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第四話 残念なお誕生日会

 帰りの馬車の中で、ケイメルが一人の老人と話をしている。


「おじいさま。お久しぶりでございます」


「うん。ケイメルはもう、学校にはなれたかな?」


「はい。ご先祖様の名に恥じないように、立派に勉学を研鑽したいと思っております」


「実に良い心がけだね、ところで、ケイメル。使いのものから聞いたのだが、先ほどの、女の子と仲が良いとか?」


「はい。彼女はルシフ、ルシフ・フォリナーと言うのですが、私と同じ秋入学生でして、聡明な方ですよ。それに、色々と世話になっていて、ありがたいことです」


「ふぉっふぉ。しかも、可愛い娘ではないか。デートにでも誘わんのか、うん?」


「お、おじいさま、な、何を言っているのですか!」


 あたふたと、顔を真っ赤にして、ケイメルがあわてふためく。


「まぁ、今度、デートではないが、一緒に食事でも誘ったらどうじゃ? ……しかし、フォリナーか。やつが、養女をとったと聞いたときはびっくりしたものじゃが、まぁ、奴の目は節穴ではなかろうから、娘もきっと化け物じゃろうて。ケイメルよ。彼女と親しくしても良いが、用心だけは怠るなよ」


「お、仰せのままに」


「うむ。まぁ、なかなか、楽しそうな学校生活でなによりじゃ」


 老人は愉快そうに、一人、快活な笑い声をあげていた。


◆◇◆◇◆◇


「今日は近衛騎士団の魔術教官をお迎えして、魔法戦闘の最新動向の話を伺う」


 銀髪で黒メガネ、それに長身というちょっと素敵な教務主任のシュナイデル先生が、朝、緊急の連絡をしてきた。


 うちの学校は王立、ということもあり、国の他の機関との連携が親密だ。

 その影響かどうかはわからないが、こうやって、たまに、連携授業が入れられる。

 私としては、毎回授業の予習をしてきているので、予習の成果がいかせない、こういった、飛び入りの授業はあまり好きではない。

 昨日、必死に覚えた、薬草と、精霊石の知識が……。


 それでも、嫌だとはいえないので、他の子達と一緒に講堂に集まる。

 今回は全体授業ということで、高等部の一年から五年生までの全生徒が集まっている。

 こうやって、百名くらい集まると、生徒がそれなりにいるなー、などと思う。


「ルシフ。今日、騎士団からやって来るのは、俺の伯父さんだぜ。もしよければ、紹介するけど」


 ヒューリが後ろの席から声をかけてきた。

 そういえば、こいつは、近衛とかの騎士団に関係者が多いんだった。


「う、うーん。申し出はありがたいけど、今日はいいかな」


「ん、そうか? まぁ、もし必要なら声をかけてくれよ」


 がはは、と背中をばんばんと叩いてくる。

 い、痛い!

 このバカゴリラが。

 少しは手加減をしろ!


 猛獣からの一撃を受けて、うんうんうなっているとシュナイデル先生が教官と思わしき人物を連れて講堂に入ってきた。

 髪の毛を短く刈り上げた、いかにも武人、といった感じの人だ。しかも、目付きがやけに鋭い。


「自分は近衛騎士団にて魔術教官を勤めているモロトフというものだ。君たちの中にも、将来、近衛騎士に入団するものもいると思うから、心して聞いてほしい。今から話す内容は、あまり穏やかな話にはならないと思うが、現実をありのままに話すので、各人、心にとどめておいてほしい」


