第二十三話 戦い終えて
「いったいどういうこと!?」
リーゼの声が若干、悲鳴じみた声音になる。
「……前線の五百名が降伏いたしました。現在、魔法師団において、死傷者は七百名。後方への傷病者の護送のための人員を確保する観点からこれ以上の魔法師団の戦闘続行は不可能です。それに、『大砲』を六門全て、あの爆発で失いました。破壊の主因としては『火薬』の誘爆ですが、あの白い粉自体も爆発したとの報告がきております」
淡々とした部下の報告を黙ってきくリーゼ。その唇は、きつく閉じられている。
リーゼはなお続く詳細な戦闘報告を聞くにつけ、最初から相手指揮官の目的が、大砲潰しであることが明確に理解できた。
大砲を据え付け、火薬を運搬している最中に、あちらこちらに白い粉がばらまかれ、大砲に点火をすると同時に大爆発が起こり、大砲六門と、数百名の将兵の命を一瞬にして奪ったこと。
その惨劇のあと、間髪入れずに騎兵隊が突っ込んできて、大砲を支援する技術部隊が全滅したこと。
なお、後日の詳細な調査により、白い粉の正体が小麦粉で、爆発は、炭鉱などでたまに観察される粉塵爆発と呼ばれる自然現象を、人為的に引き起こしたものであると分析されるが、現時点では指揮官のリーゼには原因は不明である。
……正直、歩兵の犠牲など、リーゼにとって百名だろうが、千名だろうがとるに足らないものではあるが、大砲技術者の壊滅、魔法師団の精鋭五百名が相手国の捕虜になるなど、まさしく前代未聞だ。
その経済的な損失を考えると、こんな一戦で使い潰すのではそろばん勘定に全くあわない。
リーゼはあまりの精神的ダメージに目の前が真っ暗になる。
「……ふー。よし、ヘッケルンまで後退します」
頭を一つ振ると、リーゼは決断した。どのようなときでも、行動の優先順位を間違えないのが、リーゼの卓越した軍人としての能力である。
「よろしいのですか? リーゼ様」
「……この場にとどまっても、こちらの被害が拡大するだけです。速やかにヘッケルンまで後退して防衛線を築く必要があります。まだ、兵力差だけを考えれば、こちらが有利ですから」
リーゼは頭の中で素早く損得計算をする。
幸い死者数に関しては、技術部隊の全滅を考えなければ、今のところ、想定よりもずっと少ない。
降伏した捕虜に関しては、ヘッケルンの解放と引き換えに取り戻すことができるのならば、帝国軍にとってダメージはそこまで大きくはない。
その代わり、賠償金は一銭も支払うことは許されないだろう。
基本、その線で交渉を開始することを考える。
皇帝から撤退の許可が出ているならば是非もない。
リットリナ王国に一撃を加えて、帝国の威光を見せつけることができた、と考えれば大義名分はたつ。
戦闘そのものは、十分に帝国軍の威信を示すことができた。
ただ。ただ。最後の一戦だけは、リーゼの経歴に傷をつけたこと自体も気にくわないが、それよりも、ここまで鮮やかにこちらの手の内を読み、先回りして戦いを優位に進める、その詰め将棋じみた戦術に恐怖すら感じる。
「今回の最期の戦いにおける相手指揮官に関する情報を収集しなさい。速やかに」
「は!」
部下が部屋から出ていく後ろ姿を、お茶を優雅に飲みながら見おくりつつ、扉が閉まると同時、リーゼは激情に任せ、手近な椅子を蹴りあげた。
指の爪をギリッとかみ、悔しさを紛らわす。
絶対に相手指揮官にリベンジをしてやる、と誓う。
◆◇◆◇◆◇
「ルシフ。お前はこれでよかったのかよ?」
「え? なんのこと?」
私はリンゴと洋梨をたっぷりと使ったプディングケーキを口一杯に頬張りながら、アホみたいな顔をしつつ、ヒューリに問いかけた。
やっと、肩の荷がおりて、やれやれといったところだ。
「いや、何って。お前、防衛戦の手柄、全部、俺に譲っただろ。何が、ヒューリ様の言うとおりに行動していました、だ。全部、お前のシナリオじゃねーか」
