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第三十一話 王女、襲撃

「なんだか、囚人の護送みたいね」


『まぁ、マスターはある意味、重要人物だからな』


 膝の上で丸くなっている銀狼のスーナが、相槌をうってきた。


 私を隣国であるヘイゲナー王国へと移送する馬車の中で、護送されている私自身に対する率直な感想だ。

 屈強な騎士や、兵士たち十名ほどに馬車を囲まれて護衛され、一応VIPっぽいが、それにしては、私に対する態度がやや冷たく、微妙に歓待されている気はしない。

 まぁ、道中問題を起こさないことだけが、彼らの主要な任務なんだろうなー、とは思う。


 一週間ほどかけて、割とゆったり目のペースで道中進んでいく。


 馬車から外に目を向けると、植物が青々と繁っており、間もなく暑い季節がやってくることを感じさせる。


 ……そして、それは、ヘイゲナー王国との国境である山道を越えたすぐ後に起こった。


「盗賊達が襲ってきたぞー!」


 その言葉がかけられると同時、馬車の外から鉄と鉄とが激しくぶつかり合う剣戟の音が聞こえてきた。


「スーナ!」


『承知』


 私は馬車から、飛び降りると同時、短杖を構え、周囲を見据える。

 リットリナ王国と比べて少し暖かい気候だからか、それとも緊張のためか、頬を汗が滴る。


 目の前では、一部の兵士数名だけが、盗賊たち相手の戦いに身を投じており、騎士や兵士たちの大部分は、リットリナ王国へと後退していくのが目に入った。


 ……やられた。

 私としては直ぐ様、事の次第を覚る。

 どう考えても、計画通りの襲撃だ。

 国境内の事件ならば、全面的にリットリナ側の責任になるが、国境の向こう側ならばその警備の責任はヘイゲナー王国と半々だ。

 そして、よく戦った、という証拠を残すために兵士の一部を人身御供として、スケープゴートにしたてあげている。

 シナリオとしては最低だが、体裁だけは整っている。

 私は襲ってきた盗賊の集団を見た。

 三十名はいるだろうか。

 しかし、たかだか、その程度の数、私にとっては大したことではない。

 私は魔法を発動しようと、魔力を高め、短杖を握る。

 ……と、咄嗟の殺気を感じた。


 直感に従い、後ろへと飛びすさる。


 私が先ほどまで立っていた地面に、深々と何か黒色のものが突き刺さっていた。


『マスター。気をつけるのだ。厄介なのがいるぞ』


「うん。わかってる」


 私は側方にある林の中から、その化け物がでてくるのを注意深く見つめた。


 それは巨大な白色の人型で、目鼻がないのっぺりとした顔と思わしき器官をもち、その顎あたりから、複数の触手がわさわさと生えていた。

 皮膚はべちょべちょとした樹液のようなもので覆われている。

 そして、その手と思わしき四本の大きな触手が、黒色に鈍く光沢を放つ金属で出来ているような槍をそれぞれ構え、こちらに相対していた。


「魔物なんて久しぶりね……」


 しかし、こいつは、なかなか強烈な異臭を発散しているやつで、近くに立っているだけで、ごりごりと精神が削られていくようだ。


『マスターよ。あれは、魔族の中でも高等なものの一つで、「グリエル」と呼ばれる個体だ』


「ちなみに、あなたとあれのどちらが強いの?」


『遺憾ながら、グリエルの方に軍配が上がると思われる。私は貴女のサポートに徹するので、なんとか、ここから、逃げる算段を整えられよ』


 そういって、スーナは、霧のような形に姿を変え、私の周囲へと拡散した。

 視覚的には、私を霧状の靄が包むようにも見える。


「さてと、私もここから逃げださないとね」


 盗賊たちはあらかたの兵士たちを片付けたのか、品物を略奪するのに余念がない様子だが、なぜか、魔物(グリエル)を恐れることもなく、また、グリエルも、彼らを襲う様子を見せず、私だけを狙っているみたいだった。

 某かの連携があるのか、それとも、お互いに気づいていないのか。


 グリエルは、厄介なことに真っ直ぐに意識をこちらに向けており、次の行動をいつでも起こせるようにしている。


 ……ちっ、隙がない。


 私としては焦る心を抑えながら、炎の槍や、光弾をグリエルに次々に叩き込むが、あまり、ダメージを与えている様子がない。


「なかなかの硬さね」


『マスター。奴の本体は魔界にあるので、物理的攻撃ではあまり効果がないぞ』


「なるほど」


 私は唇をペロリと舐めると、短杖を持つ手に力を込める。

 魔界(アストラルフィールド)に直接叩き込む魔法は無いわけではないが、魔法詠唱に時間がかかる。

 しかし、迷っている時間もない。


 私は、単発の攻撃を止め、詠唱を開始した。

 グリエルは、それを見計らったかのように、手に持った黒槍を軽々と構え、次々にこちらに投擲をしてきた。


「はっ」


 私は咄嗟に横っ飛びをして避ける。

 一応、風の魔法で、自分の速度と、槍のスピードを落とそうと試みたが、槍については、何ら効果がないみたいだった。

 この攻撃で先ほどの詠唱が妨げられて、なかなか、魔法が完成しない。


「……ぐっ!」


 少し息継ぎをしていたところで、初動が遅れたのか、連続して投げられた黒槍のうち、一本だけ私の脇腹を掠めていった。避けそこなってしまったのだ。

 それと同時、猛烈な倦怠感が私に襲いかかった。


 ……意識をだいぶ持っていかれた!


