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すごく嬉しい。

 冬のことです。私たちは降雪のためにある街から動けなくなりました。雪がやんである程度とけるか除雪されないとろくに歩けません。

 この国では必要とあらばすごい魔法で街道の除雪をするそうです。戦争で使われた大規模な魔法を元にした魔法で道を作るとのこと。この街は主要な都市の一つであるので、数日のうちに国の派遣する除雪部隊がやってくると聞きました。ぜひ魔法を使った除雪を見学したいものです。

 街の外はだめですが中は人の手によってだいぶ除雪されているので動き回ることができます。

 というわけで私は出かけることにしました。一人で宿を出ます。目的はバレンタインの贈り物を買うことです。この国においても、エドワードさんとジークさんの故郷であるニールグ王国においても愛の告白をしたり感謝を伝えたりする日は全然違う日にありますが、ちょうどいい時期ですので私は今やります。本来の日に私がここにいるとは限りませんし、いたとしても贈り物を用意する時間があるかわかりませんし。

 雪が舞う中、私は商店街に向かいました。そこは活気のある所でした。

 まずはどんな店があるのか見るために商店街の端から端まで歩いてみました。お菓子を主な商品とする店が四軒あり、そのうちの一軒が高級店でした。そこは私が入れる雰囲気ではなかったので、残りの三軒から選ぶことにしました。

 どこが良いでしょうか。というか何を買いましょうか。どこもチョコレートの取り扱いはありません。色的にはあんこですが、バレンタインにあんこは……悪くはないでしょうが何か違う気が……。やっぱり洋菓子? チョコレートが無い以上お菓子にこだわることもない?

 これはエドワードさんとジークさんに聞いたことですが、愛の告白の日にはお菓子を贈ることが一般的で、感謝の日は食べ物に限らずいろいろと贈られるそうです。私のしたいことは日頃の感謝ですから、何か使える物でも良いのではないでしょうか。……それに、先のことを考えると残る物の方が……でもバレンタインということでこうして買い物に来たのだからお菓子を…………ふむ。こうなったら両方いきましょう。何か良い物とおまけのお菓子の組み合わせにします。

 で、“何か良い物”は何にするかですが……旅の邪魔にならなくて、使える物……そうだ、ハンカチはどうでしょう。この地域では近年は織物産業に力を入れていると聞きましたし、都会に分類されるこの街の店ならば品揃えが良いことが期待できます。贈り物にふさわしいものを見つけられるでしょう。

 さっそく私はお菓子を探している時に見かけた雑貨屋に行ってみることにしました。

 その店は商店街の中では大きい部類に入る建物で商売をしていました。広さのわりにお客さんは少ないですが、店内の雰囲気からして今はたまたまそうというだけでしょう。

 ハンカチ売場はすぐに見つかりましたし、棚はとても充実していました。……いやこれ充実しすぎでは? これでもかというほど種類があります。どうやらいろんな製造元のいろんな商品を取り扱っているからのようです。

 この店、ぱっと見たところ商品の三分の一は布製品ではないでしょうか。手ぬぐいも袋もただの布も売られています。少ないですが服もあります。

 あ、綺麗な色……おや? やけに大きいこれは、風呂敷!

 目に入った綺麗な菫色に吸い寄せられてみれば、広げられた風呂敷が展示されていました。壁に貼られた紙に「包むための布です」と商品の説明が書かれているので、ここではあまり一般的なものではないようです。布で包むということは普通のことですが、包むためだけの布を作ることはあまり考えられてこなかったのかもしれません。

 さて、どれを贈り物にしましょうか。ハンカチにすることに変更はありません。問題は大きさとデザインです。エドワードさん、ジークさんの色の好みを考えて選択肢を減らすことはできますがそれでも残るものは多いです。

 エドワードさんは寒色が好きです。紫陽花も朝顔も青系が好きだと言っていましたし、私の携帯電話の色も好みだそうです。色については私と意見が一致することがよくありますから、私の好みで選んでしまってもいいかもしれません。

 ジークさんは自分の髪の色を気に入っていると言っていましたが、赤がとても好きというわけではありません。様々な色が好きです。ただ、赤が似合うので他の色より選ぶことは多いようです。ハンカチは基本的にしまわれているものですから服装のことはあまり考えずにいこうと思います。

 ハンカチを見たいお客さんが他にいないのをいいことに私はたっぷり悩みました。

 エドワードさんには青紫のちょっと手前くらいの青色のものを贈ることにしました。暗めの色で、大人っぽさと上品さみたいなものを感じます。隅に銀色の三日月の刺繍があります。これはブランドのマークのようです。

 ジークさんには緑色です。落ち着いた感じの色合いがジークさんっぽいと思いました。そして私にはちょっとおいしそうに見えます。抹茶味の食べ物を思い出すのです。一角に別の布がついていて、その布に金色の糸でブランド名が刺繍されています。

 ハンカチを購入して雑貨屋を出た私は、次は雑貨屋から徒歩約一分のお菓子の店に入りました。

 狭い店内に客は私を含めて四人です。

 棚には小麦粉が主な材料であろうお菓子が並べられています。壁の貼り紙によるとケーキは要予約だそうです。

 ここでは買うものについてあまり悩みませんでした。バットに雑に盛られたクッキーの山の一つが、ハート型クッキーの山だったからです。バレンタインといえばやはりハート。というわけで量り売りのクッキーを買うことにしました。全部ハートというのは照れくさいので、他のものと一緒に紙袋に詰めました。

