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第二十五話 辺境伯就任

「……そういえばお前ら聞いたか? 新しくやってきた新任領主の話」


「聞いた聞いた。なんでも、どえらい美人が領主になられたとか」


「俺が聞いた話だと、美人と言っても、まだ、十五才くらいの少女とかいう話だ」


「じゃあ、どこぞの公爵様の娘かね?」


「俺は、飛び級して魔法学校を卒業した学者と聞いたな」


「それなら俺も他の噂を聞いたぞ。なんでも帝国軍を撃退した軍事の天才で、実力で今の領主の地位を手にいれたって話だ」


「おいおい、お前たち。それ本当の話かよ。もし全部本当ならば、人間の領域を越えているだろ」


「……まぁ、だから俺としては全部作り話だと思っているぜ。やっぱり、ほら、領民に舐められないため、とかな」


「なるほどなー。貴族というのは、色々、考えるよなー」


「まったくだな!」


 がははは!

 酒場で男たちは、新たに赴任した新領主の噂を酒のつまみにして盛り上がった。


◆◇◆◇◆◇


「はーっくしょん! ……うー、最近、寒くなってきたから風邪ひいたかな」


 無駄に広い執務室で、一人呟く。

 ぱちぱちっと爆ぜる暖炉の中の音だけが部屋内に響く。

 大理石作りの立派な暖炉で、華美な装飾が施されている。その上に飾られている刀や槍も風格を感じさせる逸品だ。


『少し休みを取ったらどうか、マスターよ。さすがに最近は仕事をし過ぎだろう』


 銀狼のスーナが、暖炉の前で寝そべりながら、声をかけてきた。

 スーナもだいぶ、ここでの生活に慣れてきたのか、それとも平和ボケしてきているのか、微妙に覇気を感じない声音だ。


「んー、この書類を書き終えたらね」


 ……独立第一騎士団が帝国軍撃退に成功し、王国防衛の任務を無事に成功させ王都に凱旋。

 そして祝勝パレードが開かれたのがほんの一ヶ月前の話だ。

 無事に王都に戻ってきた私たちは、第一騎士団解散の直後、特例でのベルモンテ王立魔法大学校卒業が認められた。

 なんと私は学年首席の勲章までもらって、言うことはない。

 その後は、ケイメルは王族として政務に、ヒューリは近衛騎士に、そして、私は辺境伯に昇進し、地方領主としての任に就くこととなった。


 ……個人的にはもう少し学生を満喫したかったかな。

 モラトリアム期間がもう少し長くてもよかったのでは、なんて思うが。


 で、地方領主なんて、喰っちゃ寝してれば良いだけの簡単な仕事だと舐めていました。


 しかし現実はそんなに甘いものではなく、早々に私の幻想は打ち砕かれ、領地の経営者として、様々なことをやる羽目に陥っている。


 具体的に言うと、三権分立なんぞ、なにそれ食べられるの? というこの世界。立法、行政、司法の責任者を全部、領主一人が担う必要があるし、独立領主として、領内の治安維持と他国、他領との外交もやらないといけない。

 それに、魔物に対する防衛、財務の管理、それと教会や商工組合(ギルド)など関係組織とのお付き合いも必須だ。


 しかし、なによりも困ったのが、これらの決裁を領主一人が担わないといけないという、旧態依然としたシステムだ。

 優秀な官僚システムがないので、一々、私が聞き回らないといけないので、非効率この上ない。


 ……というわけで、領内のシステム改革から、まず最初にやることにしました。


◆◇◆◇◆◇


「えーと、まずは領地管理のための人員を雇いたいと思うのだけど」


「旦那様。申し訳ないのですが、新たに人員を雇うような余裕は、我が領地にはございません。これから、冬に入りますので、村々での宴会の用意や、教会への寄進、それに、関係する貴族の皆様への贈り物を用意せねばなりません」


