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第五十七話 政治の話

「へ、陛下。なんでこんな前線へ?」


 私は驚きのあまり、声が上ずってしまう。


「戦時下における、最高司令官自らによる臣下への激励。これこそ、部下の士気の高揚に最も効果的なのだよ。……というのも建前じゃな。今日は、お主と政治の話をしようと思ってこちらに参ったのよ」


「ひ、必要でしたら、私の方からお伺いさせていただきましたのに」


 さすがに私への用事で、陛下……キョウタロウに前線近くまで来てもらうのは、いろいろと問題があるように思える。


「まぁ、そなたの我が国への召喚は、キャンベルの小僧がいつも邪魔をするでな。それに、今回はお忍びでお主とゆるりと語りたかったのじゃよ」


「……陛下。あと、十五分しかございませんで、手短によろしくお願いいたします」


 キョウタロウの隣に侍っている黒衣の鎧を身に纏った騎士が耳打ちをした。

 フルフェイスの兜の中の素顔は見えない。


「おぉ。そうであったな。では、ルシフ。単刀直入に申す。わしの娘となれ」


「……はい?」


 藪から棒に何をいうんだ、このじいさん。


「……えーと、陛下。失礼ですが正気ですか?」


 私も動転してしまい、言葉遣いが若干、悪くなってしまう。


「正気も正気よ。そなたの養父のガンバルドにもすでに話は通しておる。『陛下の係累に連なることができるのならば、娘も大層喜ぶでしょう』と申しておったわ」


 あのくそ親父、適当なことをぬかしているなー!


「え、えーと。陛下。申し出は大変に光栄なのですが、私としては、そのような大役。とてもとても勤まるようには思えま……」


「わかっておる、わかっておる」


 そういって、私の言葉を遮るキョウタロウ。


「だから、わしは政治の話をしよう、と言ったのよ。……そなたが首肯してくれるのならば、ケイメル王子のこの度の不祥事、なかったことにして、王位につけても構わんぞ」


「!!」


 私は、感情の制御に失敗し、驚いた顔をしてしまう。


 見透かしたかのようにニヤリと嗤う皇帝。


「うちに、リットリナの正統な血筋を確保しておるのは、王位継承のゴタゴタでリットリナに内乱が起こるのを防止するためよ。本来であれば失脚せざるを得ないケイメルの今回の失点だが、やつの他に適当な別のスケープゴートを仕立て、ケイメルを救うことができる。……ただし、条件としてはそなたがわしの娘になるということを、飲んでくれたらだがな」


「……一つ伺ってもよろしいでしょうか?」


「なにかな?」


「私程度の者ならば、大陸全土を探せばいくらでもおりましょう。そして、私と陛下との間の共通の『あれ』についても、そこまで役に立つ場面は少ないと思えます。……正直、陛下のご期待にこたえることができる自信がありません」


「……うん。そなたの不安はもっともである。が、そこのリーゼや、他の間諜の者の意見を分析するに、やはり、そなたが帝国を運営するものとして適任とわしは考えたのよ。……たしかにわからんことも多かろう。そこは、わしから学べ。とりあえず、そなたの本当の父母として帝国貴族の中から適当に身繕って用意しておく故、あとは、養子縁組をするか否かは、そなたの決断のみよ」


 皇帝の提案事項はいたってシンプルだ。

 私の未来の自由と、ケイメルの未来の自由を交換しよう、と言っているのだ。

 しかも、私が断れないことも計算に入れている。


「……とりあえず、無事にケイメルを救い出すことができたら、という条件はつけてもよいですか」


「無論だ。王子が死に、そなたが一方的に不利な契約になってしまえば、無効とするよ」


 私はその言葉を胸の中で反芻し、一つ目をつぶり深呼吸をする。

 そして、目を開けるとその場にて正座をする。


「……非才なる身にて、恐縮にございますが、全身全霊をもって、お仕えさせていただきたいと思います」


 私は、硬い床に正座をすると、きちんと背筋を伸ばし、礼をした。

 この世界ではみられない作法だろう。


「ふつつかものですが、よろしくお願いいたします」


 キョウタロウも同じように座礼をし、頭を垂れる。


「我ら異郷の地にて、父娘の契りを結ばん。これからは、わしのことを実の父と思うて教えを請いなさい」


「はい。お父様」


 私はそうして頭を下げ続けた。

 回りの帝国の人々が不思議そうに二人を見ていた。


◆◇◆◇◆◇


 とりあえず、先のことは他言無用ということになった。

 まぁ、帝国の跡取りが、こんな前線をうろうろしているとばれることになるのも、さすがに色々とまずい。

 ただし、私の護衛に、と陰ながら護衛のための一団はつけられた。

 というか、リットリナ王国の中の近衛騎士にも何人もの間者が紛れていることも耳打ちされた。


 正直、ここまで浸透していたのかと舌をまく。


 私が執務室で書類仕事をしているとヒューリが慌てたように中に入ってきた。


「おぉ、ルシフ。ここにいたか!」


 息を切らしているところを見ると、どうやら私に急用らしい。


「そんなに急いでどうしたの?」


「おう!ついに親父殿。……騎士団の意志が固まったぞ。王都奪還の作戦が来月に動き出す!」


 はぁー。

 ちょっと肩の荷がおりた感じだ。私としてはやっとか、という気分になる。


「それでな。俺には引き続き、王都奪還作戦への参加と、……これはあまり大きな声じゃ言えないんだが、ケイメル王子の救出のための、帝国の魔法師団の精鋭たちとの共同作戦に協力することになった」


 私は思わずガッツポーズをする。

 皇帝は私との約束を守って、ケイメルを生きて連れ戻すための戦力を貸してくれた。


「親父殿はケイメル王子を無事に連れ戻すことに腐心していたらしい。今回、無事にその目処がたったので作戦の許可をおろしたんだと。……で、だ。これをお前に伝えるのは、やや、気が引けるんだが……」


 そこで、一旦、ヒューリが言葉を濁す。


「どうしたの?」


「……えーとだな。ルシフ。お前にはこの作戦からは降りてもらうことになった」


「……え?」


 私としては、当然ケイメルの救出作戦に参加するものと思っていたので、気持ちの整理がつきづらい。


「……え、えっと」


「ルシフ。お前は後方の補給本部に引き抜かれた。それと中佐への昇進おめでとう。まぁ、ちょっと、心配をかけるかもしれんが、俺たちが無事に戻るのを祈っていてくれよ!」


「ちょっと、待っ……」


「それじゃ、またな!」


 そう、明るい声をあげて、ヒューリはこちらを一度も振り返ることなく、行ってしまった。


「……あれ。私だけのけ者?」


 私は一人部屋の中で呟くのだった。


次回は2/20(火)に更新の予定です。

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