第十六話 生餌
……うーん。証拠、証拠。
証拠さえあれば、なんとかなる。
でも、証拠がない限り、私たちは防戦一方。
でも、ケイメルの話では物証はないって話だし。
私はそこまで思考を進めて、最後に残った解決方法に気づいた。
……もしケイメルの発言が正しいのであれば、証拠は一つだけ残ってる。
しかも、それを大多数の証人の前で公開をすることができれば、言い逃れもできない。
あとは、どうやってそのシチュエーションにもっていくか。
私は、思考をさらに続けた。
◆◇◆◇◆◇
「なに、その話は本当か?」
「はい。学園に忍び込ませている草からの報告です」
「そうか。……しかし、その話が本当ならば、奴らは護衛をつけず、少人数での移動になるな。ならば余にとっても千載一遇のチャンスではあるな。だが、話がうますぎないか?」
「しかし、かの場所は、我らのホームグラウンド。仮に何かが問題となっても、いかようにもできましょう」
「ふふ。それもそうか。であるならば、余も間近にて見物をせねばなるまいて」
「か、閣下。それは危険すぎませんか?」
「なに、今回で最後になるのだから、最後くらい、くたばった顔をみてやらんとな。ここまで、散々手こずらせてくれたのだから、それくらいせねば、余の気が収まらん」
「は! では、我々の方で支度をさせていただきます」
「うむ。よきに計らえ」
◆◇◆◇◆◇
がたんごとん。
馬車の上からこんにちわ。あなたの心の恋人ルシフです。
って、違う。
……失礼しました。
今、私たちは国王直轄地。ハイランド地方にやってきております。
最近は少し気温が暑くなってきて夏の息吹を感じる昨今、ここハイランド地方は高原であるためか、低地よりはやや気温が低いのです。
しかし、頬に吹き付ける風は暖かみを帯びて気持ちが良く、夏の避暑地としてみれば非常にベストな観光地な気がします。
私とケイメル、それにヒューリの三人で、今は、ハイランド地方の魔法鉱石の調査ということで、こうして現地調査にきている。
一応、現地にあるヒューリの親戚の館にて世話になる予定である。
なんで、こんな地方にまで、私たちが学生旅行に来ているのかと言えば、まぁ、私たち自身を……
「こんなみえみえの餌にグヌート王子がひっかかるか? 」
サンドイッチを頬張りながらヒューリが私の立てた作戦にケチをつけてきた。
ちなみに、そのサンドイッチは私の手製だからね。
「あんたが、ここの鉱山の採掘権をグヌート王子お抱えの商人が独占しているって教えてくれたんじゃないの。……そして、その時に王子が相当黒いことをした噂があるってことも」
「そうだけどよ。でも俺たちをダシにしておびき寄せるって、それって博打みたいなもんじゃないか」
ヒューリが至極全うなことを言う。
私のサンドイッチを頬張りながら!
今回作ったサンドイッチは、黒パンの間に燻製肉とチーズ、それに塩漬けキュウリを挟んだシンプルなものだ。
しかし、この世界ではサンドイッチが存在しなかったので、最初怪訝な顔をされた。
……私の昔の記憶も最近はだいぶ薄れてきたため、たまに記録してあるノートを読み返して記憶をはっきりさせるように努力もしている。
また、日本語をだいぶ忘れるときがあるので、漢字にルビもふりはじめた。
たぶん、いつの日か全部忘れてしまうかも。
思考を今に戻す。
「私が言いたいのは、そこまで思い入れがある場所ならば、あいつは絶対に私兵を駐屯させているはず。一応、あんたたちも調べたじゃないの。そして自分の子飼いが周りにいる土地だから、あいつは絶対に油断するって」
「でも、逆に言えば回りは敵だらけ、ってことだろ? 俺たちを生き餌として、相手が喰いついてきたとして、そのまま食べられるってのはゾッとしないな」
「……でもヒューリ。このまま、なにもしないで、じわじわと真綿が絞まるように詰んでしまうよりは、乾坤一擲の勝負にでるのは、僕は悪くないと思うよ。あと、ルシフ。このサンドイッチとジュースも美味しいね」
ケイメルが、私の援護をしてくれた。
ありがとうケイメル!
