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第二十二話 トライ&エラー

「んー。順調順調」


 私は目の前の、爆発の惨禍を巻き起こした実験結果に満足気に微笑んだ。


 とりあえず、シェイクスの近くにて窪地を見つけ、そこで少人数の兵士たちと一週間にわたり、連日実験に励んだ。

 濃度や、風の状況、それに、投擲しやすい投擲具(スリング)の準備に、弾の改良とやるべきことはたくさんある。


「しかし、ルシフ少佐殿は、いったいどこでこのような秘技を身につけられたのですか? もしや、新たなる魔法の一種でありましょうか」


 いや、これは単なる自然現象ですよ。

 今回の実験に協力してくれている、私よりも一回り年配の部下、オンゴルド大尉から称賛の声があがる。

 少しタレ目気味で、口ひげがちょっとキザな感じの印象を受ける叔父様といった感じだ。

 人懐こい笑顔を浮かべるのが得意だが、それでいてボロを出さない器量の持ち主だ。

 まぁ、ケイメルのお父さんのキャンベル参謀長が推薦してきた人物なので、あまり信用しすぎるのもあれだが、まぁ、真面目に仕事に取り組んでくれるならば、こちらとしても好都合だ。


 私はひとまず、実験結果に満足しつつも、実戦でもしっかりと使えるように、扱いやすくするためのさらなる実験を指示する。

 投石具で打ち込める距離と大きさ、それに、どの程度の濃度であれば、それが起こるかについてのテストをひたすら繰り返す。

 まぁ、どうやら、実戦を想定した状況下でも、うまくいきそうなので、胸を撫で下ろす。


「……なお、今回の実験結果は秘匿します。私の許可があるまで口外しないこと。いいですね?」


「はっ!」


 部下の皆さんは、さすがに現役の軍人だけあって、動きが素早い。

 私の訳がわからない実験にも、不承不承の雰囲気を漂わせながらも、最初からてきぱきと付き合ってくれた。

 でも今ではその実験の結果を実際に見て、考えを変えてくれたらしく、今では割と好意的に協力してくれている。

 まぁ、わからないでもないけど。


 そんな風に実験に勤しんでいるときに、背後から声をかけられた。


「おーい、ルシフ。ここにいたか。そろそろ前線がまずい状況になりつつあるぞ。俺たちも後方に移動しないと」


 ヒューリが早馬として、前線から戻ってきた。

 彼は既に近衛少佐として、騎兵中隊五百石の指揮をとっている。


「どんな様子?」


「北方騎士団と、第一騎士団で構築した防衛網が、どんどん突破されている。シェイクスまでたどり着くのも時間の問題だな。今は時間稼ぎのための遅滞戦闘に努めているが、いつまでもつか」


「じゃあ、シェイクスはどうするの?」


「……シェイクス単体だと防衛ができない。しかし帝国軍もシェイクスを占領したあとに長期に占領を維持できるだけの人員や装備、糧食等がないことから、略奪しかできまい、と。そして時間が立てば維持限界が来て帰るしかなくなるだろう、というのが親父殿の読みだな」


「でも、それって、シェイクスを見捨てるってことにならない?」


「……まぁ、そうなるな。だが、現実問題として俺たちではどうにもならん」


 むー。こちらも、もう防衛限界か。


「じゃあ、じゃあさ。最後の反抗として、近隣の窪地、この前、作戦会議で話が出ていたところね。そこに防衛線を築くことはできるかな?」


「……何を考えているんだ、お前? まぁ、いいか。俺から親父殿に伝えておくが、お前からもケイメルに伝えて根回しをしておけよ。一応、司令官の許可さえあれば、今の作戦、できんこともないしな」


「わかったわ」


「……それと例の窪みは確かに、場所としては帝国軍としても欲しがる要地ではあるな。まぁ、そんなわけだから、一応、伝えておいてやるよ」


 そう言って、ヒューリは、馬を走らせ、行ってしまった。

 よし。これからケイメルを説得しないと。


◆◇◆◇◆◇


「オンゴルドよ。で、あの魔女の様子はどうだ」


「……キャンベル様。あの娘はいったい何者なのですが? 私もそれなりに軍歴が長いのですが、あのような大爆発を起こすような技術を見たことがありません。強いて言えば、たまに炭鉱で起こる爆発に似ているような気もしますが、そのようなことを人の手で起こすなど、正気の沙汰ではありません。魔法学校で新しく開発している戦闘技術なのでしょうか?」


「いや。わしが見聞きしている範囲では、大学校においても、そのような研究はしておらん。あやつのオリジナルの研究だな」


「たしかお話ですと、年齢的には十四か十五か、それくらいだとの話でしたが、信じられません」


「ふむ。そうであろうな。……あやつは、ガンバルドのやつが、幼少の折に、どこぞで拾ってきた娘だと聞いている」


「魔人ガンバルドのですか? あの、魔界に一人潜入して情報収集にあたっている?」


「……声が大きい。で、だ。わしとしてはあやつが魔界で見つけてきた悪魔の娘だと睨んでおる。陛下も評価されているし、ガンバルドが裏切るとも思えんが、リスクも勘案して見張っておけ。使えるうちは使っても構わんが、いざとなったら斬れ。ただし、証拠は残すなよ」


「はっ」


 底冷えするような目でキャンベルが非情の命令を下すのに対し、オンゴルドも何事もなかったかのように、薄ら笑いを浮かべながら首肯した。


◆◇◆◇◆◇


「危なすぎるよ。ルシフは後方に下がってもらわないと」


 館の廊下でケイメルにばったりと出会ったので、私の作戦を伝えたところ、懸命に私の善意を翻意しようと、説得にかかられてしまった。

 私ってそこまで、信用ないですか?

