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第六話 冬季雪中行軍

「お疲れルシフ。すごく格好よかったよ」


「なんとか、ボロを出さずにすんだ感じね」


 私がちびちびと、低アルコールの林檎酒(シードル)を飲んでいるとケイメルが労いに来てくれた。

 この国では十二才程度で、すでにアルコールが解禁されている。

 ただ、強いお酒は控えるのが礼儀とされているが。


「そういえばヒューリはどこかしら。見ないけど」


「あぁ、ヒューリなら今は外で警備中だね。彼はあれで、色々とこき使われているから」


 難儀なことだ。

 私はそう思いながら、テーブルの上に並んでいる大皿から、白身魚のワイン蒸しを取り分け食べた。美味である。

 他にも、栗や林檎、干し葡萄なんかが中につまった豚肉もうまい。

 異世界だと、あまり美味しいものが食べれないと最初は思っていたが、そんなこともなく、ちゃんと美味しいものが食べられるのが、凄く幸せだ。


 デザートの木苺のタルトを、ケイメルと二人で幸せに食べているとき、背後から怒鳴り会う男たちの声が聞こえてきた。


 振り替えると同時、皿がこちらに向かって飛んでくるのが目に入った。


 ちょっ!

 避けられない!


 そんなことを思った矢先、私の前にケイメルが覆い被さった。


 少し遅れて、パリーン、という何かが割れる音が聞こえた。


「ケ、ケイメル……」


「ルシフ、怪我はないかい?」


 こめかみに少し血がにじんでいるケイメルを見て、助かってよかったとか、怪我は大丈夫かとか、言う前に、不覚にもかっこいいと思ってしまった。


「大丈夫か?」


 私の上に覆い被さっているケイメルのこめかみに横からハンカチが、当てられた。

 そちらを見ると、凛々しい口ひげを蓄えた、いぶし銀のおじ様が立っていた。


「大丈夫。かすり傷です、グヌート様」


「そうか。えーと、君は……?」


「リットル辺境伯の三男。ケイメルにございます。以後、お見知りおきを」


 そういって、ケイメルが畏まって挨拶をした。

 しかし、いつもよりも、やや声が固いのが気になった。


「リットル辺境伯の! 彼は兄の大親友であったな! ケイメル君か。今の君のレディを護った騎士としての振る舞い、天晴れである!」


 そういって、グヌートはハンカチをポケットにしまうと、私に目礼をして立ち去ってしまった。

 しかし、全身黒ずくめって、なかなか異様な風体だな。


「今の人は?」


「グヌート・リットリナ皇太子。陛下の第二王子で、現在は……王位継承権第一位の方だよ」


 そういったケイメルの目は、なぜか、獲物を見据えた狼のような目線だった。


◆◇◆◇◆◇


「で、結果は?」


「は。まちがいなく血筋のものかと」


「そうか。ならば、あとは陛下がどこまで知っているか、だが」


「手の者によると、陛下とも親しいとか」


「そう考えると、話としてはきいているのか。だが、まぁ、証拠はないはずだがな。くくく」


「では、いかがいたします?」


「あとあと、厄介になっても困るな……。かわいそうだが、まだ芽のうちにつんでしまわないとな」


「しかし、今は近衛の壁も厚くなっております」


「どんな防備にも隙はある。くまなく調査せよ」


「御意」


◆◇◆◇◆◇


 雪景色が一面に広がっている。

 わが校の長期旅行として、高等部の五年の間に、冬の北方山脈での冬季雪中行軍が二回、夏の南方海岸での夏期遠泳訓練が二回計画されている。

 一体全体、どこの軍隊だ。


 ちなみに学校に入った後で気づいたのだが、わが校を卒業すると、軍の将校として奉職することができ、場合によれば、近衛騎士団にも入団できるらしい。

 そのために、将校としての最低限の教養として、軍事系科目を学ぶ必要がある、と。

 たしかに、ちょっと前に魔法戦術とかいう特別講義も聞いたし。


 しかし面倒くさい。そうぼやきたくなるが、伝統行事だと言われれば是非もない。

 こうして私たちは、馬車や船で揺られ、くたくたになるまで徒歩で移動すること合計十日。

 やっとのことで、北方山脈の麓にある交通と防衛の要所ヘッケルンに到着した。


「あぁ、懐かしいな。ここで俺は、去年、雪上訓練で氷を使って築城したんだぜ。あと他にも、廃坑の坑道を使った、トンネル内戦闘訓練とかもな!」


 なぜかうれしそうにヒューリが話しかけてきた。

 こいつは、こういった外遊びが大好きなやつだ。

 根っからの軍人にちがいない。


「ヒューリ、本当にこういった野外活動好きだよね。学校なんて辞めてさっさと入隊しちゃえばいいのに」


「俺としてもさっさと辞めて、入隊したいんだがなー。だけど親父が、近衛に入れってうるさいんだよ」


「あれ? 近衛って、うちの学校を卒業しないとダメなんだっけ?」


「うちか、士官学校だな。俺は、士官学校の幼年部を卒業しているから一応、騎士補として、ある程度の年月を騎士団で過ごせば騎士に叙勲されるんだがな時間がかかる」


