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第六十話 人さらい

「帰れ!」


「いやよ!」


 ヒューリの顔を久しぶりに見たので、満面の笑顔を向けながら、小走りに近づいていってあげたのに、いきなり冒頭の台詞をくらった。

 私としては、とても喜んでくれると思っていたのに、ヒューリから帰って来た言葉は非常に心ないもので、がっかりだ。


 なによ。折角こうしてここまで来てあげたのに。もう少し喜びなさいよ。


「なぁ、ルシフ。頼むから、戻ってくれよ。俺たちを心配してくれる気持ちは大変にうれしいんだが、お前にはお前の仕事があるんだからさ。な?」


 最初は強い口調で拒否していたヒューリだったが、最後には懇願モードになっていた。


「まぁ、私が来たからには大船に乗った気持ちでいて」


 私は皆を励ますように明るい声音で言った。なにやら心配をしてくれているみたいだが、あんまり気にしないでほしい。

 まずは、前向きになろう!


「……ねぇ、ルシフ。私からもお願いするわ。だから、ね。戻ってよ」


 リーゼが私の手を握りながら、拝まんばかりに懇願してきた。

 なんで、そこで、泣くのよ。


「……う、うーん。ルシフ。なんだか、すごいことになっているな。どうする。戻るか?」


 さすがにカレンが後ろめたくなってきたのか、私に戦略的撤退を進言してきた。


「いやよ」


 私は取りつくしまもなく、拒否をする。

 一人、後方で輪から取り残されるなんて、ごめん被る。


「なぁ、頼むよ……」


 そう、ヒューリが言った次の瞬間。


「じゃあ、僕のところにおいでよ」


 何もない空間から、突然、声がかかった。


「ケ、ケイメル!」


 驚いた声をあげる私に、一つ笑顔を浮かべたケイメルが私の手首を掴んだ。

 いきなりなにもなかった空間からいきなり表れたので不意討ちだった。


「あ……」


 私が間抜けな声をだす。


「させるかー!」


 裂帛の気合とともに、ヒューリが剛剣を振り抜くが、一瞬の差でケイメルが私を引き寄せた。


「やはり、姫君は魔王の手元にいるべきだとは思わないか。諸君。では、僕たちは城で待っているぞ!」


 私の隣でケイメルがにこやかに宣言をした。私はそこで、意識が刈り取られた。


◆◇◆◇◆◇


「……う。頭がくらくらする」


 目が覚めると、ベッドの上で寝かされていた。

 違和感を感じ、首もとを触ると金属の感触が。

 何か金属製の首輪をつけられているみたいだ。


「こんなもの、私の魔法で」


 私は首輪を破壊するために魔術を使おうと試みた。

 が、待てど暮らせど、魔術は発動しない。

 どうやら、この首輪が魔術の発動を阻害しているみたいだ。

 仕方ないので、なんとか、物理的にこの首輪をはずそうと試みるが、首が痛くなるばかりでどうしようもない。


「スーナ! いる?」


 私は使い魔のスーナに呼び掛けた。

 しかし、帰って来たのは小さな声だった。


『……魔術接続が極めて弱い。仮死状態にしてなんとかやり過ごす。あとは任せた』


 そんな小さく弱い言葉が耳にふと入って消えた。

 どうやら、スーナを頼るわけにはいかない状況みたいだ。


 私は部屋の周囲を眺めてみた。

 豪華そうなふかふかのベッド、鏡のついた化粧台。

 それに、大きな窓に、扉もある。

 どれもこれも凝った意匠が施されており、王城にある女性貴族の部屋のようだ。


 私は窓から外を眺めてみたが、飛び降りるにはちょっと高さがありそうなので、ここからの脱出はとりあえず諦めた。

 魔法が使えない今、私の身体能力は同時代の女の子の平均を少し上回る程度だろう。

 私は一つ、嘆息をすると、扉を開けてみた。

 そうすると抵抗なく開いた。


「なんだ。開いてるじゃ、な、い……」


 おそるおそる開くと扉の向こう側には顔が青色の死人が三体、それに、武装した骸骨が四体、あとは顔がのっぺらぼうの、肉のかたまりのような人形の魔物が一体、近くに(たむろ)していた。