 でも、私としてもできることをやらないといけないのです。


「私が相手にするのは、帝国軍の魔法師団の最前線。まぁ、千名くらいだけよ。こちらも、一個歩兵中隊、まぁ三百名くらいでいいから、ね。私に考えがあるから任せてよ」


「しかしなぁ」


「……良いのではないですか殿下。彼女の善意に期待しても」


「キャンベル。お前まで。……ふー。わかったよ。そこまでいうのならば許可するけど、くれぐれも危険になったら撤退してくれよ」


「うん。わかっているって」


 私はにっこりと答えた。

 そして、ケイメルが、とぼとぼと廊下を離れていく後ろ姿を見つめる。

 非常に消耗しているのが見てとれる。

 まぁ、はるばる北方まで颯爽と助けに来たものの、何一つ得るところがなく、逃げ帰ることになるのだから、落ち込むのもしかたないな、とも思う。

 ケイメルの姿が見えなくなったあと、私も去ろうと思った矢先、キャンベル参謀長に呼び止められた。

 私の方を底冷えする目で見つめてきている。


「先ほど貴官から上申があった、一個歩兵中隊三百名での足止め作戦だが、殿部隊として、窪地にて防衛戦に励むことを許可しよう。その間、我々は殿下を逃す」


 なるほど。

 私たちを捨て石にして、ケイメルだけは逃がす、と。

 まぁ、良いのではないでしょうか。


 しかし、もしかしたら、私ってば、厄介物だと思われているような。

 作戦いかんによっては、ケイメルも逃がすことができるし、私も処分できるしで、一挙両得、なんて考えていませんよね?

 私の考えすぎですよね?


「……わかってますよ。それでこそ、私も実験結果が活きるというものです」


「……ふー。この期に及んでも実験か。陛下は貴官を評価しているようだが、どうやら、貴様は頭のネジがどこか緩んでいるのではないかとわしには思えるよ。もしくは、貴様は本物の魔女なのかもしれぬな。あの親にして、この娘あり、か」


 え?

 なんでまた、そんなことを言うのです?

 私は単に皆さんのために献身的に戦いに身を投じているだけなのに。


「まぁ、見ていてください。私、勝算の無い戦いはしませんので」


 まぁ、なんにせよ、見ていてもらいましょうか。

 私の初の本格的な部隊指揮官としての仕事を。


◆◇◆◇◆◇


「なに。まだ、陥とせないの?」


「申し訳ありません、リーゼ様。王国軍が、なにやら、土や砂が詰まった袋の影に身を潜めて、『(ライフル)』が全く役に立ちませぬ」


 いらいらしながら、リーゼが部下の報告を聞いていた。


「それならば、魔法や、弓矢で、なんとかなさい」


「やっておりますが、それも、魔法防壁と、盾とで、あまり効果がありません。それに奴ら、我々への攻撃がどうも中途半端なのです」


「どういうこと?」


「はい。それが、前線の兵士どもは、大怪我をするのですが、死ぬほどの攻撃を受けておりません。ただ、傷病兵として戦線を離れなければならないときに、後退を手助けするため、やや人員を割く数が多く、問題となっております」


「いやらしい攻撃をしてくる相手ね。相手指揮官の情報は?」


「申し訳ありません。まだ調査中でして、若い女魔法使いであるとしか今のところわかっておりません」


「なにそれ。本当なの?」


 リーゼは、自分のことを棚にあげて大袈裟に驚いた。

 単なるジェスチャーかもしれないが。


「でも、予定よりも半日遅れているのは問題ね。『大砲(キャノン)』を据え付けて、攻撃なさい」


「しかし、よいのですか? 射程の関係で窪地に下ろす必要がありますが、引き上げるのに少し、手間がかかりますが」


「それも仕方ないわ。土嚢の壁なんて蹴散らしてやりなさい!」


「はっ!」


 リーゼは、自分をこけにした代償を、相手の指揮官に払わすことにしたので、やや溜飲が下がる気持ちで、苦いお茶を一息に飲み干した。


◆◇◆◇◆◇


 目の前に飛んできた矢にむけて、一匹の巨大な獣がとびかかり、間一髪のところで、その矢を止めた。


『マスターよ。あまり、無茶をしないでほしい』


「いつも頼りにしているわよ、スーナ」


 銀狼のスーナが目の前に立ちはだかり、弓矢や魔法での攻撃を片っ端から撃ち落としている。


 私は前線で遠目の魔術により、鉄の塊が窪地へと運び込まれてきたのを観察する。


「ルシフ少佐! 貴女の読み通り、連中、キャノンを、据え付け始めましたよ」


 副官のオンゴルド大尉が驚愕の声をあげた。

 普段から明るいキャラクターではあるが、素で驚くことは珍しい。


「ふふふ。ね。いった通りでしょ? あとは、手はず通りにお願いね」


「は、はい。お任せください!」


「あと、大砲周りの部隊一掃のための騎兵が必要だから、ヒューリのところの部隊に伝令をだしておいて」


 私は細々とした指示を部下に出しつつ、追撃のための部隊として、ヒューリの騎兵中隊を呼び寄せることにした。

 さぁ、ここからが本番だ!


次回は、12/3(日)に更新の予定です。

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