第十九話 買い物のお手伝い
夏季遠泳訓練という名前の海水浴から我らが魔法大学校へと無事に戻ってきた。
まだまだ季節は夏で、非常に暑い。
そんな暑い中、私は学校の図書館にて、少し調べものをしていた。
曰く、時空間の魔法の本質は時間と空間を越えた次元を操ることにある。
曰く、時間と空間とを越えた先に異次元転移がある、と。
むー、だからといって、魔法式をいくら厳密に解いてみても、次元転移に関係するようなパラメータはまったくわからない。
はー。
しかし、これらの魔法研究は、もう私の生活の一部、ライフワークとなってしまっているので、今さら、この生活以外は考えられない。
そう考えると、もう元の世界に戻ったところで、今の私には利益はなく、この世界においても、一応貴族の端くれに連なるものとして、愛着もあれば、義務感みたいなものもある。
そこまで思考を進めると、もう元の世界に戻らなくてもいいやと思えてきて、ならば、次元関係の魔法に執着する必要はないな、と思いつつも、やっぱり、趣味みたいなものなので、なかなか止められない。
そんなことをつらつらと考えて、ぼーっとしているときに、背後からから声をかけられた。
「おーい、ルシフ。暇か?」
「金ならないわよ」
私は後ろをくるりと振り返り、ヒューリに言ってやった。
大袈裟にため息をつかれた。
「なんで、そうなるんだよ! いや、むしろ、俺のお願いを聞いてくれるのならば代金を支払ってもいいくらいなんだが」
「ちょ、ちょっと。わ、私は身持ちが固いんだから。そんな簡単には私の身体をもてあそぶなんて許さないわよ」
私は自分の身体を抱き締めるようにして身を守りながら、ヒューリを見据える。
少し睨み付ける感じで見てやった。
私はまだまだ清いままでいたいんです!
「……いや。お前が前からアホなのはよく知っているが、そうじゃなくてだな。……まぁ、契りを結ぶのは吝かではないんだが……って、そうじゃない。実は、今度、俺の妹。覚えているか?」
「タレンさんだっけ?」
一個下の学年の黒髪の女の子だったかな。
「そう。そのタレンな。あいつの誕生日が来週にあるので、何かプレゼントでも買ってやろうと思うんだ。しかし、あんまり良いものが思い付かなくてな。そこで、同性のお前ならば、少しは良いものを選んでくれるんじゃないかと期待してな」
うーん。私、あんまりそういった女の子女の子した趣味がないから、難しいような気もするが。
普通に選ぶと、魔法用の植物とか、鉱石とか選びそうだ。
「で、よかったら、一緒にバザーへの買い出しに付き合ってくれたりするとうれしいと思ってな……どうだ?」
……ふむ。妹さんへのプレゼントですか。
まぁ、お兄ちゃん大好きっ子のタレンならば、何を買ったとしても、「ありがとうお兄さまもう私たち結ばれるしかないわだから私のすべてをもらってください!」まで一息に言いそうな気もするが、まぁ、いいか。
「この調べものがあともうちょっとで終わるから、それまで待てるならば、そのあと付き合うけど。どうする?」
「お。それはありがたい。恩に着るぜ。そういえば、お金はいかほど必要だ?」
「いらないわよ。さすがに買い物に付き合う程度で、友達から金をせびったりはしないわ」
ヒューリは私をなんだと思っているのか。
そこまで私は守銭奴ではないぞ。
そんなわけで、一緒に買い物に出掛けることになりました。
◆◇◆◇◆◇
「お、あそこのドーナツ美味しそう。一つ買っていこうかしら?」
「あら? あのブレスレットちょっと可愛いかも」
「ふーん、新しい革靴か。だいぶすり減ってきたので新しいの買おうかしら」
「……いやな。たしかに、買い物に付き合ってくれと頼んだのは俺だが。なんで、お前の買い物がメインになっているんだよ! しかも、俺が荷物を持つことになっているし!」
「まぁまぁ。一応、私のお金で買っているしさ。女の子の荷物を持つなんて、騎士としては当然のことじゃない?」
「それでも、限度はあるだろ!」
むぅ、そういうものなのかな?
私としては良い荷物持ちがいるなくらいの勢いで、こき使ってしまっているのだが。
あ、妹さんへのプレゼントは、バザーについた瞬間にぴぴっときた、ウサギの可愛らしい置物をチョイスしましたよ。
サービスで、「タレンへ」と彫ってもらったので、彼女はきっと家宝にするであろうことは間違いない。
「ふー。まぁ、これくらいの買い物で今日は許してあげますか。で、一応、騎士様」
「なんだよ」
「私としては、その荷物を全部もって家に帰るのは、淑女としては、辛いのです。そこで、騎士様のお力を借りとうございます」
「まぁ、要約すると、家まで持っていけ、と」
「理解が早くて助かるわね」
私は清々しい笑顔を浮かべた。
ヒューリは、両手いっぱいに持った布の袋を見ながら、ため息をつきつつ呟いた。
「飯くらいおごれよ?」
「ふふふ。私の手料理を振る舞ってあげよう」
「……あーたのしみだなー(棒)」
こいつはどうやら私を見くびっていますね。
よーし、私の実力を見せてやろうじゃないか!
帰宅したあとに、急ぎ作った夕食。
今日の献立は、セロリと林檎と和えた後、塩、ハーブ、ひまわり油で味付けをしたサラダ、白身魚をひまわり油でからっと揚げて、香草風味のクリームソースを絡めた揚げ物、ニンジン、玉ねぎなどの野菜と、羊のもも肉、それに豆を煮込んだスープ、そして、固いパンに卵と砂糖をからめ、カリカリに焼いたフレンチトースト風のデザートもつけてやった。
どうかね、お味の方は?
「……お前。良い奥さんになるよ」
誉めても、なんにもでないよ?
「そういえば、お前のお父上、ガンバルド殿だが、暫く、こちらに帰ってくるみたいだぞ」
「おや、珍しいことね」
父が国に戻ってくるのは非常に珍しい。
ふと、私の影をみると、銀狼のスーナが姿を表した。
普段は密かに私の護衛をしてくれている相棒だ。
『魔法界からの魔力供給の量が最近、少しおかしい。何事もなければよいが、警戒を推奨する』
「ん、わかった」
「魔法界の様子といえば、最近、帝国の方からキナ臭い噂を聞くんだよな。腕のたつ魔術師で構成された魔術師団を作ってみたり、この前、俺らが遭遇した兵士たちが使っていた新型兵器とかの一部配備とか、な。俺なんか、いつ騎士団に召集されるかわからんし、なかなか、うまくいかないもんだな」
「ヒューリって、戦馬鹿で、戦っていれば幸せ、とかじゃないの?」
「たわけが。何を言うか。軍人にとっては平和が一番いいんだぞ。それでいて防衛戦は最悪だしな。戦闘の主導権をとれないし」
『しかも、国土が蹂躙されるままになる、と。まぁ、人間同士が争う構図は、魔界でもそんなに変わらんよ』
スーナが重々しい声で同意した。可愛らしい子犬のような姿ではあるが。
「そういうこと。そう考えると、予防のために敵国に攻め込むのは、国防の観点から合理的ではあるな」
……んー、矛盾よね。戦いたくないけど、攻め込まれるよりも、攻め込んだ方がマシだから、戦端を先に開かないといけない。
「まぁ、なんにせよ、平和が一番ね」
「そうだな」
私のつぶやきに、ヒューリがお茶を一杯のみながら頷いた。
次回は、11/27(月)更新の予定です。