 魔物たちが顔をこちらに向けてくる。

 ただし、目があっても、私に対して襲いかかってくるというわけでもなく、ただただ、じっと、こちらを見つめている。


 私としては、こいつらが襲いかかってくると、その場で終了なのだが、どうやら襲いかかってくる気配がないので、おそるおそる部屋の外に出てみた。


 案の定、死人たちは私に手を出してこない。

 ただ、私がそろそろと歩くと、私の後をだまってついてくる。

 試しに廊下を走ってみても、ゆっくりとついてくるだけだ。

 はっきりいって不気味だ。


 廊下の端に階段を発見した私は、急いで降りようとして、見えない壁に激突してしまう。


「う、うう。痛い」


 強打した鼻を抑えて、つい呻いてしまう。

 どうやら、魔術的に閉じ込められているらしい。厄介この上ない。

 仕方がないので、行ける範囲を知っておこうと、廊下沿いを色々と探索してみたのだが、お手洗いと書庫を発見した他は、扉が封印されていたり、見えない壁があったりして入れなかった。

 色々と試しても埒があかないことを覚った私は、書庫で見つけた本を部屋に運びいれ、適当に読んで過ごす。


 しばらくした読書をしていると、部屋の扉がノックされた。


「どうぞ」


 その言葉に反応したように、扉が音もなく開き、先ほど廊下にいた顔なしの魔物がお盆を持って入ってきた。

 腕の先から延びている、指のような細長い複数の器官で、器用にお茶を入れてくれた。


「あ、ありがとう」


 顔なしの魔物は一礼するように腰を屈めると、部屋を出ていってしまった。


「……魔物が私の世話をするとか。予想外にも程があるでしょ」


 私としては驚愕するしかないが、まぁ、当面、危害は加えられそうもないので、一安心する。


 お茶を飲み、ぼーっと過ごしていると、また、ノックがされた。


「……何用かしら?」


 今度も顔なしの魔物、私の中で『セバス』と名付けた、が扉を開け、中に入ることなく、指のような器官で部屋の外を指差した。


「外に出ろ、と?」


 セバスは一つ頷くと、すたすたと歩いていってしまった。

 私はこの奇妙な状況に首を捻るも、他に選択肢はなく、セバスについていく。


 廊下では先ほどと違い、魔物たちが廊下の脇に直立不動で立っており、某かの統率が見受けられる。

 私は先を歩いているセバスを追いかける。

 セバスが、先ほど見えない壁があった階段を降りていく。

 私は鼻をぶつけたトラウマがあるので、おそるおそる階段を降りていく。

 今度は見えない壁に当たることなく降りることができた。


 セバスについて降りていき、連れていかれたのは、地下の風呂場だった。

 脱衣場から、風呂場を覗くと、暖かい湯が並々と溜まっている、湯船があった。


 セバスは一つ会釈をすると、脱衣場から出ていってしまった。


「……えーと、これって私に湯編みをしろ、ってこと?」


 全く予想外の状況に混乱するしかない。

 しかし、考えていても仕方がないと割りきり、服をハラリと脱ぎ、湯船に浸かる。


 ここのところ長旅だったので、ゆっくり風呂に浸かるのは久しぶりな気がする。


 身体の力を抜き、ゆっくりと湯船に浸かる。

 気持ちがいい。

 そして、荒い麻の布で、ごしごしと身体の汚れを落としていると、脱衣場の方からなにやら物音がした。

 誰かが、何かをしている。

 じっと、耳をそばだてていると、用事がすんだのか、しばらくして人影も消えた。


 入ってこられたらどうしようかと思っていたので緊張をしていたのだが、一息つく。


 と、そんな風に気を抜いたところで、風呂場の脇で、屈み混んで座っている人間と目があった。


「……と、義父さ!」


「しー! 声が大きい」


 父親に口を塞がれる。

 客観的に見ると、若い女の子に、五十を過ぎた渋いおっさんが覆い被さっている図で、なにやら犯罪の匂いがする。

 ……って、そうじゃない。


「と、義父さん。なんで、こんなところにいるのよ」


 一応、小さい声で聞いてみる。


「それはこちらのセリフだ。なにやら、魔王に動きがあったので、何事かと思って、少し危険だがこうして王城に侵入してみたのに。お前だったとは驚きだぞ」


 それは、私も同じです。

 ……って、そうじゃない。


「お、お義父さん。私を早くここから出してください。私、この首輪のせいだと思うのですが、魔術が今、まったく使えないんです」


「……いや。ちょうどよい。お前はここで、魔王の状況を見張り、定期的にわしに報告をするのだ。危険だが、お前にしかできない仕事だ」


「え、えー。そ、そんな……」


「では任せたぞ」


 そういって、義父は風のように消えた。

 なんて白状な父親だ。


「……ど、どうしよう」


 ぼーっとしていても仕方がないので、風呂場を出て脱衣場に向かった。

 そこには、きらびやかなドレスと、明らかに非常に高価なアクセサリーがところ狭しと置いてあった。


「……これを私に身に付けろ、と?」


 私はあまりのめんどくささに目眩がしてきた。

 というか、一人でどうやって着込んだものかと、四苦八苦することになった。


次回は、3/1(木)更新の予定です。

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