 やれやれと肩をすくめるヒューリ。


「なるほど」


「うちの学校をでれば、すぐに騎士に叙勲されるんで、そっちの方が手っ取り早いわけよ。それだから、親父が卒業しろ卒業しろ、ってうるさいのさ」


 どこのご家庭も、色々と複雑だなー。


「そういえばヒューリって最近、ケイメルと親しいじゃない? 彼の過去ってどうなのよ? 私が聞くと、いつものらりくらりと逃げられちゃうのよね」


「うーん。ケイメル本人が言わないならば、俺の口からは言えないな。一応、これでも守秘義務あるしな」


「守秘義務?」


「あー、いやいや、なんでもない。お、そろそろ集合時間だぞ。遅れないようにしないと」


 あっという間に走り去ってしまった。

 やっぱりガードが固いな。

 私は肩をすくめた。


◆◇◆◇◆◇


 集合場所はヘッケルンの外れにある、北方軍駐屯地だ。

 我々ベルモンテ王立魔法大学校の高等部一年生二十名弱は、ここに駐屯している軍の皆さんに二週間ほどお世話になるのである。


 しかし、外に集合して点呼を取っているが、グローブをはめているにも関わらず、指先がかじかんでくる。あまりにも寒い。


 隊舎は木造の建物で、二重の壁で覆われており、保温と言う点では優れているが、外の寒さはどうにもならない。


「私はこれから二週間、君たちの世話を任された、北方軍司令長官のメッサー中将だ。王都暮らしの君たちにとってはここヘッケルンの暮らしは過酷な環境かもしれない。が、無事に訓練が終了することを期待しているぞ。なお、この近辺では魔物が稀に現れる。仮に出会っても、自分達で対処しようとは思わず、我々軍に救援を求めるように。また、これから班別行動になるが、くれぐれも事故のないように気を付けてほしい。それでは解散!」


 そんな感じで訓示が終わり、私たちは班別の訓練に移った。


「ルシフにケイメルもいるのか。まぁ、先生の配慮かもな」


「怪我がないようによろしくね」


 私はヒューリに笑いかけた。

 私たちの班は五名で編成だ。

 私とケイメル、それにヒューリ。残り二人はうちのクラスでも少数派な女の子二人だ。

 うちの班に女の子を集めたのも、やっぱり先生の差し金だろうなー。

 そう考えるとうちの班の訓練は一番甘いものかもしれない。

 それはそれで、ラッキーだ。


「二週間、よろしくね」


「……」


 私が笑顔で二人に歩み寄っても、向こうは軽くこちらを一瞥しただけで行ってしまった。


 いいんだ。

 うん、いいんだ。


 ちょっとだけ傷付いたけど、我慢します。


◆◇◆◇◆◇


「うひゃー」


 変な言葉が口からついてでた。

 前世を含め、過去にスキーなんてやったことは二回位しかないので、そんな簡単にうまくいくわけがない。

 スッ転んで、頭から雪山に突っ込んで、少々冷たい思いをしている。


「意外だね。ルシフにも苦手なことがあるんだ」


「そりゃ、スキーなんてやりなれていないからね。でも、すぐになれるわよ」


 ケイメルの発言に対して、ない胸を張って虚勢をはる。

 かんじきに木の短い板をくっつけたような専用ブーツで、雪の上を走ったり、坂を滑ったりしているが、なかなかうまくいかない。


「でもケイメルは上手ね。あんまり運動は得意そうでもないのに」


「登山とか、雪山のスキーとかには、僕はなれているからね。狩りなんかも得意だよ」


 ケイメルの意外な一面だ。

 ちなみに他の女の子二人についてはヒューリが別のところで指導している。

 私たちの班担当の軍の下士官は、今はちょっと用事があるのか、しばらく前から見ていない。


「じゃあ、もし山で遭難したら頼りにするからね」


「うん、まかせて」


 私たちは笑いあった。


「じゃあ、もう少し奥の方で練習してみようか」


「え、でも、二人だけだと危なくない?」


「大丈夫だって、任せてよ!」


 うーん、あんまり良くはない気がするけど、まぁ、たまにはいいか。


「じゃあ、少しだけね」


 私たちは並んで、雪山の奥の方に向かった。


「あ、そこの右のところには、大きなクレバスがあるから、踏み込まないようにね」


 ぎょっとしてそちらに目を向けると、たしかに段差があって、割れ目のようなものが見える。

 こ、こわい。


 私たちは慎重に場所を見つけ、滑りやすい場所で訓練を続けた。

 お。なんとなく、感覚がつかめてきたかもしれない。


「うーん、やっぱりルシフは覚えが早いね」


「えへへ。ありがと」


 そんな風に二人で笑いあっていると。

 急に山の上の方で爆発するような大きな音が聞こえてきた。

 あれ、雪山で大きな音って……。


「ま、まずい! ルシフ!」


 そういって、ケイメルが私のところに走ってきた。

 そして私を抱き締めて、そのまま、地面に倒れた。

 そして、目の前が、一面白色に覆われた……。


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