「え? なんで、そんなのが必要なのよ?」


 まずは領内の経営についての唯一の助言者である家令に、これからのことを相談しようとした矢先、いきなり訳のわからない出費についての請求がやってきた。


「貴族としての当然の嗜みですぞ。さらに、王都から、芸術家や、楽士を呼んで、盛大に宴を開かねばなりませぬ」


「だから、なんでまたそんなことを」


「我が領地での伝統でございますぞ!」


「お、お金はどこから捻出するのよ?」


「毎年臨時税を徴収しております」


 ……だめだ。話にならない。

 私は、他にも色々と相談してみたものの、やはり色好い返事は聞くことができず、改革を断行する前に、優秀なブレーンの必要性を痛感した。


◆◇◆◇◆◇


「え? 私に客ですか?」


 辺境伯領にある中央都市ラディカの教会。

 そこの筆頭助祭である、リングテールに訪問客があった。

 筆頭助祭とは、教会の責任者たる司祭の補佐職で、複数名、置かれ、その中での序列一位が筆頭助祭になる。

 ラディカの教会の場合は、辺境伯領全体を管轄する司教座が置かれている関係で司祭の上に司教が置かれている。

 つまり、ラディカの教会では、筆頭助祭は、実質ナンバー3の位置付けだ。

 リングテールは年の頃、三十前後。灰色がかった銀髪を短く刈揃えた偉丈夫で、軍人といっても通じるような体格をしている。

 実際、リングテールは元々教会騎士出身で、武術の心得もある。


 さて、そのリングテールへの訪問客として、新たに辺境伯領の領主に赴任した、ルシフ・フォリナー辺境伯が直々に、挨拶をしにきたとのことだった。


 リングテールは訝しく思いながらも、教会の応接間にて辺境伯と相対する。

 そこには、ドレス姿の、長い金髪の少女が一人静かに座っていた。

 まぁ、たしかに、可愛いことは可愛い。容姿に関しては。

 しかし、話には既に聞いていたが、こんなにも若いお嬢さんだったとは。


「ルシフ辺境伯様。私、ラディカ司教座にて筆頭助祭を勤めさせていただいてるリングテールと申します。教会へのご訪問、誠にありがたき幸せ。歓迎の宴を開かせていただきたいのですが、準備の関係で今しばらく……」


