれ、様々な料理がのっている。
ただし中身については問題がある。
肉料理は、非常に大雑把な味付けで、正直、ひどく不味い。
また、魚料理は、白身魚本体はそこそこ喰えるが、その回りの餡の味付けがやけに甘ったるく、食材とはっきりいってあっていない。
他にも、香辛料や香草をめちゃくちゃに使ったやけに辛い豆スープ、どうみてもコテコテな揚げパン、血の味しかしないソーセージとか、見るだけで胃もたれしそうな料理が多い。
仕方がないので、私は先ほどから、あまり加工をしていない果物やチーズなどをメインに食べている。
あと、今、私が着こんでいるこのドレス。やけに、宝石をキラキラとあしらったりしていて、食事をしたりするのには明らかに適していない。
よくこんな格好をしながら、食事ができるものだと感心する。
げんなりとしながらも、この饗宴のホストにはちゃんと挨拶をしないといけない。
「この度、晩餐へとご招待をしていただき、まことに光栄にございます。ところで、私は、あなた様をなんとお呼びすればよろしいでしょうか、閣下?」
「ケイメルでも、ルガンでも、好きな名で呼ぶがよい。我はケイメル王子でもあり、魔王ルガンでもある。ゆえに、そなたへと求婚したことも覚えておるよ」
くっくっく、と笑い声をあげるケイメル。
「そ、それは恐れ多くございます……」
冷や汗が吹き出る。
なるほど。
下手に私に関するケイメルの知識がある分、こちらの情報は筒抜け。
それに対して、こちらは相手の情報がまるでわからない。
交渉の前提としては、これは非常に困った状況だ。
「そ、それでは、ケイメル殿下と呼ばせていただきますね。……それで殿下。この度のお招きはどういったご用向きなのでしょうか。私のような一介の軍人をここへと連れてきたところで、殿下にメリットがあるようにはあまり思えないのですが」
とりあえず情報収集を開始する。
まずは、現状の正しい状況把握が大事である。
「……最初、ケイメルの知識にあるそなたの様子が奇妙に思えてな。我の知識としてある平均的な人間の範囲からの逸脱が多く、少し興味を持った」
「私程度のものであれば、他にもおるのではないのでしょうか」
「まぁ、待て。……続いて帝国とのそなたの活躍を見聞きし疑問に思った。帝国とやらの兵器は我の二千年の記憶を遡っても、明らかに異質な兵器体系。これらの兵器を考案した者に対しても興味はあるが、それらの兵器を少ない兵力で打ち破ったそなたの知恵の才に特に疑問をもった」
「……」
私としては、あまり口を挟めない。今、指摘されていることは、私の回りからも散々指摘されたことであり、今までは『天才』の一言で片付けていたことだから。
「そこまで考えると、こやつは本当に人間なのか疑問に思った。なるほど。たしかに、見た目や振る舞いは人間ではある。だが、その根本のところでなにかがずれている、とな。そして、そなたと実際に対峙し、その魂の色を我が魔術にて直接見て確信した。……そなた、異界の者だな?」
ケイメルは冷静な声音で、ぎろりとこちらを刺すような視線を向けてきた。
さすがに、真正面から正解を指摘されて、冷や汗をかく。
はい、とも、いいえ、とも答えられずにいると、ケイメルは口の端をニヤリと吊り上げた。
「まぁ、答えにくい質問であったかな。それでは、言い直そう。我からの要求は単純だ。そなたの知識を我に分けてほしい。その対価如何によっては、現世より退散してもかまわん」
単刀直入に言えば、私の知識を購入したい、ということだろう。
「……ど、どうやって、知識を吸収するつもりなのでしょうか?」
頭の中の脳みそを取り出します、とか言われると困る。といっても、今は私も魔法も使えない状況なので、無理矢理やられても抵抗はできないが。
しかし、いまだに無理矢理やられていない状況から、私の協力がないと難しいことなのだと推測する。
「なに、案ずるな。魔術的に貴様と我との記憶領域を接続するだけよ」
「き、危険はないのですか?」
正直、頭の中を覗かれるのは御免被りたいが、頭を切り取られるよりはずっとマシだ。
「……心配するな」
そういって、ケイメルはニヤリと嗤った。
しかし、それ以上の説明はなかった。
魔王を信じるしかない状況である、と。
「……す、少し考えさせていただいてもよろしいですか?」
「構わんよ。貴様のために、最上等の部屋と料理を用意させた。楽しんでくれたまへ」
「……あ、ありがとうございます」
正直、早く逃げ出したい。
◆◇◆◇◆◇
「困ったなぁ……」
正直、困った。
本当に困った。
部屋の中でドレスを着込んだままベッドに大の字に仰向けになる。
実は私は異世界の知識を持っているんです。
そして、魔王が私のこの知識を手に入れるべく、魔の手を延ばしてきているから、どうか助けてください!
と、お義父さんあたりに相談してみることを想像してみる。
素直に考えて、頭は大丈夫かと逆に心配されるのが九割。
残り一割は、危険分子と認定されて火あぶりにされるかもしれない。
この場合でも、私を生かしておく価値が、うまいこと認めてもらえるならば幽閉程度で済むかもしれない。
そう考えると他人に簡単に相談なんてできそうもない。
じゃあ、素直に魔王に情報を提供するとどうなるか。科学知識を悪用されて、科学技術と魔術とで武装した新生魔界軍団なんていうものができたら、さすがにもう手が負えないだろう。
……それとも、単純に、恐怖のあまり、城から脱出したいんです、とお義父さんに泣きついて逃がしてもらおうか。
魔王が私をさらったのは、たまたまの偶然です、ということにして。
それもありかもしれない。
よし。やっぱり、この話は私の中だけにしまっておこう。
そして、しばらく城内で魔王の話し相手になり、情報を収集した後、逃げ出そう。
うん。それが、ベストな選択な気がしてきた。
私は少しだけ、気分が晴れてきたので、扉に向けて声をかけた。
「お茶を一杯いただかるかしら?」
しばらくすると、例のセバスが、のろのろと、トレーに高価そうなカップと、ポットを載せて現れた。
「セバス。ありがとう」
意味が理解できているかどうかはわからなかったが、笑顔で労った。
お茶の味は、まぁ、おいしかった。
次回は3/4(日)更新の予定です。