 そういって、前口上もなく、説明が始まった。

 我が、リットリナ王国は、周辺、六か国とは友好的な関係を維持しており、表だっての戦闘行為はここ数十年起こってはいない。

 しかし、熾烈な諜報活動は活発であり、そのために何人もの有能な騎士が命を落としていると。

 さらに、治安に関しては都市部における犯罪行為や、地方部における盗賊団などが、暴れまわっており、お世辞にも良いとは言い切れない。

 そして、もっとも注意すべきは、魔物の暗躍で、それこそ、毎週のように被害が出ていることが報告された。


「最近、特に危険視されているのは、魔物と人間が手を組み、組織だって動いている場合だな。この組み合わせが一番被害が出やすく、さらに、発見が難しい」


 そういって、、モロトフは右腕の袖をめくりあげて、肌の色が青く変色して、ボロボロになった右腕を見せた。


「この傷は私が騎士団の庁舎内で執務をしているときに奇襲を受けたときのものだ。諸君の学校の中も完全には安心ができない、ということを肝に命じながら、今後も勉学に励んでほしい。以上」


 そういって、モロトフ魔術教官からのご講演が終わった。

 終わった後のシーンと静まり返った講堂内の様子が、皆の動揺を表しているように思う。

 その後、シュナイデル先生が警備には万全を喫しているとのフォローが入ったが、皆の顔色は相変わらず冴えなかった。


「だ、大丈夫だよルシフ。も、もしものときは僕が護るよ!」


 ケイメルがかっこいい台詞を言ってくれたが、その声が震えていたのを突っ込むのはやめておいた。


◆◇◆◇◆◇


「その情報はたしかか?」


「はい。『白蟻』からの確度の高い情報です。まぁ、仮に誤報でも、子供が一人死ぬだけですし、たいしたことではありますまい」


「ふむ、そうだな。だが、あそこは、魔術結界については、十重二十重に施されており、魔術的な侵入は容易ではないぞ」


「でしたら、黒騎士どもを派遣すればよろしいかと」


「よし。『白蟻』に連絡して擬装を準備させよ。なに、数週間ばれなければよいので、急ごしらえのもので構わん」


「御意。では、黒騎士からは誰を派遣いたしましょうか?」


「好きにせい」


「はっ」


◆◇◆◇◆◇


「ふっふーん♪」


 鼻唄なんぞをつい、歌いながら、手料理を作っております。

 私は普段、家から学校に通っているので、学生寮には来ません。

 しかし、学生寮に付属している客用屋敷のキッチンや大広間なんかは、先生にお願いすると鍵を貸してくれて、利用することができるので、なんらかのパーティーをしたりするときには大変便利です。


 今回は、ケイメル君の誕生日が実は今日だ、ということが朝方、急遽判明したので、クラスの有志六名ほどで、パーティーをすることになりました。


「はい。では、鍵を渡しておきますからね、なくさないようにね」


「はい。有難うございます」


 六十代くらいの、ふくよかな人相をした、おじいさん。人のよさそうな寮の管理人さんから鍵を受け取って学生寮の隣にある客用の屋敷の玄関を開ける。


 で、会場設営や買い出しなんかは、ヒューリたちがやってくれることになったけど、せっかくなので、私はケーキを焼くことになった。


 とは言っても、そんなに手間がかかるものではなく、ドライフルーツやナッツを入れたパンケーキを作ることにした。

 ただ、隠し味に、蒸留酒と、香辛料をいれ、私秘蔵の蜂蜜も用意したので、味にはちょっと自信がある。


「わー、ルシフ、良いにおいだね」


「ケイメルには色々とお世話になっているからね。こういったところで、お礼をしておかないと」


 私はキッチンの隣にある、広間のソファーで、一人、ぽつんと所在なさげに座っているケイメルに返事をした。


 そろそろ、オーブンの中のケーキも焼き上がるし、買い出し部隊も帰ってくる頃合いだろう。


「おーい、戻ったぞー」


 ちょうど良い具合に、ヒューリたちが、ぞろぞろと戻ってきた。

 手には様々な品を持っている。

 私たちは手早く、それらを皿に載せ、飲み物をグラスに注いでいく。

 干し肉に、チーズ、林檎や葡萄といった各種果物に、柔らかい白パン。それに、アルコール度数が低い蜂蜜酒(ミード)


