第十三話 お城勤めは大変ですぅ
「では、お嬢さん。私とも、一曲、よろしくお願いいたします」
……そ、そろそろ勘弁してほしいのだが。
「はい。喜んで」
後で聞いた話だと、このおじいさんは公爵閣下だということだが、なかなかに優雅に踊っている。
この人でそろそろ踊った人数が二桁になるんじゃないのだろうか。
ケイメルと一曲踊り、公式の時間が終了したと同時、老若の区別なく、様々な人たちから声がかかり、ひっきりなしに踊るはめになっている。
「君は若いのに優秀だと聞いている。どうかね、私の孫を紹介したいのだが」
「すみません。父の方針で、私にはまだ早いと」
「ふうむ。まぁ、ガンバルドが、そういうならば仕方ないか。いつでも声をかけてくれれば、紹介するからな」
「あ、ありがとうございます。閣下」
踊りが終わった後に公爵から、ありがたーいお話を伺う。
まぁ、さっき若い貴族にプロポーズされたばかりだけど。
こういうところでやめてほしいなー。
少しは私の立場に配慮して欲しい。
ひーひー言いながら踊り続け、なんとかパーティーのタイムアップで終わりとなった。
まだまだ周りには、私に声をかけたそうな若い貴族がいたけれど、終わりの挨拶と同時、急いで部屋から出ました。
もう勘弁してください。
結局あの後、知り合いとは全然会わなかったなー、ケイメルや、ヒューリはたまに、ダンスしているときにすれ違ったので、人気ものだったのかな、と推定している。
さすがに疲れたので、今日はもう帰宅して寝ます。
◆◇◆◇◆◇
……と思っていたのに、なぜこうなった。
「ルシフ君は、今日のダンスパーティーは楽しんだのかな?」
「は、はい。陛下。でも、まさか、陛下もいらっしゃるとは」
「結局、時間がなくて、こうやって、終わった後にしかこれなかったがの」
そうなのだ。
あの後、さぁ、帰ろうと思った矢先、城の役人に呼び止められ、なぜか、城の小部屋へと案内(というよりも拉致)され、そこに国王陛下が、やってきて、なぜか面談をすることになってしまった。
どうしてこうなった。
何か話さないと、と思いながらも、ただただ、挙動不審にしている。
とりあえず、やることもないので、机の上のお茶をいただきながら、お茶うけのドーナッツを頬張る。
お、白砂糖がかかっている高級品だ。
しかし、何も話すことがない。
「……ところで、ルシフ君は父君、ガンバルドの仕事については、何か聞いているのかな?」
「いえ。何も。父は年に数日しか戻ってきませんし。あまり、自分のことは話さない人ですから」
「……そうか。いや、ならばそれはそれでよい。時が来たら本人から聞くが良い。ところで、この度は学業で優等と評価されたと聞いたが、まことに、天晴れじゃの。冬の晩餐会のときも言ったかもしれんが、君は我が国の宝じゃな。さて、そんな努力家の君に、わしからも、何かプレゼントをしようかのー」
「い、いえいえ! そ、そんな、おそれ多いことでございます!」
私は慌てて抗弁する。
これ以上の特別扱いは困る!
ここで、変なフラグをたててもらうのも困ります!
「うーむ、そうさな。どうじゃ、この春休みの間だけ、城の生活を体験してみるかの? 女官見習いという位置付けになるがの。少し城の内実も勉強するのも、将来を考えれば悪くないことじゃろう」
む? お城の役人見習いですか。
プレゼントと聞き、金品を予想していた凡俗なる平民な私ですが、この提案は斜め上の回答だった。
たしかに、女官、正式には、王宮付け女性事務官は、通常ですと伯爵以上の良いとこの子弟でないとなかなかなれない役職なので、出世を考えれば悪くはないのです。
内容も、近衛や宮廷魔術師たちとは違い、血生臭いものでもなく、城内の各種庶務を取り仕切る役職。
実際の下請け仕事自体は平民の専門家がやるので、その監督と王族との直接の御用聞きがメインな仕事となる。
この世界で生きていく限りでは、かなり勝ち組といえるだろう。
私は頭のなかで瞬時に算盤を弾き、計算をする。
リスクとリターン。
私の灰色の脳細胞が冷徹な計算結果を導き出す。
「……じゃ、若輩者ではございますが、誠心誠意、勤めさせていただきます」
「君のような可愛い娘が、登城するだけで場が和やかになる、というもの。期待しておるぞ」
こうして、私はお城にしばらく、仕えることになりました。
◆◇◆◇◆◇
「あんたほんとどんくさいわね」
「ねぇ、なんで、私が今望んでいることをわからないの?」
「もういいわ。下がってちょうだい」
……辞めます。
もう、女官なんて辞めます。
美味しい話には裏がある。
昔からの格言が頭をよぎります。
私が登城して、その担当となったのが、王位継承権第一位のグヌート皇太子のご息女、ヘンリエッタ姫なのだが、実に扱いが難しい。
年齢的には私よりも三つ上。
見た目は、まぁ、美人の部類かと思う。それに胸が大きい。
それだけでも許せない気持ちなのに、さらに輪をかけて嫌なのが、わがまま過ぎることだ。
我慢という概念を誰か教えてやってよ、と思う。
まぁ、聞くところによると、母君はもっとすごいらしいので、この親にしてこの子あり、というところか。
その母君は公爵家の娘だったというから生粋の貴族様だ。
根っこが平民私とは、根本的に価値観が異なるので、なるべくお近づきにならない方がお互いのためなのだと確信した。
やはり、将来の城務めは避けよう。心の底で固く誓う。
あと彼女の父親のグヌート皇太子についても、あんまり城にはいないみたいだ。
口さがない噂に基づけば、城の外に妾を囲ったり、あんまり、素性のよろしくない商人などともつるんでいるらしい。
あー、この国は、まともな今の現国王が逝去したら本当にヤバいと思う。
切実に。
私としても、さっさと、別の国に逃げないと、なんて思ってしまう。
ヘンリエッタ姫からの罵詈雑言を鋼鉄の意思で聞き流しながら、おつかいとして命令された、山のようなお買い物リストを部下たちに次々と割り振っていく。
しかも、一応目安として与えられている予算の中でやりくりしないといけないので、御用商人と丁々発止とやりあい、なんとか予算内に納めた。やれやれ。
「ルシフ様はまだ小さいのにしっかりしていらっしゃる。将来の旦那様はきっと幸せ者ですよ」
なぜか、部下のおばあさんに誉められる。
えへへ。そんな誉めても何も出ませんよ。
「あ、ルシフ。今日の夜の舞踏会に持っていくお土産を買ってきなさい。そうね、アクセサリーが良いかしら」
「……仰せのままに」
だめだ。このままだと王室の財政も破綻する。
私としては暗澹たる気持ちになりながら、財務官に相談に行くことにした。
◆◇◆◇◆◇
「腰巾着の小娘が城に来ているのか」
「はい。お父君が推挙とのことで。家柄の観点から、だいぶ反対意見があったのですが」
「父上にも困ったものだ。我が国の秩序の大事さを全然理解してくださらぬ」
「兄君様も……」
「……その話は二度と口に出すな」
「も、もうしわけありませんでした」
「うむ。しかし、このまま城に居座られるのも業腹。しかも、腰巾着としても、少々うざったく思えてきた」
「では、消しますか?」
「ん。任せる」
「御意」
次回は11/15(水)の更新予定です。