「ドレイン系の副作用もあるの! 厄介ね」


 魔術は意思の力が最重要で、それを失った状態では、満足に力を行使できない。

 私は短杖を構え、意識をなんとかもたせる。

 槍がどんどんと再製していくのが見てとれた。


 ……この体力勝負じゃ、話しにならない。


 魔界の実体を叩くためには長時間の詠唱が必要。しかし、グリエルは、それを許さずに長期戦に持ちこんでいる。

 当然、長期戦だと私の方が不利だ。

 ……じゃあ逃げないと、と思っても、簡単には逃がしてくれそうもない。


「なかなか、厳しい状況ね」


 さすがに泣き言の一つも言いたくなる。


「わたしが援護するわ!」


 森の中から、何かが、光のような速さでグリエルに突っ込んでいった。

 そして、凄まじい剣戟の速度で、グリエルに斬りつけている。


「ちょっ! グリエルには、物理攻撃は効きにくいのよ!」


「それでも、注意くらいはそらすことができるわ!」


 たしかにそうかもしれない。

 グリエルと戦っているのは、小柄な騎士だった。

 全身に白銀色の甲冑を見にまとい、それでいて、動きが素早い。

 しかも、あの振り下ろしている剣。微かに魔力を感じる。


 私は、あの人が稼いでいる貴重な時間を無駄にしないためにも詠唱を開始する。

 二度目のチャンスはないから、ありったけの魔力を注ぎ込み、魔法の威力を高める。


「……接続完了。さてと、あなたの本体は……っと、……真名特定! えーと、魔力解析の結果……よーし、ビンゴ。これでも喰らいなさい、グリエル! 『獄爆炎(フレイムヘルズ)』!」


 突如、グリエルの身体の中から青色の炎が巻き起こる。

 そして、あっという間に青い炎に巻き込まれていき、あっけなく消えてなくなった。

 あとに残ったのは、大地の上の少量の塩だけだ。


「……や、やった」


 私は、膝に力が入らず、地面にへたりこむ。

 私の周囲に拡散していたスーナが、同じく地面の上に顕現する。


「お疲れ様。……金色の長い髪の少女。それでいて凄腕の魔法使い。あなたが噂の魔女。ルシフさんかしら?」


 白銀の甲冑の騎士が、剣を鞘に納めると同時、こちらへと近づいてきた。


「あー、助かりました。騎士様。ところで、私をご存じなんですか?」


「これは申し訳ない。挨拶が遅れてしまったわね」


 そういって騎士はバイザーを上げ、兜を脱いだ。

 鎧と同じ白銀色の短髪の女性だった。

 肌の色は白く、私よりも二、三、歳上だろうか。

 私は、騎士の手を借りて起き上がる。


「わたしは、ヘイゲナー王国の第二王女カレン。ルシフ。わたしは君に一目惚れをしてしまった。是非ともわたしと結婚して欲しい」


 そういって、片ひざをつきながら、私の手の甲にキスをしてきた。


「……は?」


 なんだか、おかしな人間と知り合いになってしまったらしい。


◆◇◆◇◆◇


「盗賊たちの動きが活発になっている、っていう情報があってね。大事になるとまずいから、計画よりも早めに迎えにいこう、という矢先にさっきの騒ぎがあったわけ」


「……はぁ」


「でも、なんとか間に合ってホントによかったわ。ねぇ、なんとなく運命みたいなもの、感じない? わたしたちの間に」


「そうでしょうか?」


 ヘイゲナー側が用意した馬車に揺られながら、カレン王女と話している。

 とりあえず窮屈なので、身体を密着してくるのは正直止めて欲しい。

 まぁ、良い匂いはするけど。


「ところで今回ヘイゲナー王国へとお招きいただいたのは、やはり、どこからかお声がかかったからでしょうか?」


「え? 別にわたしは何も聞いていないわよ。ただ、いきなりお父様が、大事なお客様をお迎えする、と言っていただけで」


 私がヘイゲナーに来た理由は今のところ臥せられているみたいだ。

 まぁ、国王に助力をもらう、という程度のことしか、皇帝からは聞かされていないので、どうやってリットリナ王国内での私の名誉を回復してもらえるのかは、今一つ、私にはわからないが。


「とりあえず今日は宿場町で一泊して、明日には王都に到着する予定よ」


「はい。わかりました」


 道中は特に、問題はなく(カレン王女のセクハラは激しかったが)、私たちは予定通り宿場町に到着し、宿に泊まることになった。

 で、そこで問題が。


「……あ、あの?」


「なにかしら?」


 本当によくわからない、という顔をこちらに向けてくるカレン王女。

 この不思議そうな顔をしてくる、その表情だけは可愛いとは思う。


「えーと、なんで、私と同じ部屋に泊まるんですか、とは聞きませんが、なんで、この部屋、一つしかベッドがないんですか!?」


 お客様だから私を大切にしろ、とは言わないが、なぜにあなたと同じ布団で寝ないといけないのだ。

 しかも、枕は二つあるし。


「……うーん、ルシフちゃんが可愛いから、かな?」


 理由になってない。

 私は、毛布をひったくると、一人ソファの上で横になった。


「なかなか、ガードが固いわねー」


 ……とりあえず私の処女をカレン王女に奪われないように気を付けないと。

 割とマジでそう思いました。


次回は12/21(木)更新の予定ですが、いつもよりも遅い時間帯になると思われます。

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