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第十一話 体育館での戦い

 がちゃり。

 先生の言った通り、体育館入り口の鍵は開いていた。


「ちゃんと開いているね。じゃあ、中に入ろうか」


「うん」


 ケイメルと二人、少し薄暗い体育館の中に入る。

 そして、入口から右手の方向に向かってホールを抜けていき、小さな十二畳ほどの部屋に入る。

 壁の近くに設置されている油ランプに灯をともすと、仄かに部屋の中が明るくなる。


「……な、なんだか緊張するね」


「そ、そうね」


 なんで、私たちは緊張しているんだ!

 単にダンスの練習をしに来ただけじゃないか。

 とりあえず、基礎のステップから復習しようということで、指と指を絡ませ、身体を密着させ、ステップを踏む。


 な、なんだか、妙な気分になってくる。

 少し薄暗い部屋の中で、こうまで密着して、言葉を交わさず静かに踊っていると、相手の息遣いだけが聞こえてくる。


「ち、ちょっと緊張しているかも」


「うん。もうちょっとリラックスしないとね」


 私がドキドキしている目の前で。やけに、ケイメルが真剣な表情をしている。


 も、もしかしてケイメル。

 わ、私のこと……!


 そしてふと、たまらなくこの心の情熱をぶつけたくなってきた。


「……ケ、ケイメル! わ、私ね!」


「しっ! 静かに、ルシフ!」


 へ?

 やけに真面目な顔でケイメルが制止をしてきた。

 私としては、なんで、ケイメルがそんな顔をしているのかが謎だ。

 何か私に言いたいことがあるんじゃないの?


 と、二人で静かに聞き耳を立てていると、ぎーっと、誰かが体育館に扉を開けて入ってくる音が聞こえた。

 それと同時、急に、物をひっくり返す音、何かが壊れる音、怒鳴り付ける音などが鳴り響いた。


「なっ!」


「ルシフ、こっちに!」


 そういって、ケイメルが奥の扉に私を引っ張っていく。

 はい? いったいぜんたい、これはなんの騒ぎですか?


 奥の扉が開き、中からヒューリが、顔を出した。


「さぁ、早くこっちに! 相手の数が予想よりも少ない。刺客がどこかに隠れているかもしれないから、注意しないと……」


「なんでヒューリがここにいるのよ!」


「説明はあとだ! 早くこっちに」


 とヒューリが叫んだと同時、耳をつんざく轟音とともに、天井が崩落し、何かが落ちてきた。


 そいつは、全身銀色の毛並みに覆われ、人間よりも一回り大きな獣だった。


「……銀狼(ボルフシルベ)


『久しいな。子供たちよ。元気そうで何より』


「……いや。久しぶりじゃないですよね、銀狼。それとも人間のときの姿、シュナイデル先生とお呼びした方がよろしいですか?」


 ケイメルが私と銀狼との間に立ちふさがりながら、そんなことを言った。


 え?

 シュナイデル先生?


『……根拠は?』


「否定はしないのですね。……一つは雪山で採取した銀狼の毛と、シュナイデル先生のそれとの比較。もう一つは、スキーでの班別の割り当て作業のときのその訓練場所の割り当てですね。割り当て作業を誰が主導したのか調べたら、すぐにわかりましたよ」


『なるほど。物的証拠と状況証拠の積み重ねか。ふふふ。……教師という職は、結構、隠れ蓑としては都合が良かったのだがな』


「あなたには、教えて欲しいことがいくつもあります。グヌート第二王子とあなたとの関係、それに、六年前の事件について、知っていることを教えてもらいますよ」


 そういって、ケイメルが服の中から短杖(ワンド)を取り出し構えた。


『……そんなことができると?』


「おおっと、お前の相手は俺たちだぜ。六年前のルンデンホフ第一王子夫妻の死因について、知っていることを全部吐いてもらうからな!」


 そういって、ヒューリと、その背後にいた兵士たち六名が、銀狼を囲うように展開する。

 全員、金属で補強された革鎧に身を固めて、槍を構え、完全武装だ。


『ふふふ。貴様たち程度の人員で私をどうにかしようなどと。なめられたものだな。……主からの、私への使命はそこの子供の抹殺だけだ。余計な殺生は好かない。他のものは立ち去るが良い』