「いやいや。私みたいなぺーぺーのまぐれの結果としてのラッキーヒットで勝ちましたなんて言えないよ。それに、私みたいな臨時の軍人はあんまり目立たない方がいいんだよ」
私はフォークの先をヒューリに突きつけながら、キリッとした表情で真面目に高説を述べる。
ちょっと、私、かっこいいかも。
「まぁ、言っていることはもっともなんだが、口の端にケーキの食べかすをつけていうのは、ちょっと迫力不足だな。それに、まぐれじゃないだろ? お前、明らかに計算をしていたよな?」
「……んー、まぐれだよ。人の動きなんて四分の三は計算外の動きだしね。それでも、あの大砲だけは厄介だったから、潰したいと思っただけ。ただ、爆発の規模が想定よりも大きくて、こっちにも少し被害が出ちゃったし。それと戦意喪失した帝国の人たちを捕虜にしたのだって、結局は成り行きだしねー」
「まぁ、結果オーライか。しかし、お前のところは殿部隊だったから、可能な限り重点的に魔導師を配置しておいたのは、正解だったかな。結局、魔法攻撃が一番しんどかったんだろ?」
「そうだねー。まぁ、こちらは、魔術防御に徹していたので、攻撃をあんまりしなくても良い分、相手よりも効率よくは魔術師の運用はできたかなー、とは思う」
私はお皿の上のクッキーにも手を出す。
お、このシナモンみたいな香辛料が効いたクッキーおいしいな。
あとで、市場に行って手にいれてこよう。
「なるほどな。で、そういえば一つ、言い忘れていたが、ケイメルが、お前のことを探していたぞ、なんでも話があるとか」
「ケイメルが私に? なんだろ」
「さあな。それと、そんなにおやつにパクついていると、お前、丸々と太るぞ」
「私はいくら食べても太りませーん」
私はちょっとどや顔で言ってやった。
最近、少し膨らんできた胸に手を当てながらね!
「お前、なかなかにいい性格してるよな。(でもまぁ、そこが個人的には好きなところだが)」
ヒューリが最後、ゴニョゴニョと言っていたところは聞き取れなかったが、まぁ、いいや。
「それじゃ、行ってくるね」
私はヒューリに別れを告げ、ケイメルの私室へと向かった。
◆◇◆◇◆◇
「報告は読んだ。オンゴルドよ。お前の見立てはどうだ?」
「はい。キャンベル様。あの娘を近くにて観察したところの人となりを述べさせていただければ、作戦に関しては狡猾に計画し、老獪な前準備をすると同時、戦いにおいては一種、臆病なまでの律儀さで、石橋を叩くがごとくの運用をしておりました」
オンゴルドは直立不動で回答する。
「厄介だな。少しくらい隙を見せるのかと思うたが」
「奴には使い魔が常時防衛しておりまして、暗殺等の手段は極めて難しいかと。また本人の魔術スキルも極めて高く、直接、相対するのは勧めかねます」
「ふむ。なるほどな。では、飼い慣らせそうか?」
「……いえ。難しいと判断しております。奴は、我々の想定外、規格外の行動をとることが多く、正直、枠内で管理することは不可能であると具申いたします」
「なるほどな」
そう言って、キャンベルは、顎を一なでした。
「ならば取りうる手段は一つ、ここは、遠くに行ってもらうしかないか」
「とりあえず今回の戦での功績を認め、遠方の領地に封ずるのが賢明かと」
「では、誰をお目付け役にするか……」
「一つ、アイデアがございます」
そういって、オンゴルドはキャンベルに耳打ちする。
キャンベルはそれを聞いてにやりとする。
ライバルにお守りを押し付け、さらに、首都から離すこともできる。
まぁ、結託される可能性もあるにはあるが、そこはどこにいたとしても可能性はある。
「なるほど。それはよいアイデアだ。早速、手配を頼む」
「はっ!」
次回は12/5(火)に更新をしたいのですが、まだ、書けてません(汗
場合によると延期するかもしれません(もしくは文字数少な目)。