第四十三話 魔導戦技教官
「各員、注目! 本日から本大隊に配属された新教官を紹介する! ルシフ少佐、前へ!」
「はっ! 本日から中央騎士団、教導大隊に、魔導戦技教官として配属になりました、ルシフ・フォリナー少佐です。みなさん、以後、よろしくお願いいたします」
「皆も噂としては聞いているとは思うが、こいつは『ラディカの竜殺し』だ。見た目は若いが、諸君よりも戦場の実戦経験は豊富だ。彼女から色々と最新の戦訓を学んでおくように! 以上、解散!」
私が壇上から敬礼をすると、講堂に集められた、中央騎士団の教導大隊の指揮官たちが、一斉に敬礼を返した。
心なしか、兵士たちの顔に緊張感があるように見受けられるが、気のせいだろうか。
……しかし、なんだってまた、私が、教官なんぞをしなくてはならないのか、と思ったりもするが、まぁ、仕事なのでやむを得ない。
王都に戻ってきたのは学生のとき以来なので、二年ぶりだろうか。やけに懐かしい。
自分の家にも、久しぶりに顔を出してみたりして、童心に帰った感じがした。
しかし、父は相変わらず家には戻ってきていないらしく、家の者たちも、そんなには変わっていなかった。
それでもやはり、故郷というものはよいものだなぁ、としみじみ思う。
仕事が終わったら、あの懐かしいお店にいこうかしら、とかふと思ってしまう。
初日は挨拶回りだ。
受付の士官に案内されて、教導大隊の大隊長と、在籍している教官たちにそれぞれ挨拶をした。
先ほどの講堂での挨拶は、教導大隊の部隊員の指揮官たち、五十名弱に挨拶を行ったのだ。
基本、教導大隊は、地方を含めて、選抜された騎士たちを鍛えること、それに、新しい戦術を考案することが主任務であるため、精鋭が集まってくる。
そんな中で、一人、若手の少女(私だ)は、妙に浮いているので、正直やりづらい。
それでも、仕事は仕事と割りきって、やるしかないと自分を叱咤激励する。
今日の夕刻には騎士団長も交えて、歓迎の宴があるらしいが、よく、考えると中央騎士団である近衛騎士団の団長は、キャンベル公爵だ。
なんとなく気後れする。
さて、夕刻までには少々時間がある。
今日は、一日、駐屯地内で見学をせよ、とのことだったので、一回りしてみる。
まず向かったのが、自分が執務する場所になっている教官棟だ。
自分には個室が割り当てられており、補佐に女性下士官をつけてもらっている。
今日はまだ、配属されていないが、しばらくすれば会えるだろう。
私の教導大隊での基本的任務は、魔術関連の戦術教義の開発と、その教授。
ただ、最初は前任者がやっていたことをそのまま続けさせるだけだ。
やはり、いきなり、物事を変えるのはリスクが高いし、兵との摩擦も大きい。
私は自分の執務室に、実家から魔導書や、道具を色々と運び込み、実験ができるように整理しておく。
あぁ、この瓶や、魔導書。色々と懐かしく思う。
そんなことを思いながら部屋を整理していたら、思いの外、時間がかかってしまった。
さて、次は、様々な施設を見学しにいくことにする。
私は、部屋を出ると、爆炎系の魔法実験に使う耐火実験場や、戦略系魔術の実験に使う屋外実験場などを見学していく。なかなか設備は充実している。
また、教導大隊ではないが、中央騎士団の他の部隊の施設、例えば騎兵隊や、歩兵隊の教練用の運動場、それと騎馬や、荷馬車用の厩舎も見てまわる。
ほかにも、補給部隊が運営している、武器などを作ったり、修理する加治工房にも顔を出す。
私たち教導大隊以外にも駐屯地には、中央騎士団の他の部隊が常時駐屯しているのだが、今現在は、戦時ということで、第一から第三騎士大隊は魔物討伐に向かってしまっているので不在だ。
そのため、今は、第四騎士大隊だけが、王都の防衛のために居残っている。
他には、魔物討伐の最初期に、各部隊から派遣された先見部隊が、ローテーションで、戻ってきている。
だが、まぁ、彼らはほとんど、甚大な被害を受け、再編成状態なので、現在は装備の点検や自主訓練くらいしか活動をしておらず、割と暇そうだ。
そして、そんな、暇人の中に、私の知り合いを見つけたので、挨拶をかわす。
「やぁ、戦友」
「よぉ、戦友」
私の挨拶に、弩の訓練をしていたヒューリが、訓練をやめて挨拶を返してきた。
こいつは、先日、戦地から帰って来たばかりなのに元気だなー。
「ねぇ、ヒューリ。あんた、今日の夕方のパーティーには出席するの?」
「ん、俺か? 用事がなければ参加する予定だが」
上半身、裸で、汗をタオルで拭いながら、返事をするヒューリ。
なかなかに鍛えられた身体だ。
「……ん。わかった。あ、それと、あんたのお父さん、今日は来るの、かなー?」
ヒューリに恐る恐る聞いてみる。
ヒューリの父、キャンベル公爵はやっぱり、未だに私は苦手だ。
避けることができるならば、なるべく避けたい人種である。
「……あぁ、親父なら、しばらくは前線の慰問でいないはずだな。なんだ、お前。やっぱり、親父のこと気にしているのか」
「ん。まーねー。あちらも、私のことを嫌いみたいだし。喧嘩になるくらいならば、すこし距離を置いておきたいかなー、って」
「うーん、俺は、少し、それは違うとおもうぞ」
「違う?」
「そう。親父はお前が、嫌いなんじゃなくて、怖いんだよ」
「怖い?」
「お前のその戦術的な天才ぶりや、技術、領地経営に関する手腕。それらを理解できないことが、親父にはたまらなく怖いんだよ。まぁ、俺にもお前のやっていることは、わからんことが多いがな。……で、そういった諸々で、お前のことが理解できない親父は、お前を遠ざけることでしか、リスクを減らせなかった、というわけさ。だから、親父はお前が怖いんだよ」
……まぁ、たしかに危機的状況を克服するための極限状態では、採用するアイデアとして、つい昔の知識を使ってしまうときがあり、発想としてはこの世界の常識を過分に越えてしまうことが多いかも知れない。
たしかに、その点を恐れられる、というのはあり得る話かもしれないが、やっぱり皆のために、一生懸命に解決策を考えた自分としては、その点を責められても困る。
「んー。ありがと。私としても、少しは自重しようかなー」
「何を自重するんだ?」
「あ。いや、なんでもないよ」
あははー、と笑って誤魔化した。
さて、そのあとは、自分の執務室に真っ直ぐに戻り、黙々と過去の書類に目を通した。
そして、うとうととしていると、ついつい寝入ってしまった。
頬に温かな夏の風が吹き付ける。
その風でふと起きると、もう夕刻だ。
そろそろパーティーに行かなきゃいけない。
重い腰に渇を入れ、私は立ち上がった。
次回は、1/16(火)更新の予定です。ここまで書き進めると、またもや別シリーズを書きたくなる病が発症してきます。