第十八話 夏季遠泳訓練に来ています
「海だー!」
私は子供のようにはしゃぎながら、海に飛び込む。
まぁ、カスピ海のように、実は湖です、というオチもありうるが、それでも、私の認識的にはこの大きな水溜まりは海だ。
ただ、リットリナ王国は常夏の国ではないので、白い砂浜、青い海、ではない。
まぁ、それでも、海の色はエメラルド色の綺麗な海で絵にはなる。ただし、砂浜は割と薄灰色であり、ちょっと絵面としてはどうかとは思うが。
まぁ、気にしない。
私はとりあえず、服を脱ぎ散らかすなり、いの一番で海に飛び込んだ。
ふー、気持ちがいい。
さすがに、夏場になると、日本と違い、からっと乾燥はしているものの、暑いことは暑い。
なに? 水着?
残念ながら、我々がイメージするような水着はこの世界にはないのです。
ただし、下着のような布を身体にくくりつけて、恥ずかしいところを隠すことはします。
で、そのまま海に突入。
あとは海から上がったら着替えるだけ。
うーん、もうちょっと泳ぎやすい、海水浴用の服とか開発したら売れるのかなー?
私たちは、今はここ、南のコスターナ地方にある王家所有のプライベートビーチに訓練のために来ています。
え? 学校はどうしたって?
はい。学友たちは、もう少し遠くの海辺にある海水浴場にて、遠泳の訓練をしております。
それに対して私は特例として、こちらのビーチにて水遊びをしているわけです。
まぁ、なんでこうなったのかというと簡単な話なんですが、
「こちらにおいででしたか、フォリナー様。そろそろ、殿下の運動の時間ですので、よろしくお願いいたします」
「はい。わかりました!」
今、私は、ベルモンテ王立魔法大学校における、ケイメル王子の個人的な助教をしております。
いわゆる、チューターというやつですね。
二ヶ月前のあの騒ぎの後、権力争いのために、結構、国中が揉めたのですが、首謀者のグヌート王子がすでに帝国に亡命してしまった後だったので、国内のグヌート王子派の抵抗は極めて弱く、割と短時間で 彼らは粛清されてしまいました。
その後に実権を握ったのが、ヒューリのお父上の近衛騎士団団長のキャンベル・ドーチン公爵と、ケイメルの義理の父親アンチボルト・リットル侯爵。
彼らは、今回の事変を収めた功績で、それぞれ侯爵から公爵、辺境伯から侯爵へと階級が上がっております。
……正直、私の手柄を横から取られたような気もしますが。
そして、正式に王家に復帰したケイメルは、王位継承権第一位の王子としての執務を執り行いつつ、学校にも週の半分くらいは来てます。
あと、ヒューリも今回の件で、騎士受勲を受けたらしく、晴れて近衛騎士様となりました。
なので、もう学校にくる必要はないみたいですが、個人的にケイメル王子の警護役兼友人を続けていて、彼もケイメルと一緒に学校に来てます。
ヒューリはドーチン家の地方領の一部をこの度正式に相続し、自分自身も辺境伯に封じられました。
「ヒューリ卿」とか周りから言われているのをこの前聞いてしまい、ちょっと笑えるときがあります。
……そして、私ですが、魔法大学校の助教として給金と爵位(男爵)をいただき、学生と家庭教師の二役を勤めております。
ついに、私にも定職が手に入りましたよ!
しかし、お給金をもらって気づいたんですが、明らかに養父の財力には到底及ばない額なのです。
一体、父はどこで、あれだけの大金を稼いでいるのかが謎で仕方がありません。
さて、そろそろお仕事をしましょうかね。
「では王子! まずは水に入ってみましょう」
「王子は恥ずかしいなー。ルシフ。今まで通りケイメルでいいって言ってるのに」
ケイメルはだんだんと少年らしさが後退し、青年っぽさがでてきている。
見上げると、そのさらさらした金髪が海風にたなびいて、かっこいい。
まさに、王子様、という感じだ。
「いえいえ。公私の区別をしませんと。学生としての私は、殿下を友達として呼び捨てにしますが、助教としての私は殿下を呼び捨てにはできません」
「……うーん、ルシフって、そういうところは固いよね」
「はい。では、始めましょう!」
私たちは海に慣れさえすればいいので、そんなに真面目に訓練をする必要はないのだけど、せっかくの機会なので、遠泳をした。
かなりの距離があるので、体力は使うが特に問題なく泳げた。
ケイメルはこういった持久運動は得意らしく、泳ぎは多分私よりもうまい。悔しいことに。
それでいて、相変わらず白兵戦闘は苦手みたいだ。
まぁ、人間どこかに苦手なものがあった方がいいでしょう。
とりあえず、一時間ほどひたすら泳いだので、残りの時間は普通に水遊びをすることにした。
あー、楽しいなー!
「おーい! 俺も混ぜてくれや」
向こうから、私の幸せな時間に土足で上がり込んでくる無粋な男がやってきた。
ヒューリは、短パン姿で、腰に短剣を帯びている。
髪の毛は短めの茶髪で、目の下にある刀傷が精悍さを際立たせている。
その体つきは恐ろしく強靭に鍛え上げられており、私なんかだと、首をポッキリと折られそうだ。
「あんたは、向こうで一人で泳いでいなさいよ!」
「連れないこと言うなって。な、ケイメル良いだろ?」
「……うん。いいよ」
ケイメルがにっこりと天使のような笑顔を浮かべた。
ケイメルはヒューリに甘すぎる!
◆◇◆◇◆◇
あれからもう二ヶ月が経とうとしている。
僕、ケイメル・リットリナは皇太子としての儀式を無事に執り行い、こうして、今は王室に無事に返り咲くことができた。
親友のヒューリそれに、僕の……僕の大切な友人、恩人と言ってもいい、ルシフには、返しきれないだけの恩義を感じている。
彼らと一緒に死線を潜り抜け、こうして、無事に学校生活を遅れていることが、いかに幸せなことかと感じる。
でも、なぜだろう。
ヒューリとルシフが仲良く談笑してい姿を見ていると、妙な胸騒ぎがする。
この胸をかきむしられるような鈍い痛み。
僕はなんでもないことのように彼等に笑顔を浮かべた。
僕自身を騙すためにも。
次回は、11/25(土)に更新の予定です。