第四十二話 二人だけの時間
「あんたとこうして一緒にご飯食べるのっていつぶりかしらね?」
「……うーん、たぶん、魔法大学校いらいか?」
今、私はヒューリと一緒に朝御飯を食べている。
ご飯といってもそんなに豪華なものでもなく、薄塩と香草で味付けされた、刻んだ野菜と炒めた豆の牛乳スープ。それと、固いパンだけの質素なものだ。
まぁ、魔物に襲われて直ぐの状況なので、前線の近くのこの街でこれだけの物資があるだけ、まだましな方だろう。
魔物たちとの戦いも一段落して、後続の部隊との引き継ぎも終わり、間もなく、王都へと帰還、という時期だ。
ちなみに、私もヒューリたちと一緒に王都へと戻ることになっている。
伝え聞くところによると、王都での中央勤務らしい。
「今回もあんたには色々と助けられたわね。一応、礼を言っておくわ」
戦いの後、私を介抱してくれたことを初め、戦後処理も色々とやってもらい、様々な面で助けられた。
素直にありがたい。
「なに言っているんだ、ルシフ。俺の方こそお前には色々と助けられた。まさに命の恩人だ。それと、この地方の領民の命を多く救ったお前こそ真の英雄じゃないか。俺の方こそ、お前には感謝しないと」
そういって、律儀にも立ち上がり、頭をすっと下げた。
回りの客たちが、変な視線を向けてくる。
「ちょっと、やめなさいよ! こっちが恥ずかしいでしょ」
「お、すまんすまん」
そういって、ヒューリはニヤリと笑い座った。
「されはそうと、ルシフ。お前なにかあったのか?」
「……え、何が?」
「とぼけんなよ。お前、さっき、英雄、って言われたときに、露骨に嫌な顔をしただろ。何かあったのか?」
「……うーん、何かって、わけじゃないんだけどね。またまた悪名が増えたかなーって」
「悪名っていうと、『ラディカの鬼姫』とか、『竜殺しの魔女』とか、『死体製造器』とか言われているあれか」
「……え、そんなあだ名があるの? 聞いてないわよ、私」
「おっと、口が滑ったか。じゃあ、なんだ、他のことか」
「……それはそれで気になるけど、ま、別にいいわ。えーと、この前ね、私、この辺りの地主の、とある子爵のパーティーに顔を出したのよ。そこでね、同い年くらいの子達に話しかけたんだけど、皆、私を避けるわけ。あ、なるほど、皆、私が怖いのね、と」
私としてはこのやるせない気持ち、ただ、皆のために良かれと思ってしたことで恐れられるという理不尽が気に入らないだけなのかもしれない。
ただただ、口に出てくる言葉をそのまま呪詛のように吐き出す。
「……なんだ、そんなことかよ」
「な、なんだ、って何よ!」
私は頬を膨らませ、膨れっ面をした。
こいつには、私の気持ちがわからないのか。
「つまり、お前は同い年の子達に恐れられたのが嫌だったわけだろ?」
「……ま、そ、そういうことね」
「別にいーんじゃねーの」
「え?」
こいつの言いたいことがわからない。
え、なんで、別に良いの?
「だから、別に恐れられたって良いじゃないか。むしろ、変な連中に付きまとわれなくなった分、俺としては得だと思うがな」
「でも、同い年の子達に恐れられるのよ!」
「俺は恐れてねーよ!」
「!!」
私はその言葉にハッとした。
続けてヒューリは、いつになく真面目な顔を向けてきた。
「お前は同い年の子達に恐れられているのを気にしているみたいだが、俺だって、お前の幼馴染みだぞ。というか、魔法大学校時代からの腐れ縁だ。そこらの連中がどう思おうが知ったことか。俺は俺、ルシフはルシフ。それで、いいじゃねーか」
ヒューリの言葉がすーっと胸の中に入ってくる。
幼馴染からの、私の全部を肯定してくれる言葉。
つっけんどんながら、優しさに満ちた言葉。
「……そっか。私は私で良いんだ」
なんとなく胸のモヤモヤしたようなものがとれていく気がする。
「お前が、何を気に病んでいるのかはわからんが、何かあったら俺に相談しろよ。お前に悩みがあるなら、俺も一緒に悩んでやるからさ」
「……ちょ、ちょっと、あんた。格好つけ過ぎでしょ。惚れちゃうわよ」
私は少しほてった顔を背けながら、ぶっきらぼうに言った。
「おう! 惚れてくれよ。……いやまじで」
うーん、こいつ、今日はちょっと格好良かったかも。
