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気を付けよう。

「どうしたんだい?」

 ある街の小さな食堂で、エドワードが怜に質問しました。

 怜はいろんな野菜が入ったスープに手を付けようとして、動きを止めています。何やら困惑している様子。

「なんか……食べちゃいけない気がして……」

 怜はスプーンを置いて、頭に両手を当てました。

「頭痛い?」

「痛くはないです。でも、なんか、変な感じがします……」

 頭に手をやったまま、怜はスープをしばし見つめました。そしておもむろに右手でスプーンを持つと、具材の一つをすくい上げました。

「これ……」

 スプーンの上にあるのは、豆です。濃い緑色で大きいこれは、空豆に近いものとされています。大きいといっても一口で食べられる大きさなので、他の食材のようには切られず丸ごとスープに入れられています。

「それはね、深緑豆ふかみどりまめっていう、見た目そのままの名前の豆だよ」

 昔から食べられている豆です。特に味をつけなくても十分甘くておいしく、火を通しただけのものがおやつとして食べられることもあります。

(明らかにきのことかなすじゃないし、見た目があれなものでもないのに、どうしたんだ……?)

 怜は知らない食材が出てきた時、そばに他の客などの知らない人がいれば、不審に思われないように何も言わずにとりあえず食べてみます。人がいなければ、これは何かとエドワードとジークに聞きます。エドワードとジークも知らないものだった場合、三人の中で真っ先に食べてみることもあります。食べ物に関してはわりと勇気がある方なのに、今の彼女の行動はどういうことでしょうか。

「変なものじゃないよ」

 エドワードは怜の手からスプーンを取ると、自分の皿に豆を落とし、それを食べてみせました。

「うん、普通だよ」

 特に変な味はしませんでした。ただ、故郷で食べていたものよりは甘さ控えめでした。

 エドワードがスプーンを返すと、怜はもう一度豆をすくいました。食べてみるつもりのようです。

 しかし、

「食べるな」

 ジークが怜の手を掴んで止めました。

「今、神様に聞いた。それはレイが食べたら具合悪くなる可能性が高い。にほん人に向いてない」

 やや早口でジークがそう言うと、怜の顔に少し驚きが浮かびました。

「神様は言葉を覚えさせた時に食べたらまずいもののことも入れておいた。レイがためらったのはそれが原因だ。本当ははっきりいけないとわかるはずだったけど、うまくいかなかったらしい」

「そうなんですか」

 ジークが手を離すと、怜はスプーンを下げて隣の皿に置きました。

「残念だったね」

「はい……。エドワードさん、これ食べますか」

「うん。ジークも食べるか?」

「もらう」

 怜はスープの中から豆を一つ一つすくうと、エドワードとジークの皿にそっと置いていきました。



「いやー、危なかった」

 佐藤神社境内にある家の居間で、神様――佐藤健一が言いました。テーブルの反対側には健一の友人で神主の康一がいます。

「止められてよかったね」

「ほんとほんと」

「……ああ、ひどい目にあったな……」

「そうだな……」

 二人が思い出しているのはこの世界に来てから半年ほど経過した頃の出来事です。

 そう、深緑豆を食べて二人揃って体調不良に陥ったのです。二人にとってはとんでもない罠でした。今ではもう、一食全てを深緑豆に置き換えようがなんてことはありませんが、二人とも何らかの事情がなければかけらも食べることはありません。

「……でもさ、怜さん大きくなったし、ちょっとくらい許してあげても良かったかな」

「まあなー」

 康一の言うように、健康的な十六歳なら二粒くらい食べても大丈夫です。もしかしたらちょっと変になるかもしれませんが、昔の健一と康一のように苦しむところまではいかないでしょう。

「おいしかったよね、あれ」

「おいしかった。でも健康問題には慎重になっとかないといけないし、やっぱ俺たちがああなったあれを食べさせるのはな……」

「その気持ちはよくわかる」

「それに何かあったら高橋さんに怒られそう」

 怜の母であるみどりは健一に接触する術など持っていませんが、突如何らかの力が働いて彼女が健一の前に姿を現すことがあるかもしれません。自分たちが人によって世界間の移動をしてしまっている以上、違う世界から人のままの知り合いがわざわざ苦情を言いにやってきてもおかしくはないと健一は考えています。この世界では研究の末に異世界を見ることに成功する人がいるので余計にそう思います。

 ……とはいえ、本当にみどりが来たら健一はとても驚くでしょう。可能性があるというだけですから。

「そういえば、みどりさんにはうまくいってたよね? 食べちゃったのもあったけど、量を制限して、ひどいことにはならなかったよね」

「いやそれがさ、みどりさんは一歳児の親で食べ物には慎重になってたから、うまくいったように見えてたっぽい。食べたのはどれも怜がいない時だったし」

「そっかー」

「あーあ。難しいな、まったく」

 健一はテーブルに突っ伏しました。

「今できなきゃいつできるんだって感じなのにな」

「まあまあ」

 落ち込んだり弱気になったりした健一を康一が慰めます。昔からよく見られる光景です。

「すぐだめになるってわけじゃあないんだ。それにさ、君は確かに存在して、あれやこれややってるんだから、五百年後にだってちゃんと力を持ってるよ。むしろ人口増えててすごいことになってるんじゃない?」

「だといいんだけどなー。でもそれはそれで人間たちが心配だ……」

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