第十話 ダンスの練習をしないと
「じゃあ、あの人が容疑者なのかい?」
「間違いないですね。雪山でこれを発見したので」
そういって、彼は僕に手のひらの上のそれを見せた。
「これをどこで?」
「どんぱちしていたところの近くですよ。まぁ、それなりの人数を投入して発見しましたので、特別すごい働きをしたわけでもないのですが。……で、そいつを件の容疑者のものと比較してみたら、ビンゴってわけです。まぁ、他にも班分け作業とかの状況証拠をつけ加えてもいいんですがね」
「なるほど。しかし、そんな近くに刺客がいたとは……」
「木を隠すには森の中、とはよく言ったものです。さすがにあれだけの魔術反応なのに、これまで隠しきれていたんですから」
「本人の能力も極めて高いんだろうね」
「それに加えて、王家の魔術的な認可があるものですから、学校の防衛魔術の一部が働いていませんでしたよ」
やれやれと彼が肩をすくめた。
「じゃあ、作戦は手はず通りに進めるしかないね」
「そうなりますね。ですが、あなた方も相応の危険に巻き込まれるかもしれませんよ?」
「僕は、構わないけど……」
「まぁ、彼女はなんとか、我々の方で保護しますよ。それよりも、あなたは御身の心配をしておいて下さいよ」
「うん。わかっているよ」
「では、また教室で」
「ああ」
◆◇◆◇◆◇
「……えーと、ケイメル。お願いがあるんだけど」
「ん。ルシフ。どうしたんだい?」
そろそろ春を迎えようという季節。
寒さもだいぶ和らぎ、暖かい日も、ちらほらとでてきた日々。
ベルモンテ魔法大学校にやってきてから、間もなく半年になろうとしていた。
その間に様々なことを学び、充実した学校生活であったことは否定しない。
……のだが、色々と危険なことにも巻き込まれ過ぎている気がしないでもない。
まぁ、なんとかなっているから良いけど。
そして、入学から半年経った、この間もなく春を迎えようという季節。
私たち学生にはどうしても避けて通れないイベントがあるのだ。
「……もし、よかったらなんだけど、もし、ダンスパーティーのお相手がまだ決まっていないようならば……えーと、私、まだ決まっていないからさ、ほら。ね。どうかなーって?」
我が校では、間もなく最上級生たちの卒業式が始まるのだが、その式典に付随して、インフォーマルなイベントではあるが、ダンスパーティーがあるのだ。
一応、パートナーには、学校外の人間を選んでも良いので、家族をパートナーに選択する、ということもできるのだが、生憎、私には適任の相手がいない。
しかもそのパーティー、インフォーマルといいつつ、形式的ながら王族が個人的に主宰することになっているので、ある意味、貴族社会へのお披露目的な社交の場でもある。
そういうところで、誰それと誰それが踊っている、とかいう話だけで、様々な尾ひれがついて伝聞するものなのだ。
そうすると、よく知らない相手と踊るということには、やや抵抗を覚えるものなのである。
で、私としては非常に都合のよい話なのだが、ケイメル相手ならば、学校中では割と仲がよいことで有名なので違和感はないし、さらに、雪山遭難事件(対外的には、私たちは不運な雪崩事故に巻き込まれて遭難した末に生き延びて帰って来たことになっている)で一緒に生き残った戦友でもあり、お互いに気心が知れていると思うのである。
そう考えると、決して恋愛関係ではないものの、一緒に踊ることについては、別段、不思議がないのではないかと。そう思うのです。
ね。そう思うでしょ?
思うべきだよね。
ちなみに、他の候補としては、ヒューリもちらりとは脳裏に浮かんだものの、彼に関しては、うちのクラスの女の子二人に加えて、上級生や下級生の女の子たちも参戦して、激しいバトルが勃発してしまった。
その結果、最終的には、ヒューリは彼のお姉さんと踊ることになったらしい。
うーん。あいつはなんであんなに女の子にモテるのか不思議だ。
割と俺様系な気がするんだけど。
というわけで、様々なことを吟味したあげく、今回、満を持して、ケイメルにパートナーの打診をしてみることにしたのだ。
……まぁ、断られたら断られたで、仕方がない。
その時は、よく知らないパートナーを、一生懸命に探しにいかないといけない。暗澹たる気分になる。
「うん。ダンスパーティーのことだね。実はパートナーについて僕の方からお願いしようと思っていたところだったよ! こちらこそお願いします」
ケイメルがにっこり、一発オーケーしてくれた。
え? なに? ケイメルさん、マジ、神なんですけど。
私としては目の前が急に開けてファンファーレが鳴り響き、天使たちが空に飛んでいく姿を幻視したような気分になる。
よし。今から練習しよう! とか言っちゃおうかな。
でも、ここは自重自重……。
「ちなみに、ケイメル、ダンス得意? 実は私、苦手なんだけど」
「うーん、得意か苦手かを聞かれると、苦手の方かなー。……それじゃあ、二人で特訓とかする? なんて……」
「うん! 練習しよう!」
ケイメルの言葉に被せるように発言をしてしまう。
ナイスタイミングの提案だよ、ケイメル!
そんなこんなで、今日の夕方から、学校に居残って練習することにした。
「……えーと、シュナイデル先生! き、今日の夕方に体育館の使用許可をいただきたいのですが?」
休み時間、教務主任のシュナイデル先生に声をかける。
今日も先生の銀髪、かっこいいですよ。
「ルシフさん。もしかして、ダンスパーティーの練習ですか? 勉学だけでなく、イベントにも熱心なんだね。感心しますよ」
先生がうんうんと笑顔で頷いている。
「はい! えーと、使用者は私と、あと一人……えーと、ケイメルも使用します」
「……はい。わかりました。では、鍵は私が開けておきますから、自由に使ってもらっても構いませんよ。あぁ、他の生徒の迷惑になると困るので、少し遅い時間にした方がいいかな?」
「あ、はい。それで結構です」
提案された時間がちょっと遅い時間帯かな、とも思ったが、まぁ、想定の範囲内かな。
無事に許可がとれて、私はニッコリです。
なんとなく先生の笑顔が作り物めいた感じで、心がこもっていないように思えたのが、気になったと言えば、気になったが……。