第四十八話 逃走
「ははは! そらっ! 動きにキレがなくなってきているぞ! しっかりしろ、ヒューリ!」
「う、うるせー! 余裕を見せているだけだ!」
ケイメルの両手には巨大な黒刀が、それぞれ、一振りずつ握られている。
そして、それら黒刀が別々の生き物であるかのように、ヒューリに襲いかかる。
片一方の剣をギリギリでかわしても、また、すぐ次の攻撃がやって来て、それをなんとか魔法で弾き飛ばす。
だが、弾き飛ばした次の瞬間、先程かわした剣が、また襲いかかってくる。
正直、終わりがない。
「ほらほら。かわし損ねて傷口が増えてきてしまっているではないか。もっと頑張れ」
「……お、お前に言われるまでもない」
だが、ヒューリの体力と魔力の限界が近づいてきているのは確かだ。
魔法を使いながら、剣を振るうのは、精神力をすさまじく削る。
そして、疲れから動きが荒くなり、焦りから動きが単調なものとなってしまう。
「ふん」
一瞬の油断から、ヒューリが気を抜いてしまったのを見逃さず、ケイメルの黒刀が、ヒューリの両手剣を弾き飛ばす。
……や、やばい。
ヒューリは一瞬にして自らの不利を悟る。
「終わりだ」
冷酷な宣告とともに、ヒューリの喉元に、ケイメルの黒刀の切っ先が迫る。
その剣先に微塵のぶれも、情けもない。
ヒューリには、その剣先の動きがまるでスローモーションであるかのように見える。
だが、今度は身体の動きが間に合わず、回避の動きができない。
……あぁ、最後にルシフにお別れを言いたかったな。
……
…………
あ、あれ?
いつまでも、自らの首筋に剣が、突き立てられないのを不審に思ったヒューリは現実に立ち戻る。
目の前には、黒光りする鋼鉄の壁がそそり立っている。
その壁の上に一人の少女が立っていた。
思わずその背中に声をかける。
「ル、ルシフ!」
「ふー。危機一髪、というところかしら。間に合ってよかったわ。……なんだか胸騒ぎがしたのよね。で、後を追って、城に来てみたら、案の定、魔術戦闘の気配がしたものだから、急いで来た、ってわけ」
「貴様はルシフか。変わらないな、と挨拶すべきかな」
ケイメルが冷たい眼差しでルシフを見据える。
「ふー。ケイメル、久しぶりね。あなたは、だいぶ、性格が変わっちゃったみたいだけど」
「まぁ、貴様も目障りなものの一人だしな。こちらとしても都合がよい。まとめて二人、相手をしてやる。さぁ、余にかかってくるがよい」
そうしてケイメルは優雅に黒刀を構えた。
ルシフは魔法を解除し、短杖をケイメルに油断なく突きつけながら、あっかんべーをした。
「やーよ。はい、ヒューリ、私に捕まって! ……『空間転位』!」
「えっ!」
ヒューリはルシフにいきなり手を掴まれた瞬間、空間に火花が散ったかのような感覚を味わうと同時、目の前が暗転する。
そして、気づくと、城門のところまで二人は移動していた。
「ふへー。最初から、逃げ出そうと思って準備をしていたのよね。……でも、やっぱり、あれは、ケイメルじゃないわね。目の輝きが違うもん」
「……そうだ。奴の名は魔王ルガン。此度は千載一遇の機会。貴様にも手伝ってもらうぞ、娘よ」
いきなり声をかけられた。
ルシフと声の主との間にヒューリは身体をねじ込ませ、ルシフを背中に庇う感じとなる。
「誰だ!」
ヒューリの誰何の声にあわせ、薄暗い廊下から、一人の壮年の男性が姿をあらわした。
「お、お父さん!」
「久しぶりだな、ルシフよ」
姿を表したのは、黒いローブを身にまとった壮年の男、ルシフの義父ガンバルドだった。
◆◇◆◇◆◇
私は、自分の目を疑った。
もう何年も会っていないお父さんがいきなり、廊下から目の前に現れたからだ。
「お、お父さん。なんだってまたこんなところに」
「おい、ルシフ。お父さんってことは、この人、ガンバルド師か? ……なぁ、俺も挨拶した方が良いかな?」
後半、そわそわと小声で私の耳元にヒューリが囁いてきたが黙殺しておく。
なんで、そこで、そわそわするのかな。もっと毅然としていてよ。
「……説明は後でいいかな? まずは、回りのこいつらをなんとかしないといかんしな」
そういって、ガンバルドは周囲を睨み付けた。
そこには、元人間だったものたちがひしめいていた。
廊下のあちらこちらから、元衛兵や女中だった死人たちが、うーうー、とうなり声をあげながら、徐々に近づいてきていた。
「た、多勢に無勢ね」
私としてはげんなりしてくる。
「よし、ルシフ、手伝え。『光の炎』よ!」
お父さんがいきなり魔法の詠唱を始めた。
遅れてなるものか、と私も合わせる。
「何を手伝えばいいのよ! ちゃんと説明してよ! 『鋼の細糸』! 」
あたりを金色に輝く炎と、細い鋼鉄の糸とが、駆け巡る。
私たちに近づいてこようとしていた死人たちが、あるものは足を鋼鉄の糸に断ち斬られ倒れ伏し、あるものは輝く炎に包まれ、灰になっていく。
「よし、ルガンが来る前に逃げるぞ!」
「えー、結局、逃げるのかよ!」
ヒューリが剣を死人に斬りつけながら叫んだ。
父の声を合図に、私たちは城から逃げ出した。
結局、こんな時間の更新になってしまいました(しかも文字数少な目)。
次回は、1/26(金)に更新をしたいなー、と。




