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第三話 王都での怠惰な生活

 あれから六年の月日が流れた。


 今年で十二歳の誕生日(拾われた日を誕生日にした)をお祝いできたことを神に感謝している。

 昔の記憶は、年が経つに従い風化していくのを感じているので、小まめに前世を思い出しては記録を書きのこしている。

 さすがに誰かにばれるとまずいので、日本語で記入をしているのだが。


 今は、湖で知り合った老紳士、ガンバルド・フォリナー男爵の養女、ルシフ・フォリナーとして迎え入れられ、曲がりなりにも貴族の端くれとして、なに不自由ない暮らしをさせてもらっている。

 ありがたいことだ。


 私は午前中の家庭教師との勉強を終え、今は、養父(ちち)の書庫で魔導書を読み漁っている。

 主に異界との交信に関する魔法について調査をしている。

 しかし、ここ半年ほど重点的に調査をしているものの、内容が難しすぎて、なかなか結果は思わしくない。

 あと、そもそも、異世界交信の魔法が仮に成功したとしても、元の地球と交信できる可能性は、それこそ、砂漠の中に落ちた一粒の真珠を見つけるようなもので、確率的にはおおよそ不可能であることがわかっている。

 口惜しいことだが。


 そういうわけで、今は、元の世界に戻りたいという気持ちはあるものの、この世界で無事に生き抜く、ということも視野にいれなければいけない状況だ。


 私は書庫での調べものを切り上げ、食堂でお茶をいただいた。

 最近、冷え込んできたからか、暖炉の中の木が爆ぜる、パチッとした音が暖かさと眠気を誘う。


 お茶には、ビスケットのような固いパンに蜂蜜がかけられたオヤツがついてくるのが、我が家の財力を証明している。

 私は本当に運が良い。


 我が家は、一般の貴族と同様に、家庭教師を雇い、家庭内で教育をしているが、来月からは王立魔法大学校への入学が決まっている。


 個人的には、あまり行く気はないのだが、養父が私の才能を伸ばすには、最高の環境で勉学に励むべきだ、などと決めてくれたお陰で、いやいやながら入学することになった。


 ちなみに養父は、年に数回しか家に帰ってこない。

 まぁ、帰ってきても、そんなに話すことはないので、そんなに困ることもないのだが。


 そういうわけで、最近は社交術や弁論術なんぞも、学ぶはめになっている。面倒この上ない。


 私は、ビスケットを口の中に放り込み、お茶で一気に胃の中に流し込むと、しばし目を閉じて、意識を手放した。


◆◇◆◇◆◇


「お前、聞いたか?」


「ん? 何をだ?」


「今度、秋入学してくる学生の中に噂の『大魔法使いの娘』が入学してくるらしいぞ」


「あぁ、その話か。俺も聞いたぜ。彼女、社交界にあんまり顔を出さないから、俺も直接は見たことはないんだが、噂じゃ、相当の美人らしいぞ」


「あぁ、俺もそれは聞いたことがある。なんだっけ、たしか、『フォリナーの隠し姫』、とか、『図書館の主』とか言われているよな。なんでも、大図書館で見たことがある、って奴がそれなりにいるらしい」


「勉強熱心な娘だよなー。俺も見に行こうかなー」


「まぁ、あの親父さんの娘だしな。変人には違いないだろうなー」


「それでも美人は美人だ。ぜひともご尊顔を拝見したいものだ」


「まぁ、来月までの辛抱さ」


「だな」


◆◇◆◇◆◇


 ベルモンテ王立魔法大学校。

 私が今日から通う学校の正式名称だ。

 なんでも、六代前の国王、ベルモンテ魔法王が二百年前に創建し、初代校長を勤めたという輝かしい歴史を持つ、由緒正しい学校で、ここリットリナ王国でも、最も歴史を有している学校の一つだ。