ちなみに、ジュースは、煮沸した水と、レモン汁、それに蜂蜜を加えた私、特製のジュースだ。
味は某有名なジュースを薄くしたような微妙な味だが。
……しかし、ケイメルのその横顔を見ていて、最近、ケイメルもだいぶ、大人びてきたように思う。
昔のような可愛らしさの面影は残っているが、男の子としての鋭さみたいなものが出てきている。
また、ヒューリの方は性格はあれだが、見た目に関しては背がぐんぐんと伸び始めており、こいつは出会った頃から大きかったが、今はそれにますます拍車がかかってきている気がする。
「まぁ、仮にうまくいかないにしても、脱出するための手立てだけは立ててあるわけだし、まぁ、なんとかなるんじゃないかな」
おおらかに笑うケイメルを見ていると、昔に比べてだいぶ、大人物になってきたな、と感じる。
肝が座ってきている。
「……しかし、まぁ、ルシフがいればなんとかなるな、とは思うが。あれを見せられたからな」
ヒューリの言葉に私は、胸を張って威張る。
「本質的には異世界交信と同分野の魔法だったしね。しかし、学校の図書館で調べてみて、あんまり、あの分野の魔法が研究されていなかったのはびっくりしたけど」
「まぁ、使用するために必要な魔術量の割りに用途が限定的だしね。今回のだって、準備に三ヶ月はかかったわけだし。あと相当量の魔法鉱石を使うことになりそうだしコスト的にもな」
「そこはまぁ、スポンサーがなんとかしてくれるでしょう。あの魔法は元々、軍事用途での司令部の保護魔法だしね」
「これが失敗したら、たぶん僕は責任を取って首を吊るしかないかも」
ははは、と朗らかにケイメルが笑った。
う。そこまで、思い詰めているのか。
私としては後に引けない気持ちで、ケイメルを見つめた。
◆◇◆◇◆◇
その後三日間、馬車に揺られてヒューリの遠縁の方の別邸に、早朝に到着した。
建物は一部が二階建ての、平屋の木造のお屋敷で、周囲に簡単な堀と柵が設けられている。
ぱっと見ると簡易な砦に見えなくもない。
まぁ、私たちには籠城できる装備はないから、囲まれたら終わりだが。
私は自分の部屋を借り受けて、荷造りをほどく。
机が一つ、ベッドが一つのシンプルな部屋だ。
なんとなく、昔、修道院で暮らしていた日々を思い出す。
一応、私たちの他に使用人を四名連れてきており、さらに現地スタッフとして、その倍の八人を雇いいれた。
「どうかしらヒューリ?」
「……玄人が紛れ込んでいるな。どうやらちゃんと餌には引っ掛かったみたいだぞ。驚くべきことに」
「あと、さっき魔法で王城に確認をとったけど、グヌート王子、ちゃんとタイミングよく姿を隠したみたいよ」
私はケイメルの方を見つめた。
「まぁ、ここら辺まで来ていてくれると嬉しいね」
そういったケイメルは、今は鎧合わせをしている。
今回はケイメルが餌みたいなものなので、有事の際にはなるべく防御力を上げておきたいので、渋るケイメルを説得して、鉄板で補強した鎖帷子を着込んでもらうことにした。
それと、私は最後の準備をしないといけない。
私は、夕方までかかって、ホールの床に魔方陣を書き込んだ。
最悪、今日の夜にでも強襲されるかもしれない。
まぁ、相手もそんなに急いでいないと思うから、取り越し苦労かとも思うが、とりあえず、準備だけは整えておく。
そして、夕食の時間となった。
今日は一日中働いていたのでくたくただ。
夕食には、羊肉と豆を煮込んだクリームスープと、オニオンとパスタのグラタンをいただいた。
それに現地の伝統料理だという、ベリーとスパイスで味付けした林檎の蒸し焼きに舌づつみをうった。甘さが引き立てられていて、生で食べるよりも遥かに甘い。
食事のあとはお風呂だ。
お湯をたっぷりと入れた浴槽に横になりながら、身体中の力を抜く。
極楽、極楽。
そんな私のリラックスタイムを破壊してくれたのは、風呂場に駆け込んできたケイメルの一言だった。
「大変だ、ルシフ! 周りを囲まれた!」
必死の形相で入ってきたケイメルと目が合う。
そして、ケイメルの視線が左右に踊り始めほほが赤くなる。
「ご、ごめんなさい!」
そういって、向こうを向いてしまった。
ふふーん。初ですねー。
ちょっとだけ、得意気になるが、遊んでいる暇はない。
「別にいいよ。それよりも敵襲だね! じゃあケイメルは、当初の予定通りにお願いね」
「うん。わかった!」
走っていくケイメルの後ろ姿を見つめながら、心の鉢巻をぎゅっと締める。
さぁ、ここからが本番だ。
みんな、私の脚本通りに、動いてよね!
次回は、11/21(火)に更新の予定です。