 私たちは、席につくと、手に手にグラスを持ち、乾杯をした。


「ケイメルの誕生日を祝って!」


 社交的ではない私だが、こうして、学校で新しい友達たちと楽しくパーティーができようとは。人間やろうと思えばなんとかなるのだなー、などと思う。


 談笑しつつ、デザートのケーキを食べているところで、少し様子がおかしいことに気づいた。


「あれ、そういえば、寮の他の子達は? まだ戻ってこないのかな? 結構遅い時間なのに、隣の寮に人の気配がないんだけど」


「あれ、知らないのか? 俺たちと入れ違いに寮の連中は学校に向かったぞ。なんでも、大がかりなイベントの準備に学生たちも手伝えって、連絡がきたみたいだ」


「ふーん、寮生も大変だねー」


「まぁ、奉仕活動の一環とか言われると、寮生は断れないんだよな」


「なるほど」


 学生の悲しいところだね。

 私たちは蜂蜜酒なんかもたらふく飲んで、だいぶ気持ちが良くなってきた。

 そんなときに、目の端に、ふと、嫌なものが目に入った。

 あれって……?


 気づいたときには、身体が勝手に動いていた。


 ドン、とケイメルを押し倒して、床に転がる。


「な、何をするんだい、ルシフ! み、皆の前で、ちょ、ちょっと大胆じゃないかなー! こういったことは、二人だけのときにして欲しいかなー」


 なぜか、うれしそうな声をあげるケイメル。


「ヒューリ!」


「おう!」


 ケイメルに覆い被さった私に向けて、両手に細身剣(レイピア)を持った全身黒ずくめの人物が襲いかかってきた。

 その切っ先が、私に届こうと言うとき、私とその黒ずくめとの間に、ヒューリが割ってはいり、そのレイピアをすんでのところで、手に持ったナイフで止めた。


「なにものだ、と聞いても無駄だろうな!」


 ヒューリが、すごい猛攻で、黒ずくめに襲いかかる。

 いつの間にか、もう片方の手に食事用のフォークを持ち、二刀流になっている。

 しかし、ヒューリは、なんて場馴れしたやつなんだ。

 的確に相手の喉や目などの急所をねらっている。

 私も態勢を建て直し、光の矢などで、援護の魔法をかける。

 さすがに黒ずくめも不利を悟ったのか、一撃、強力な斬撃をヒューリに浴びせたかと思うと、そのまま廊下の方に逃走していった。


「逃がすかよ!」


 その背中にむけて、ヒューリは手元のナイフを投擲した。

相手にそのナイフが刺さったように思えたが、一瞬だけ動きを止めたかと思うと、足元になにかを投げつけてそのまま逃げ去った。

 それと同時にあたりが、煙に包まれる。


「くそっ、目眩ましか!」


「ヒューリ、深追いはやめるんだ!」


 ケイメルの言葉に駆け出そうとしてたヒューリが立ち止まる。


「すまん! 手応えはあったが、逃した」


 タイミングが前後して、遠くの方で、ガラスが割れる音がした。


「い、いったい何だったんだ?」


 混乱した声でケイメルが問うてきた。

 私は答えるかわりに壁の方を見つめた。

 そこには、深々と、矢が突き刺さっていた。


「こ、これって……」


 ケイメルが青い顔でつぶやく。


「なんで、ケイメルが狙われたのよ……」


 私の問いに誰も答えられない。


 そんなとき、鼻孔に何かが燃えるような臭いがしてきた。


「やばい! 火事だ! 皆急いで外に!」


 私たちは、近くにあった窓から急いで脱出した。

 油でも事前に仕込んであったのか、火の回りが早かった。


「くそっ。証拠隠滅かよ!」


 ヒューリが、毒づいた。


「と、とりあえず、先生に知らせようか」


 ケイメルの発言に皆、立ちつくしたまま頷いた。



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