第二十四話 子どもの日々の思いで
「そういえば、話があるって聞いたんだけど?」
「……うん。そうなんだ。実はルシフにお願いがあって」
ケイメルから用事があると聞いたので、御用聞きがてら、シェイクスにある独立第一騎士団本部のケイメルの私室を訪ねた。
高級そうな木の机の上に、便箋が束になって置かれ、大きな本が綺麗に整頓されて並んでいる。
几帳面なケイメルらしい机の上だ。
ちなみに、私の机の上は、殴り書きの羊皮紙がいつも散乱しており、使用人たちが常に眉を潜めている。
……その机の前で書き物をしていたケイメルが、私に椅子を勧めてくれたので、遠慮なく座らせてもらう。
「そういえばルシフとは、あのあとバタバタしちゃっていたから、こうして二人きりで会うのって久しぶりだね」
「そうね。もうそっちは落ち着いてきたの?」
「うん、おかげさまでね」
あの戦闘のあと、捕虜の処遇をどうするかでひと悶着あったが、結局、帝国から交渉の使者が来て、丸く収まった。
帝国の撤退と引き換えにお互いの捕虜を交換する。
こちらとしては、占領地を取り戻すことができて、戦略目標は達成したので、これ以上求めようがない。
むしろ、無事に捕虜交換ができただけでも万々歳、慰謝料を求めるなど論外だった。
私はケイメルの補佐なので、通常であれば、こういった交渉への出席や、書類仕事を手伝うことも、私の任務に当然に入っているはずだが、どういうわけか機密保持とかいう理由で接見禁止を参謀長から命ぜられ、ケイメルに近づくことをしばらく禁止されていた。
私ってば、もしかして信用無いんですかね。
そして、接見禁止措置が解除された後も、ケイメルが非常に忙しそうだったため、会いに行くのを躊躇っていたのだが、今回は、ケイメルの方から呼ばれたので一週間ぶりに話ができたというわけだ。
「まずは、ルシフ。僕は君に感謝をしないといけない。……君のおかげで、帝国軍を撃退することができ、僕の王国内での評判を守ることができた」
「いやいや。それはヒューリのおかげ……」
「いや、わかっている。僕もあらかたのことをすでに聞いているから、そういった建前は必要ないよ。……君のおかげで、王国の平和、それに僕の政治的な立場を護れたことに心から感謝をするよ」
そういって、ケイメルが、深々と頭を下げた。
「ありがとうルシフ。表だってはできないけれど、この場でだけは、王室と軍を代表して感謝の言葉を述べさせてくれ。ありがとう」
「いやいや、私なんてたいしたことしてないって」
あはは、と流しておく。
ちょっとこそばゆい。
「本来であればルシフに表だっての表彰をしてあげたいのだけれど、それは難しい状況だから、代わりのものを色々考えたんだ」
えー。
そんなことしなくても良いのに。
私としては平和でのんびりとした時間さえくれれば、それ以上は望まないよ。
……と言おうと思った矢先に、気勢を制される。
「ルシフ。君を公爵の娘として遇したいんだ。そしてゆくゆくは、僕の妃になってくれないだろうか?」
「……はい?」
きっと私の顔は鳩が豆鉄砲を喰らったかのような顔をしていたに違いない。
ケイメルはいきなり、何を言っているんだ。
「残念ながら、今の君の、ガンバルドの娘という立場だと、僕と君との結婚は、どうしても無理みたいなんだ。家柄、というのもあるんだけど、むしろ、ガンバルド自身の問題でね。そこで、ワンクッションをおいて、君を公爵家の娘にさえできれば、その辺りの諸問題を解決できるんだ! あとは……」
「ちょっ! ストップ、ストップ!」
「……え? どうしたの?」
どうしたの、じゃない。
なんでいきなり、話がそこまで飛ぶんだ。
「なんで、急にそんな話が?」
私は訝りながら、ケイメルを見つめた。
ケイメルは言いにくそうにしていたが、重たい口を開いた。
「……実はキャンベルが、君を地方領主にしようと画策しているんだ」
「なにそれ?」
「表向きは恩賞だよ。なにしろ、子爵の君を辺境伯にしようとしているんだからね。しかし、これが問題なんだけど、僕を匿ってくれていた養父、アンチボルト・リットル侯爵が以前に所有していた土地に君を封じようとしているんだ」
「え? それのなにが問題なの?」
よくわからないなー。
ケイメルのお義父さんの昔の領地ってだけじゃないの?
