第十二話 踊れや踊れ
『もはや、君たちを害する意思は私にはない』
そういって、銀狼は床に寝そべってしまった。
それでも、ヒューリや兵士たちが、抜け目なく警戒をしている。
「では、銀狼よ。あなたが知っていることを教えてもらえないだろうか?」
ケイメルが緊張した声音で銀狼に問いかける。
だが、銀狼は首を横にふる。
『申し訳ないが、それは契約により答えられない』
「そうか……」
がっくりと項垂れるケイメル。
『だが、これを渡すことは許されているだろう』
そういって、銀狼は口をモゴモゴさせて、口の奥の方から何やら、取り出し、床の上に置いた。
金色のリングで、細かい紋様がびっしりと刻まれている。
『これが、先の契約における魔法の品。これが、もしかしたら、なんらかの証拠になるかもしれない』
「……ありがとう」
そういって、ケイメルはリングを拾った。
『あとは、一つだけ、まことに勝手なお願いなのだが、そこの少女に願いがある』
銀狼が私の方を向いた。
「え? 私?」
一体全体、私に何をせよ、と。
『うむ。このままだと我は間もなく魔術界に戻らねばならなくなる。だが、この世界において新たな契約主を見つけることができれば、そのまま、この人間界に居続けることができる。勝手な願いだと重々承知しているが、そなたに、新たな契約主になってもらえないだろうか? 先程の戦いで、そなたならば、私を御すことも可能だと見込んでいるのだが』
って、いきなり魔物と契約ですかー!
まぁ、それなりのレベルの魔法使いならば、契約することもあると、本では読んだことがあるけども、いきなり高位の魔物、というのは若干気後れする。
しかし、ここまで人間界に慣れた魔物もそうそう見つからないのも事実だし……。
逡巡すること数秒。
私は意を決して頷いた。
「!? 危険ですよ、ルシフ!」
ケイメルが慌てて止めようとする。
「さすがにルシフでも無茶だろ」
呆れたようにヒューリも同意する。
だが、私は決心したのだ。
どんなに心配されようが、決めたからにはやりますよ。
女は度胸、なのです。
『では、我の門の魔法記号を読み取ってくれ』
私は意識を集中させて、魔法でできた、門と形容されている、魔術的な孔を意識する。
すると、そこに魔方陣のように記号が浮かび上がってきた。
「うん。読める。えーと、『我、魔法王との千年の古き契約の基に、汝との新たなる契りを結ぶ。銀の鍵をもて開くは魔術の深淵。我は甘美なる供物を捧げ、汝は契約に従い道を示せ』かな」
言い終わると同時、目の前の銀狼が光輝き、辺り一面を眩い光がつつむ。
「ん、な!?」
『ここに、汝との契約はなった。我はそなたを新たなる主人と認め、そなたの剣となり盾となろう』
厳かな声が聞こえたかと思うと、目の前には小さい銀の毛並みが美しい、ワンちゃんがこちらを見ていた。
やだ。くりっとした目がかわいいんですけど。
「えーと、こいつが銀狼なのか?」
ヒューリの間延びした声がホール中に響いた。
◆◇◆◇◆◇
ダンスパーティー当日。
皆さん、さすがにいつもとは気合いの入りかたが違い、各々、これでどうだと言わんばかりのお召し物を着込んでいる。
皆さん、ドレス姿がとっても素敵ですよ。
会場は学校ではなく、城内にあるホールを貸しきって実施される。
さて、私は今回はピンク色のドレスだ。縁のところの花の刺繍がちょっとお気に入り。
アクセサリーは、いつも通りの赤い宝石だが、今回はネックレスからブローチに作り直してもらっており、花の間にさりげなく着けている。
「お、馬子にも衣装とはいったが、なかなか似合っているじゃないか」
ムカつくことを平然という、この狸は、いつの日か絞めて、狸汁にしてやる。
私は、キッとヒューリを睨み付ける。
「あれ? ヒューリはなんで部屋の中にいるのよ。外で、警備の仕事をしないといけないんじゃないの? 早く外に行きなさいよ」
「おいおい、そんなに邪険にするなって。今回は俺も普通にパーティーに参加だぞ。後、今日は非番だから働かねーよ」
ふーん。そうなんだ。
「あ、そういえば、今日はお姉さんと踊るんだっけ。モテる男は辛いねー」
