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第二十六話 保険

「お、珍しいな、ヘッカーソン。お前がこんな朝っぱらから調べものをしているなんて」


「ははは。まぁ、領主命令だしね。文句はあんまり言えないよ」


 ヘッカーソンが笑みを浮かべながら、ギルド長のファボックに答えた。

 ギルドの書庫で、記録簿と索引帳簿とにらめっこをしながら資料をかき集めたり、机の上一杯に広げている、急いで用意させた地図の写しに帳簿から得られた情報を書き込んでいる。


「で、どうなんだ。あの新領主? うまくこちらに取り込めそうか? 必要ならば手当てはするが?」


 ファボックは、つるりと剥げた頭を撫でつけながら、隙がない視線でヘッカーソンを見る。

 彼らは商人。

 常に、機を見るに敏でなければならない。


「んー。正直に言って、今までの領主たちと違って、なかなかにやっかいかなー、と」


「どんな人間にも弱みの一つもあるだろう。お前の手腕一つで、ギルドの明日がきまるんだぞ。期待しているぞ」


「ま、せいぜい仕事しますよ」


「その仕事に人手が必要ならば言ってくれ、手当てをするから」


「そりゃ、どうも」


 ヘッカーソンはファボックにやる気のない返事を返しながらも、帳簿をめくる手の動きは緩めない。


 しかし、あの新任領主、ルシフと言ったか。

 なぜ、このように、地図上の交易ルートにあわせて、成功と失敗の情報を書きこめなんて命令をしたのだろうか。

 しかも、報告の年月や、その成功、損失額の記入も必要ときた。

 帳簿を引っ張り出して調べてみたら、結局、関係がありそうな情報は千件近くになった。

 ヘッカーソンは気の遠くなりそうな作業を続けながら、まったく真意が読めない領主について、ちょっとだけ興味を持っている自分を発見して驚いた。

 彼が他人に興味を持つなんて、いったい、いつぶりだろう。


◆◇◆◇◆◇


「リングテール筆頭助祭。こちらにおりましたか」


「ザンブル司教。なにか御用でしょうか?」


 リングテールは、膨大な量になっている、従前の領主布告、それに領主と、国王、村々、教会、ギルド等との個別の取り決め文書を片っ端から収集する作業をしていた。

 とくに治安と商務関連の情報を中心にまとめている。


「いや、今日の礼拝の打ち合わせを、と思っただけなのですがね」


「それでしたら、本日は、司祭様が取り仕切る段取りになっておりますので、そちらにお話をされた方がよろしいかと」


「……わかりました。そういえばリングテール筆頭助祭はなにをなさっておいでかな?」


「はい。領主様の命により、従前の領主殿との取り決め等を分類しております」


「それは、結構なことですな。従前の領主たちとの取り決めも、様々に乱発され混乱の極みにありますし、必要ならば、補助の者をつけましょう。……良い機会ですので、領主殿との取り決めだけでなく、司教区の教会関係の規則もまとめてしまいましょう」


「ありがとうございます」


 リングテールはザンブル司教に一礼をした。

 しかしなぜ、ルシフがこのような命令を下したのか、実のところ、その真意はよくわかっていなかったが。


◆◇◆◇◆◇


 二ヶ月後。

 寒さが大分厳しくなった頃合い、私は面前で黙ってこちらを見つめているリングテールとヘッカーソンに向けて言い放った。


「『保険』を立ち上げるわ」


「「ほけん?」」


 二人は互いに顔を見合わせ不思議そうな顔をしている。

 まぁ、無理もない。


「えっとね、保険というのは……」


 二人にもわかるように保険の概念を説明してあげた。

 簡単に言うとリスクヘッジのためのお金を隊商たちからもらおう、ということだ。


 ギルド商人の隊商による、遠方への商売を分析したところ、やはりギルド全体としてみれば、隊商が多く商いをすればするほど得をすることが、わかった。

 ざっくりとした計算で、隊商一隊あたり、成功すれば金貨百枚、失敗すると金貨五十枚(それと場合によると命も)を失う。

 普通に考えると、二回に一回成功すれば収支はトントンだし、失敗の確率も計算によればだいたい三割ほどしかないので、計算だけ考えればどんどんと隊商を組んで商いをすべきである。


 しかし、そんなに総隊商数が増えなかった。

 当然である。

 この金貨五十枚に彼ら商人の全財産を賭けているのである。

 つまり、成功すれば財産が二倍になる、成功率七割の博打をそれぞれの商人たちが毎回実行しているのである。

 そんなに気軽にできるものではなかった。


 そこで、私が考えたのはある一定額の金を事前に支払っておき、隊商の商いの途中での不慮の事故、例えば魔物に襲われた、を証明しさえすれば商品代金を補填するという保険制度だ。


 嘘をつきにくくするために、魔物たちに襲われたことを証明するための証明書として、交易ルートの保護者である貴族による保護証明書を提出させることや、抜き打ちで魔法による真偽鑑定等もすることにしたが、まぁ、だいたい金貨十枚程度を保険費用に設定しているので、十分ペイするようにしてみた。


「交易条約を結んでいる貴族を調べたりしていたのはこれのためだったんですか」


 リングテールが、ポカーンとした顔をしている。


「もともと交易条約は、交易路上で盗賊に襲われたりしたときに、その討伐のための情報交換が主目的だしね」


 あとは、これは私の趣味だったが、交易ルートのそれぞれで危険なところと安全なところ、それと私と交易条約がある貴族とない貴族とかで、リスクに応じて細かく保険金を変えている。

 やっぱり安全な道や、証明書が信頼しやすく、出しやすい貴族は保険金を下げることが必要だ。


 しかし、まさか、大学で勉強した統計と確率の知識がこんなところで役に立つとは。

 私が子どもの頃に書き留めたノートを引っ張り出してきて、これらの知識を復習した甲斐があったというものである。


「……しかし、ルシフの嬢ちゃん、商品の損失を補てんするって、本当にこんな大見得切って大丈夫かよ。たしかに、今言った話ならば商人としては絶対に利用するとは思うが、嬢ちゃんの懐具合が心配なんだが」


「資金に関しては領主である私が保証するから大丈夫よ。それよりも、多くの商人たちに使ってほしいからギルド内での宣伝をしっかりと頼むわよ」


「ま、まぁ、それは任せてくれ」


 ヘッカーソンが机の上のお茶をすすりながら頷く。


「他領や外国の商人には保証しないのですか?」


 リングテールが顎をつまみながら質問をしてきた。

 良い質問ね。


「ゆくゆくは販売したいけどね。でも、王国の法律的には、私が保証できるのは領民だけだしね」


「なるほど」


 私は机の上の、ドライフルーツとスパイスをふんだんに使ったクッキーをむんずと掴み、口の中に放り込みその甘さを噛みしめる。

 そして、咀嚼が終わった所で、拳を振り上げ叫ぶ。


「……よーし、保険を売りまくるわよ!」


 まるで、営業部長のような言葉を叫んでしまった。


次回は12/11(月)更新の予定です。

いつもどおり、一文字たりともまだ書いてはいませんが。

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