そこは、私的にポイントが高かったかも。
「えーと、そうね。じゃあ、まずは友達から、ということで」
「おいおい。俺たち、もう友達だろ」
んー、そういわれてみれば、そうか。
「……じゃ、じゃあ、付き合っちゃう?」
売り言葉に買い言葉。
ついつい、なにげなしに挑戦的な言葉を返してしまった。
あ、冗談だよ、と笑ってごまかそうとした矢先、気勢を制するようにヒューリが私の両手を握ってきた。
「是非とも!」
……
……まぁ、良いか。
こうして、私に、初めての彼氏が出来ました。
◆◇◆◇◆◇
「……デートっていっても、なんか地味だな」
「あんた、私が行きたいところなら、どこでも楽しくついていくって言っていたばかりじゃないの!」
付き合おう、とか言ったって、別に何も変わらない。
んー、さすがに身体を重ねるのは、もう少し慎重にあるべきだと、私は思うのですよ。
そういうわけで、じゃあ、あの後すぐにデートしようと言われて、セレクトしたのは近くの林にある湖。
季節は夏とはいえ、北方のこの辺りは結構涼しい。
そして、ここの湖は、公害なんていうものとは縁遠く、透き通るように美しい。
回りの木々の深緑が、湖を包むような風景を作り出しており、見た目にも綺麗だ。
こういった風景をきっと、風光明媚というんだろうな。
私はこの、目の前のファンタジックな光景を楽しんでいるのだが、脳筋のヒューリは、身体を動かしていないとどうやら落ち着かないらしく、しきりに身体を動かしている。
……って、ストレッチ体操なんかを始めてしまいましたよ。
落ち着きがないやつめ。
「ねぇ、ヒューリ。こういうところまできて、木の枝もって振り回すとかやめなさいよ。恥ずかしいわよ」
「良いじゃないか、楽しいし」
「……はぁ。あんたは、まったく変わらないわね」
私は呆れたように、呟いた。
でもまぁ、それはそれで良いのかな、なんて思えてくる。
「……なぁ、ルシフ。ケイメルのこと覚えているか」
「……ん。忘れるわけないよ」
ケイメル王子。
今は父王が危篤状態になったので、国王代理となっている。
国政に関してはヒューリの父のキャンベル公爵が全権を握っているが、近年はケイメルの意見も前面に割と出ているらしい。
「あいつな。昔とはだいぶ、感じ変わったからな。もし、出会っても、その、なんだ。あまりショックを受けないでくれよ」
「……わかったわよ。まぁ、人の心はうつろい行くもの、なんていうけど、色々と変わっていくのは、ちょっと寂しいね」
「……そうだな」
そういって、ヒューリが、私の隣に座ってきた。
お昼ご飯にと、ささっと作ってきた、トマトと干し肉のサンドイッチを一緒に頬張る。
なにげなく、こうして一緒にご飯を食べているだけなのに、妙に気分が落ち着く。
……前からすこし気づいていたけど、私、結構、寂しがり屋なんだな、と気づかされる。
「……ヒューリは、今のままで、そのままでいてくれると嬉しいかな」
「お前こそな、ルシフ」
私の手の上に、そっと優しくヒューリが手を重ねてきた。
私もその手を握り返した。
◆◇◆◇◆◇
「殿下。帝国からの物資補給のおかげで、戦地の状況はだいぶ改善されました」
キャンベルが恭しくケイメルに報告をする。
「ふん。どうせ、何か裏があるのだろうさ。しかし、奴らに貸しを作るのは癪だな」
「殿下。利用するときには、なんでも利用せねばなりませぬぞ。耐えるときには耐える。それこそが政治にございます」
「……わかっているさ。だが、僕が今、研究している、あれさえ完成すれば、もう、僕の覇道を邪魔できるものはいない。僕がこの大陸に平和を築いてみせるさ」
「殿下。まだ、あのような遊びを。これ以上の実験は、殿下の名声に傷がつくやもしれませんぞ」
「ふん。言わせておけ。……キャンベル。お前は僕を裏切らないよな? ルシフや、ヒューリたちのようには」
「……私は殿下の忠実なる僕、なれば」
「わかっているならば、それでいいさ」
ケイメルはニヤリと嗤った。
そこには、以前のような理知的な風貌ではなく、狡猾な獣のような笑みが浮かんでいた。
「この後、めちゃくちゃ、セッ○スした」とか書きたい衝動に抗っております(ダメ人間)。
次回は、1/14(日)更新の予定です。