「……養父は野心が強い人だ。君が辺境伯領に封ぜられるかもしれない、という噂だけで、もう、後見人に立候補をしているよ。僕としては養父には多大な恩があるので、表だっては意見は言えないけど、君が彼の派閥に取り込まれるということは、キャンベルと敵対するということなんだ」
「まぁ、キャンベルさんは私を嫌っているみたいだしねー」
「でも、今は彼が主流派だ。その主流派に敵対する僕の養父の陣営に君が取り込まれるとなると、君は間違いなく政争の渦に巻き込まれるんだよ」
「そんな、大袈裟な」
「いや。決して大袈裟なんかじゃないんだ。本当に。君は今、自分が置かれている状況に無頓着すぎる。……だから僕としては、キャンベルの気勢を制して、君を中立の立場にいる公爵の娘にして、この政争からしばらく距離を置いていてほしい、というのが本音だ」
なるほど。
あの狸の参謀長がいかにも考えそうな話だ。
自分の敵は一ヶ所に集める、と。
しかし、なぜか、私が目の敵にされている。
こんなにも良い子にして過ごしているのに。
私としては、やはり、カチンと来るなー。
「でも、それって、キャンベルさんが怖いから逃げ隠れている、ということよね?」
「君は、彼の怖さがわかっていない!」
いや。わかってはいるけど、そういった、陰湿な手は嫌いなんですよ。
それに……。
「ねぇ、ケイメル。本当に私を守るためだけに、公爵の娘にしたい、という理由なの? 他に何か理由を隠してない?」
ケイメルの理屈は完璧だ。
でも、なぜか、その完璧な理屈がやや、堅苦しさを感じるのだ。
これは、女の直感みたいなものだから、根拠はないけども。
「……はぁ。君は勘が良すぎるよ。もうひとつだけ君を公爵の娘にしたい理由がたしかに、僕にはある。だけどそれは言いたくない」
そう言われると、これ以上は聞けない。
でも……。
「ケイメルの提案は素直に嬉しいよ。それに、私のことを思って言ってくれているのもわかる。だけど……、私、これでも、お義父さんには恩があるから……。私がまだ、孤児だった頃に拾ってもらった恩義があるから。私の幸せのためだけに、今さら他の人の娘になんてなれないよ」
「……僕のプロポーズは受け入れてくれないのかい?」
「私、前に雪山でケイメルに命を救ってもらったことがあったよね。私、あの頃から、ううん、もっと前からケイメルのこと大好きだけど、それでも、お義父さんを切り捨ててまで手にいれることなんてできないよ」
「……そうか。うん。そうだよね」
そういって、長い長いため息をケイメルは吐いた。
「僕も、君のそのかっこいいところに憧れていたんだ。僕の方こそ、ルシフが大好きだったよ。でも、王家を捨ててまで、君を選ぶことはできない」
「うん。私、ケイメルのそんな律儀なところ、大好きだよ」
そういって、お互いに笑いあった。
なかなかうまくいかないね、と。
「ねぇ、ルシフ。もし良かったら、だけど、僕に思い出をくれないかな?」
「思い出?」
「うん。そう。子供時代の僕にさよならをするための強烈なやつ」
「……うーん。まぁ、いいよ」
私ははにかみながら、首肯した。
なんとなく、覚悟はできていた。
私たちは、どちらともなく、お互いに抱き締めあい、唇を重ねた。
ファーストキスは甘いのかと思ったが、なぜだか、とても苦い味がした。
そして、私たちの子供時代は終わった。
◆◇◆◇◆◇
「……これでよかったのか、ケイメル?」
「……何を選ぼうと、それはルシフが選んだ道だから。僕は影ながら支えることしかできないよ」
「なかなか、難儀な性格をしてるよ、お前」
「……どうするんだ、ヒューリ? お前も王都を出たりするのか?」
「親父殿が許しちゃくれないさ。それに、ルシフはきっと、また戻ってくるさ。それこそ、思いの外、早くにさ」
「何か情報があるのかい?」
「いや……」
そこでヒューリは首を振り、窓の外の色が染まりつつある木々を見下ろした。
「直感だよ」
「……そうか。うん、そうかもしれないな」
そうして、二人はひとしきり笑いあった。
今回で、第二部完みたいな感じです。
次回は、12/7と言いたいんですが、予定があるので、8日(金)更新ということで。
まぁ、もしかしたら、7日(木)にできるかなー。
ちょっと、わからないです。