「あなたがリングテールね、この問題を解いてくれるかしら」


 逢って開口一番、この金髪の美少女はいきなり、羊皮紙に書き連ねた十問程度の問題を机の上に放り投げてきた。

 リングテールは面食らいながらも、羊皮紙に目を通す。


 羊皮紙には魔術の基礎的な知識、国の歴史、財務の話、それに戦闘時の指揮の問題、宗教の教えについてと実に多岐に渡っていた。

 これはいったいなんだろう、と訝りながらも、領主の手前、邪険にも扱えず、とりあえず問題を解いてみた。

 かりかりとペンが走る音が三十分ほど部屋内に響く。

 応接間は教会の中でもかなり大きな部屋であり、今はリングテールとルシフ伯の二人しかいないためか、やけに静かで、ペンが走る音だけが響く。

 リングテールは思わぬ難問に苦戦しながらも、一応、問題を全部解いた。


 無言で伯爵に羊皮紙を手渡すと、同じく無言で伯爵は答案に目を通した。

 何度か確認の後に、大きく頷いた伯爵は、リングテールに向かって満面の笑みを浮かべながら、こう言い放った。


「十三人目にしてやっと合格者が出たわね。合格おめでとう。あなたは、今日から私の政策秘書だから」


「……は、はぁ」


 訳のわからない役職に、急遽抜擢されたリングテールは、生返事しか返すことができなかった。


◆◇◆◇◆◇


 私はまずは、過去、ベルモンテ王立魔法大学校に在籍していた領内の者、数名を調べあげ、その者たちに、こいつは優秀だ、という人物をそれぞれ十名程度紹介してもらった。

 そして、その推薦された人物たちに対して先程の問題を使って、片っ端から試験をしてみた。

 結果としては、あまり芳しくはなく、私のお眼鏡に叶ったのは二名だけだった。

 一人は領主所在地ラディカを管轄する教会の筆頭助祭リングテール。それともう一人は、商業組合(ギルド)の技術部長代理をしているヘッカーソン。

 ヘッカーソンは、二十代半ばの茶髪の兄ちゃんという風体で、頭脳は切れる天才肌だが、妙にチャラい。

 当初、辺境伯と名乗らずに近づいたら、いきなり、胸を揉まれるというセクハラを受けた。

 まぁ、すかさず、顔面に拳をめり込ませる反撃をしたので、お互い様かもしれないけども。


「で、伯爵様は何をご所望なんですか?」


 チャラいヘッカーソンが、私の屋敷の応接間で、ソファにふんぞり返りながら、聞いてきた。


 その隣では大きな身体を窮屈そうに縮めながらリングテールもこちらを見つめている。

 なんだか困った表情をしているが。


「……改革よ」


「え?」


「だから、改革を断行します。私のこの手で、この領内の悪弊を一気呵成に変革するのです!」


 私は感極まった感じを演出しながら、拳を振り上げる。

 その姿はまさに、民衆をアジる革命家のごとく。


「あー。そういうのは別に興味ないんで」


 ……こ、こいつ。


「じゃ、じゃあ、あなたたちには何か改善したいとかそういう希望はないの?」


「そう言われましても。私どもはこの状況で長年暮らしておりましたし。しかも、特段困っているようなこともありませんし」


 むー。そうなのか。


「それよりも、まずさ。金と人がないことにゃ、何にもできませんよ、お嬢さん」


 ヘッカーソンが馴れ馴れしく話してくる。

 誰がお嬢さんだ。


「……まぁ、たしかに、金策は必須よね。しかも、人材についても、一から育てるのでは時間がかかりすぎるから、どこからか集めてこないといけないしね」


「ま、金さえあれば優秀な奴は集められますがね」


「しかし、資金を集めるとなると、臨時税でもかけますか? 伯爵」


 リングテールが、顎に手をあて思案しながら聞いてきた。

 税金で対策しちゃうと、過去とまったく同じになりそうなのよね……。


「……いっそお金を借りるとか?」


「どこからっすか? ちなみに、歴代領主は、ギルドからかなりの額を借りているので、今もその利子でかなり厳しい状況っすよ。これ以上はさすがに無理じゃないですかね」


 ヘッカーソンが事も無げに言ってきた。


「ついでに申し上げると、教会からも、かなりの額を貸し付けていますので、期待されない方がよろしいかと」


 なるほど。そうすると、通常の方策だと税金をとるしかない状況なんだ。


「……そもそもここまで財政が悪化した理由は何なの?」


「そっすねー。有り体に言えば、借金が借金を作っていく、みたいな感じですかね」


 なるほど。高利で借りた借金を返済するために借金を重ねる。

 典型的な自転車操業の末期症状だ。


「そうすると、チャラにするしかないかなー」


 インフレ起こすとか、借金踏み倒すとか。


「そんなことしたら、領地の信用は地に落ちて、まともな相手とは話ができなくなりますぞ!」


 リングテールが諌めてきた。

 ま、そうだよね。

 こっちが王様ならば可能かもしれないけど、所詮、雇われ領主だしね。


「金策。金策かー」


 まぁ、どうにかして種金を手に入れて、一気呵成に借金を返してクリーンにしないと。


「今って、ギルドや、教会で困っていることってないの?」


「教会では、そうですな。……すぐには思い付きかねます」


 リングテールが気のない返事をくれた。


「困り事ねー。うーん、強いて言えば、長距離交易の成功率が低いことかなー。成功すれば利益は大きいんだけど、失敗すると全財産をなくすんすよ。ギルドとしては、多くの商人たちに挑戦してほしいんだけど、なかなか成り手が少なくて」


 なるほど。


「その辺りの情報って、すぐに調べられる? どれだけ派遣して、どれほどの成功と失敗したのかなんかの事例を知りたいんだけど。なるべく多く」


「うーん、まぁ、調べられるだけ調べてみますよ」


 ヘッカーソンが適当な返事をくれた。


なんとか、12/7更新が間に合いました。

次回は、12/9(土)更新の予定です。

まだ、一文字も書いていませんが。

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