私は意地悪な顔でいってやった、ついでに肘で、ヒューリの胸をちょっと小突いてやる。
「ってーな。……そんな生易しいもんじゃねーんだけどな。その点、ケイメルとお前は良いよな。楽チンで。回りの連中、結構、お前たちのこと狙っていたのが多かったんだぞ。でも、結局、お前たちで、組んじまったもんだから、皆、嘆き悲しんでいたな」
ほー。それは、初耳だ。
まぁ、確かにケイメルはかわいい顔立ちをしているから、上級生の女生徒に人気があるとは聞いたことがある。
それに引き換え、私なんて、平々凡々な下級貴族だしなー。
「まあ、ケイメルはわかるかなー。なんせ素直で良い子だし。あと可愛い顔立ちに、辺境伯のご子息という身分。……でも、私なんて需要ないでしょ。養父は有名だけど所詮男爵だしね。あ、でも、うちの学校、女生徒の人数が少ないから、最低限の需要はあるのか」
「……お前。自己評価低すぎだな。でもまぁ、ダンスパーティーでは、最初の式典こそパートナーが決まっているからいいけど、式典終了後の自由時間になったあと、どうなるか楽しみにしておけよ」
そんなことをニヤリとヒューリが笑いながら言い、そして立ち去ってしまった。
いったい、なんのことよ。
……しばらく、蜂蜜酒をいただきながら、壁の染みになっていた。
花と表現しても許されるかしら?
度数の高い麦酒や葡萄酒は私は苦手だ。苦いし。
とりあえずチーズや、果物などをパクパクといただく。
回りを見ると、皆、しゃべってばかりで、パクついているのが私だけというのが悲しい。
これも元庶民の性なのです。
「えーと、お食事中悪いのですが、ご挨拶よろしいでしょうか、ルシフさん。この度の本学の優等の授賞、まことにおめでとうございます。あ、私は高等部二年の……」
といって、一人の男子生徒が挨拶をしてきたのを皮切りに、次から次へと私にも声がかかるようになった。
しかも、学友だけでなく、列席の方々からも声をかけられた。
多くは、一年次最後の試験での成績が、近年での最高を記録したことの賛辞だ。
そして、そのために不相応ながら、今回、三名しか授賞できない「優等」をもらえたのは、まぁ、嬉しいと言えば嬉しい。
ただ、その賛辞に付け加わるのが、「さすが、ガンバルド様のご息女」、だ。
「過去最高」は養父が三十年前に達成してから誰も覆していないらしく、そこは、魔法使いとしては、ちょっと嫉妬する。
……でも、いつか越える。
そうやって、にこやかに応対していると、目のはしで、こちらにケイメルがやってくるのが見えた。
「やあ、ルシフ。遅くなってごめんね。そのドレス、花の刺繍が特に可愛いね。君によく似合っているよ」
「うふふ。ありがとうケイメル。今日はよろしくね」
歯の浮くような台詞も、ケイメルが言うと、まるで小説の中の王子さまの台詞のように、違和感がない。
さすがケイメル。
「今日はスーナは連れてきていないの?」
「うん。おうちでお留守番。さすがに、あの子をここに連れてくるのはやめたわよ」
スーナとは、私が先々週に、使い魔として契約した銀狼だ。
といっても、私のスキルだとまだ、その力を完全には使いこなせておらず、見た目が子犬みたいな感じになっている。
ちなみに、あの銀狼騒動の後、シュナイデル先生は急遽退職という扱いなった。
残念ながら、私の今の魔力だと、人間の姿を維持するのが非常に億劫なのだ。
……そう考えると、元の契約者は、全身全霊をかけて維持していたのかもしれない。
「じゃあ、ルシフ。そろそろ僕たちも並ばないと」
「うん。じゃあ、今日のダンスのリードはお願いね」
「はい。我が姫よ」
そういって、ケイメルは恭しく膝をつき、私の手の甲にキスをする。
まさに姫に対する騎士のそれだ。
おぉぉー、良いシチュエーションだ!
……ダンスは割とスムーズに踊れた。
まぁ、それなりに練習をしたので、当然と言えば当然だが。
踊っている最中、周囲の視線を割と独占していたことも付記しておこう。
まぁ、ケイメル格好いいしね。羨ましいだろう!
すみません。
書きだめがなくなってきたので、二日に一度の更新にさせていただきます。
次回は、11/13(月)の更新になります。