 これで欲しいものは無事買えました。早いところ帰りましょう。



 宿に戻った私はすぐにエドワードさんとジークさんのいる部屋に行きました。

「エドワードさん、ジークさん。いつもありがとうございます」

 二人に日頃の感謝の贈り物をしたいということはあらかじめ伝えてあったので、やや緊張しましたがお礼の言葉と共にスムーズに渡すことができました。

「わあ、絶妙」

 エドワードさんが青のハンカチを一目見てそう言いました。

 エドワードさんとジークさんはそれぞれハンカチを広げるとしげしげと眺めました。

「いい色」

 微笑んだエドワードさんが呟くと、

「こっちも」

 ジークさんも感想を言いました。

 二人とも気に入ってくれたようです。ふふ、悩んだ甲斐がありました。

 二人はハンカチをしまった後、クッキーの袋を開けました。

「ほら、レイちゃんも」

 エドワードさんが分けてくれようとしましたが私はお断りしました。

「私はいいです。実は自分用にこのとおり……」

 私はバッグからもう一つ袋を取り出して中身を見せました。中身が何かというと割れたクッキーです。会計の時に店員さんがカウンターの裏から出してきて、正規の八割の値段で売ってくれました。

 その話をしたのですが、

「一個くらいちゃんとしたの食べなよ」

 エドワードさんはなおも正規品をくれようとしましたし、ジークさんも無言で差し出してきました。

 むう、こうまでされては断るのは気が引けます。

「……じゃあ、交換で」

 私は星とひし形をもらいましたので、元星と元ひし形のかけらを探して集めて二人に渡しました。

 かけらの一つを食べたエドワードさんがにこにこして言いました。

「おいしいね」

「そうだな」

「そうですね」

 気を遣わせてしまいましたが、喜んでもらえたのでまあ良しとしてしまいましょう。



 それから約一ヶ月後のこと。

 私たちはまた別の街のとある宿の別々の部屋に泊まりました。朝になって廊下に出てみれば私は二番目でした。一番乗りはエドワードさんです。

 三番目となったジークさんは、部屋から出てくるなり言いました。

「エド。バレンタインは、にほんでは主に女性が男性に好意を伝える日というのが一般的な認識らしい」

 ……ひっ……! せっかく情報を伏せておいたのに神様にバラされましたあああ!

「へえー?」

 あああああ、案の定エドワードさんが意地悪してきそうな顔にー!

「あっ、あのっ、前にも言ったとおりエドワードさんとジークさんのことは大好きで、あれはそれ……あっ」

 しまった焦って言うこと間違えた! いや間違えてない! 間違えてないけどそうじゃない! 何でこういう時に限ってうっかりの日本語じゃないんだ!

「ふふふ……」

 私が自滅して何も言う必要がなくなったエドワードさんはただ笑っています。うぅ……。

 ジークさんが淡々と情報を追加します。

「あとお返しの日としてホワイトデーっていうのがあって、それが今頃だって神様が言ってた」

 それを聞いてエドワードさんは少し真面目な顔になりました。

「そうか。じゃあレイちゃんにお返ししないと」

 ジークさんが頷いて、私は慌てました。

「えっ、別にいいです。エドワードさんたちが私に合わせることはないと思います」

「まあそんなこと言わずに。どうせ今日は買い物をするんだから、僕らに何か贈らせてよ。ジークに伝えたってことは神様もお返しした方がいいってお考えだろうし」

 そうでしょうか。ただ知識としてジークさんに教えただけのような気もします。クリスマスプレゼントとしてブーツをくださったことを考えると否定しきれませんが……。



 旅に必要なものを買った後、私は広場で待機を言い渡されました。

 エドワードさんとジークさんは四十分ほどで戻ってきました。

「レイちゃん、ずっとついてきてくれて、ありがとう」

「これからどうなるかわからないけど、一緒に頑張ろう」

 エドワードさんは爽やか好青年オーラ全開で、ジークさんは無表情ながらも真面目さを感じさせて私に言いました。

 そして二人は私に巾着をくれました。全体的に水色で、犬の刺繍があります。

「わ、かわいいですね! ありがとうございます!」

「喜んでもらえて良かった」

 エドワードさんはほっとしたようです。ジークさんも同じでしょうか。

 ……ん? 巾着の中に何かあるようです。

 開けてみると紙が入っていました。その紙には「大好き」と二つ書かれていました。それぞれエドワードさんとジークさんの字です………………あわわ。

 恐る恐る視線を上げると、エドワードさんはやけにキラキラした笑顔でものすっごく楽しそうにしていて、ジークさんは何かの感情が少し顔に現れていました。あっ、目をそらしました。……もしかして、照れ?

「……あの、あの……これ……」

 すっとエドワードさんの表情が真剣なものに変わりました。

「本心だからね」

 ジークさんがこちらをまっすぐ見ました。

「取っておいてくれると嬉しい」

 う……二人に見つめられるのにも少々慣れたような気がしていましたが、好意的な言葉を真面目な雰囲気とセットで伝えられてしまえば到底落ち着いてなどいられません。今すぐどこかに逃げたいです。

 でもそのわりには不思議と冷静な部分が頭にあって、ある考えが浮かびました。

 もしかして、私が、言われるのは嬉しいけど恥ずかしいからやめてほしいと言ったからこんな形で伝えてきてくれたのでしょうか。

 逃げるのは我慢して、私はなんとか頷きました。

「……はい。すごく、すごく嬉しいです。ずっと大事にします」

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