 そういって、ケイメルの方ににじり寄ろうとする。


「へっ。俺たち近衛騎士としては、役目上それはできないな!」


 いきなり、ヒューリが銀狼に槍を突き入れた。

 合図なし、手加減なしで、奇襲っぽい先制攻撃だ。

 他の兵士たちも、次々に槍を突きいれていく。


 だが、銀狼は、その槍を避けるでなく、そのままケイメルに向かって突撃をしてきた。

 突きいれられた槍は銀狼に当たるや、穂先からへし折られ、只の木の棒となっていく。


「やっぱり、魔法的な攻撃じゃないと通らないな!」


 そういって、槍を捨て去るや、他の兵士たちと共に、次々に魔法攻撃を加えていく。


 だが、突進は止まらない。

 ここで、ケイメルがなにやら印を組んで、魔術を行使した。


「『鋼網(ネトブレイ)』!」


 鋼鉄の網が、銀狼に絡み付く。

 高レベルの魔術だ。

 たぶん、ケイメル一人の力ではとても行使できるとは思えないので、事前に準備をしていたのだろう。


 だが、銀狼は速度を緩めたものの、突撃は止まらずケイメルに突っ込んできた。


「だぁぁ!」


 鍵爪がケイメルに、届こうという間一髪のタイミングで、ヒューリが割って入ることに成功し、腰に差した短剣で鍵爪を受け止める。

 が、衝撃を吸収しきれず、身体ごと吹き飛ばされ、壁にめり込むくらいの強さで部屋の反対側まで飛ばされた。


 そして間髪にいれずに銀狼は、反対側の手でまたもやケイメルに襲いかかろうとした。

 今度は他の兵士たちが、次々と無謀な突撃を銀狼に繰り返しケイメルを守ろうとする。

 しかしながら、彼らは皆、血しぶきをあげながら、吹き飛んでいく。無力だ。


「あ……」


 ケイメルが呆気にとられている。

 たぶん、先程の魔術で、確実に仕留めることができると考えていたのだろう。


 鋼鉄の網に捕らわれながらも、銀狼は、その巨大な鍵爪を振り下ろそうとする。

 このままだと、ケイメルに、あの凶暴な凶器が、振り下ろされることは間違いない。


 ……が、私がいる。


 なにしろ、銀狼とはすでに雪山で出会ったのだから、次回であってもなんとかなるように全知全能をかけて対策を調べましたよ。ええ、いの一番に。


 わかったことは三つ。

 一つ、銀狼とは、魔術界に本体をおき、こちらの人間界には影のような形でその身を投影しているので、物理的な攻撃がきかず、魔法的な攻撃のみが有効。

 二つ、銀狼は魔法的な存在であるために、その攻撃は魔力を秘めたものとなり、また、魔法も使える場合がある。

 三つ、そもそも、銀狼という存在をこちら側に縛るためには魔法的な契約が必須である。つまり、その人間界へと縛っている魔法的な契約が、魔法界と人間界とを繋ぐ(ゲート)といわれるものであり、この門の制御さえできれば、銀狼を操れることができるのだ。


 私は、懐に忍ばしていた、薬草と、白銀の粉をあたりにぶちまけ、周囲に魔法的な力場を形成する。


 そして、印を結び、言霊を呟く。


「『開門(ゲートオーフェ)』」


 銀狼の振り下ろそうとする爪が、ケイメルの目前で止まる。


『こ、小娘。……お前、まさか』


「ふふふ。みんな私のことを過小評価し過ぎなのよね。私が勉強だけができるような小娘じゃないことを今からここで証明してあげるわ!」


 女は度胸だ、と昔聞いたことがある。

 私は自分が優秀な魔法使いであることを、今ここに証明しようと思う。


 私は、さらに、詠唱と複雑な印を結び続ける。


「『閉路(サキトクロス)』。さぁ、あなたのこの場での門との接続を一時的に切らせてもらうわよ!」


 銀狼が驚愕の、目付きでこちらを見ている。


『お。お前がそのような高等魔術を!?』


「ねぇ、もう動けないでしょ? 動けないでしょ? ……あなたと門との接続を一時的に切らせてもらっているわ。……あとは、あ、これね。あなたと契約主との接続を探らせてもらったわ。ふふふ。大丈夫よすぐに終わるから。そして、この魔法的に接続している接続先の人物こそが本命ってわけ。前回は私たちが狩られる番だったけど、今回は私たちが狩る側ね! さぁ、ゲームの始まりよ!」


 あぁ。気分がいい!

 雪山ではさんざんいたぶってくれたので、これくらいの仕返しをしないと気がすまない。


 今のこの場での会話はこいつの契約主にも聞こえているはずなので、どんな青い顔をしているのか楽しみだ!


 私が次々に魔法的な障壁を突破し、契約主までの魔法的な接続を辿ろうとがんばる。

 いくつかの障壁には、トラップが、仕掛けられているので、私の腕や頬に小さな裂傷ができていく。

 私は頬を流れる血を舌べらでぺろりとして、不適に笑う。


「さぁ、どこかしら!」


 近くのケイメルやヒューリがびっくりした顔でこちらを見ている。

 君たちは、そこで静かに見ていてね!


「お、この風景はどこかで見覚えが……。ん、お城?」


 私がそう呟くと同時、急に、接続が途絶えた。

 魔法的な接続がこんなに急に、切れることは通常ない。

 あるとすれば、術者が魂が、この世界にとどまっていないときだけ。

 ……つまり、口封じに殺されたのだ。


「くっ。逃げられた……」


 私は力なく、肩を落とした。

 意識を現実に戻すと、銀狼が何をするでもなく、静かに床に寝そべっており、ヒューリや、兵士たちが、銀狼を囲みながら警戒していた。


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