 私としては、本学の高等科に編入することになったので、これから人脈作りをする必要があるのだが、ひどく面倒な気がしている。


 クラスの人数は二十名。

 そのうち、今回の秋入学では、五名の入学と聞いている。


 私は大学校の正門を潜り、指定された古い校舎の一角にある、教室にて待つことになった。

 教室は、だいたい、百名は入れるくらいの大きさで、長机が三つ横にならんでおり、これが階段状に十段くらい、据え付けられている。

 生徒の人数のわりにやけに教室が広く感じる。

 あと、底冷えして寒い。


 私は割と広めに空いていた、入り口から奥にある窓側の最前列に陣取った。

 窓も近くにあり、そこから見える外の広場や、遠い石造りの町並みが美しい。


 ところで、なんだか、周囲の人間、特に背後からの視線をやけに感じる。

 私の勘違いだといいんだけど。


 いつもならば、フードを被って外出することが多いのだが、学則で、マントは許されているが、フード付は許されていない。

 なんでも、指定の魔法帽があるかららしいが、とんでもない学則だ。


 そういうわけで、クラスの端の方にある座席で座っているものの、なんとなく、居心地が悪い。

 いつもの癖で、胸元のペンダントを弄っている。

 これは、私が昔、森の中で倒れていたときに握っていた、という曰くつきの赤い宝石を加工したものだ。

 私と過去とをつなぐ唯一のアイテムだ。

 そんなアンニュイな気分でいるときに、


「もし違ったら悪いんだけど、君、フォリナー氏の娘さん?」


 目の前に一人の男の子がやってきて、突然、声をかけてきた。

 体つきはがっちりしているが、目元がくりっとして、愛嬌がある。ただ、目の端に刀傷があるのが、ちょっと怖い。


「え? ええ。そうですが、あなたは?」


「あぁ、これは失礼した。俺はヒューリ。ヒューリ・ドーチン。近衛のドーチン家といえば、通りがいいかな」


 ああ。

 聞いたことがある。

 近衛騎士団の団長を初め、騎士団の中に確固たる地位を気づいている家名だ。

 そこのお子さんがなんだってこんなところに。


「よろしくお願いしますね、ヒューリ様。私、ルシフ・フォリナーと申します。なにぶん、右も左もわからない素人でございますから色々と教えていただければ、と」


 とりあえず下手に出ておく。

 やはり、処世術は相手を立てることから始まるのである。


「謙遜が過ぎると、ちょっと悪趣味かな、ルシフ。君の噂は色々と聞いているよ。ぜひ、実技の時間にでも、一手、ご教授たまわりたいところだよ。とりあえず何かわからないことがあったらなんでも気軽に聞いてくれ!」


 そういって、握手をして、向こうにいってしまった。

 なかなか元気な男の子だ。

 ヒューリを筆頭にして、それから、次々と生徒たちが挨拶にやってきた。そして、新入生たちも、それぞれ挨拶をすることになった。

 私の挨拶は、あらかじめ用意しておいた、台本通りの無難な挨拶にしておいた。

 目立つ必要はないのである。


「……ぼ、僕はケイメル・リットル。辺境伯の三男坊ですが、都市の生活に早く慣れたいと思いますので、皆さん、よ、よろしく」


 一緒に入学してきた新入生たちは私以外は全員男の子だったのだが、なかでも、一見、女の子と見間違えるような、美少年のケイメル君が、狙い目かな、と思う。


 とりあえずボッチだと色々と面倒な気がしているので、大人しそうな彼に私の隠れ蓑としての役割を与えたい。

 女の子の友達も作りたかったのだが、秋入学の女子の入学生は私一人だし、元々いる女子は、あまり友好的な視線をこちらに向けてきてはいないので、とりあえずは諦める。

 無理に仲良くする必要もないだろう。

 そんな中で、ケイメル君は、すでに近寄ってくるなオーラを作り、誰ともコミュニケーションをとっていないので、なんとなくシンパシーを感じてしまった。


「ケイメル様、とお呼びした方がいいでしょうか? 私、ルシフと申します」


 とりあえず、こちらから挨拶をすることにした。


「ルシフさん。こんにちわ。僕のことはケイメルでよいですよ。あ、あと、敬語なんて堅苦しい言葉は使わなくてもいいですよ。僕たちは同級生なんだからね」


「うん。じゃあ、ケイメルって呼ぶね。あ、私のこともルシフでいいよ」


「わかったよ、ルシフ。これからよろしくね」


「こちらこそ」


 そういって、私たちは知り合いになった。


 ……彼は聡明で、私の話し相手としては申し分がなかったのだが……。


「い、痛い!」


「あーあ、なんで、そこ避けれないのよ」


「……め、面目ない」


 体育の時間での、簡単な武器術の訓練で、彼の壊滅的な運動神経のなさを確認できてしまった。

 ちょっと鍛えてやらないといけないかも。


 あと、彼は学校の寮には泊まらず、王都内にある屋敷から通っているらしいのだが、登校、下校時の、あまりにも物々しい警護の人数には唖然としてしまう。しかも馬車での移動だ。

 なんという過保護な親なんだ。


「じゃあ、ルシフ、また明日ね」


「うん。ケイメルも、また、明日」


 そういって、ケイメルが馬車に乗り込んでいき、別れるのが、私たちの日課の一つだ。


 あーあ、私も馬車で帰れるようなご身分になりたいものだ。


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