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第二話 湖上の決戦

「このあたりだな」


 夕闇が迫る森の中。

 老紳士、ガンバルドは傘で湖の水をかき混ぜていた。

 湖の近くにて、強力な魔力の波動を感じ、使い魔を四方に放ち、その魔力の源を探っていた。


「ふむ。どうやら、ここに(ゲート)が開いたか」


 老紳士は、服の中から、いくつかの石と、金属製の鎖、それに布袋を取り出す。


「間に合えばいいのだが」


 そうして、印を結び、言霊の詠唱を始めた。


◆◇◆◇◆◇


 アーサーたちが森の方へと遊びに行った、という話を俺から聞きだした大人たちが、すぐに森の方へと探しに行った。

 ただ、間もなく夜。

 夜の森へと入ることは、大人たちにとっても自殺行為として、禁止されている。


 日が完全に暮れてしまう、あと一時間ほどが、最後のチャンスだろう。

 その時間をすぎてしまったら、もう子供たちの命はないものと考えるしかない。


 俺は、部屋での待機を命じられていたが、アーサーから前に聞かされていた、森はずれにある湖のことを思い出していた。


 まさかね。


 でも、どうしても、気になってしまい、部屋を飛び出してしまった。

 護身用としては、心許ないが、シャベルを一本持ち出した。


 俺は、一心不乱に森の中を走った。

 そして、前に教えてもらった湖に到着した。

 一周回って何もなかったら戻ろう。

 そう思っていた。


「な、なんだあれ」


 俺は、目の前の光景が信じられなかった。


「避けろ!」


 突如かけられた声に反応できたのは奇跡以外のなにものでもなかった。


 俺が右に跳ぶと同時、俺がもといたところを紫色の木の蔦のようなものが、通りすぎていった。

 あんなものが直撃したらただではすまない。

 俺は、蔦がやって来た方向に目を向けた。

 湖の中央に、不気味に節くれだった、紫色の木がそびえ立っていた。


 そして……。


「あ、アーサー!」


 その木の幹にアーサーたち子供が巻き付かれていた。

 意識がないのか、目を閉じて、腕や足がぶらんと力なく垂れ下がっている。


「……ふむ。知り合いか」


 突如背後から声がかけられた。

 先ほど俺に避けろ、と言った。あの声だ。


「あ、あなたは?」


 俺は、背後に立つ、その老紳士を見つめた。

 身なりは良さそうだ。


「院長の知り合いさ。……その服装から察するに修道院の子供かな。なかなかに運の悪いときに出くわしちまったな、嬢ちゃん」


「あ、あれはいったい?」


「あれは、こちらの木の精霊が、魔界の魔力を浴びて、魔物化しちまったものだな。このままだと、あの子達の魂が全部養分としてとられちまう」


「ど、どうすれば?」


「燃やしてしまうのが一番なんだがな。だが、このままだと子供たちも一緒に燃えちまう」


「そ、それじゃあどうすれば?」


「うーん、なんとか、子供たちだけを切り離すか、『黄金の炎』が使えればいいんだけどな」


「『黄金の炎』?」


「高等魔法の一種だな。俺とは相性が悪くて使えん。さてと、おしゃべりはここまでだな。俺が子供たちを何とかするから、お前は戻って、ステイアに知らせてこい」


「わ、わかりました!」


 俺としても、さすがにあんな化け物とは戦いたくない。

 踵を返して走り出そうとした時、急に足元の土が爆ぜて、蔦が俺の足に絡み付いてきた。


「う、うわー!」


 俺は、そのまま、湖の中へと引きずり込まれた。

 そして、逆さまに持ち上げられ、目の前に木の化け物と対面することになった。

 俺は、無我夢中で、手元に持ったシャベルを振り回し、木の化け物に叩きつける。

 だが、少しもダメージを与えることができずに、手がジーンとする感触だけが残り、そのままシャベルを取り落としてしまった。


「ち、ちっくしょー! この化け物がー! 離せー!」


 つい、地が出てしまう。


 こ、こうなったら。


 俺は、今日、覚えたばかりの呼吸を繰り返し、魔法の源である魔素(エーテル)を体内に集める。

 そして、先週から、熟読して暗記をしていた、魔術の印を結ぶ。


 こうなったら、ぶっつけ本番だ!


 俺は、一つ気合いをいれると、呼吸で集めた魔素を、手のひらから外へと放出するイメージを頭に浮かべ、魔素を、現実世界へと移し返す作業に没頭する。


「喰らえ、この植物野郎! 『炎弾(ブレイツフレム)』!」


 炎が燃え上がるイメージそのままに、手のひらから炎が吹き出す。

 そして、木の化け物の一部の幹が燃え上がった。


「どうだ!」


「む、いかん。……嬢ちゃん。わしと同調しろ! さっきの呼吸だけをしていればよい!」


「は、はい!」


 耳元で囁かれた言葉に従い、俺は言われた通りに、先ほどの魔素を集める呼吸を繰り返す。


 すると、頭の中が急にクリアになって、誰か別の人間の記憶が、すーっと入ってきた。

 ……これは、一体。


「貴様と同調をした! わしの知識の中から、『黄金の炎』を探しだして、使ってみせろ。お前ならば、たぶん問題ない!」


 俺は、言われた通り、膨大な知識の海の中から、『黄金の炎』の魔法を探しだし、その知識の通りに詠唱と、印を結ぶ。


「これでとどめだ、植物野郎! 貴様の居るべき場所に戻れ! 『黄金の炎(フレイザーゴルファー)』よ!」


 そして、目の前の木の化け物が、黄金色の炎に巻き付かれて、徐々に消えていく。まったく熱くないのが不思議な感じだ。

 そして、最初からなにもなかったかのように、金色の炎が燃え上がった空間には、ただただ湖が広がっていた。

 そして子供たちや俺は、支えを失い、なすすべもなく、湖の中に放り出される。


「や、やったー!」


 俺は、ガッツポーズをしながら、水の中に落ちた。

 徐々に意識を失いながら、大きな仕事をやりとげたような、爽やかな気持ちを抱きながら気を失った。


◆◇◆◇◆◇


「あいつは、一体何者だ?」


 老紳士は、魔法で、子供たちを次々に湖から引き上げ、生死の確認をしていく。

 どうやら、皆、衰弱しているが、生きてはいた。


「……しかし」


 目の前に倒れている意識同調をした少女を見つめながら、ガンバルドはアゴヒゲをつまむ。

 意識同調した時に脳裏に流れ込んできた、この少女の記憶の欠片。

 断片的ではあるが、この万物に精通していると自負しているガンバルドの知識をもってしてもまったく理解できない世界が広がっていた。

 あの、巨大な石のような塊が多数並んでいる光景はなんだ?


 ……この少女には、なんらかの秘密がありそうだ。


 ……ここで、この少女を殺しておくべきか?


 冷徹な計算がガンバルドの頭の中でなされるが、頭を一つ振り、その思考を追い出す。

 殺すのはいつでもできるが、この知識が後々役に立つこともあるかもしれない。


 だが、このまま野放しにするのも危険かとも思う。

 であるならば、そうだな、次善の策としては……。

 ガンバルドは、自分の思いつきに満足しながら、遠くから、松明の光が、こちらに向かってくるのをぼんやりと眺めていた。


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