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本当に本当に怖かった。

 ある街に着いた時、そこではお祭りをしていました。それは子供の成長を祝い、願う行事でした。

 私たちは街を通過するついでにお祭りを見物していくことにしました。

 大きな通りに並んだ屋台のほとんどで、子供(十九歳以下)には割り引き価格で商品が提供されています。街の大きい子供には子供であることの証明書が発行されていて、大人っぽいどころか老けた顔の十代も証明書を見せればきちんと割り引きしてもらえます。大人が子供に自分たちの分まで商品を買わせることは屋台の人にはお見通しで、子供が購入できる数に制限があったり値段が高めに設定されたりしています。

 空き地に設置されたベンチに座り、私が屋台で買ったサンドイッチを三人で食べていたら、行列が近付いてきました。

「あれかな、さっき聞いたの」

「そうだろうな」

 行列の先頭を歩くのは十歳の男の子と女の子。二人の後ろに続くのは、二歳から九歳までの子供たち。あんまり小さい子はもちろん保護者と一緒で、抱っこされている子もいます。稚児行列のようなものです。彼らは街の中心部にある教会へ行き、ちゃんと育っていることを神様に報告します。

 神様は大きい人のことは見えているけれど小さい子は見えにくいからみんなで一緒に行って神様にわかりやすくする、という考え方で行列を作って行くのだそうです。

「なあジーク、神様って小さい子のことも見てるよな?」

「たぶん。でも大人の方が影響力あるからどうしても大人を見ることが多くなるんじゃないか」

 行列の先頭の十歳の二人ですが、彼らが子供たちを連れて行くという設定です。

 もしかすると昔に十歳の子がしたことが元かもしれません。病気が流行して抵抗力の弱い幼い子たちが次々と重症に……みたいなことがあって、「神様は小さい子の状態がわからないからこんなことになっちゃってるんだ」と考えて。十歳にしては幼い考え方でしょうか。



 サンドイッチを食べ終えた私たちは通りの端を歩いて子供たちを追い越しました。そのまま歩いていくと子供たちの目的地である教会がありました。

 教会の正面入り口前の広場には、私たちが見た子たちとは別の地点から来たであろう子供たちがいました。行列の出発地点は街の東西に一箇所ずつあると聞いています。

 今は待ち時間なのか、子供たちは追いかけっこや何かのごっこ遊びをしたり、地面に座ってお喋りしていたりします。

 三歳くらいの女の子が母親らしき人に向かって一生懸命喋っていて、私たちはその様子を見て「かわいいですよね」とか言いいながら広場の脇を通り過ぎようとしたのですが、

「ひっ」

 聞いたことのない声を出してエドワードさんが固まりました。彼らしからぬ事態に私もジークさんも驚きました。嫌な思い出によって顔色が悪くなることは何度かありましたが、悲鳴のような声を上げるのは初めてです。

「え、エドワードさん……?」

「どうした」

 エドワードさんからの返事はありません。血の気の引いた彼の視線の先には、教会の別の出入り口から出てきたと思われる聖職者たちとペガサス三頭。

 ……子供が主体の行事とペガサス。もしやこれは。

 私はジークさんと小声で話します。

「もしかしてエドワードさんの精神的な古傷が開いちゃってませんか、これ」

「そうかもしれない。こういう時はどうしたらいいんだ」

「わかりませんー……。でも見続けちゃってるのは良くないんじゃないかって思います」

「そうだな。とりあえず回れ右させよう」

 ジークさんはエドワードさんの右腕を後ろから掴むとぐっと引きました。エドワードさんはふらふらと体の向きを変えました。

「……こわ……僕、ぼく……」

 あわわわわわわ、エドワードさんが泣きそうな顔になってしまいました。

 とても珍しい状況に、ジークさんの表情が少しばかりわかりやすいものになっています。彼も慌てているようです。

 エドワードさんの震える左手が私の右腕を掴みました。

「ういっ……!?」

 痛ー! 痛いです! 勇者に選ばれた成人男性の握力やばい! きっと小さいエドワードさんはこんな感じで必死にペガサスから落ちまいとしたのでしょう。そうだとしたらこの状況に文句は言いづらいです。

 おそらく今の私の顔は、痛がっていると多くの人に判断されるものでしょうが、右手で顔を覆ってしかも俯いているエドワードさんは気付いてくれません。過去の恐ろしい出来事はエドワードさんからすっかり余裕をなくしてしまったのです。

「エド、それはレイが痛い」

 ジークさんがエドワードさんに声をかけてくれましたが、私の腕からエドワードさんの手は離れません。

 エドワードさんの手にジークさんが触れかけましたが、何か思うところがあったようで彼は手を引っ込めました。その代わりに「エド」と、そっと名前を呼んでエドワードさんの背中をさすりました。

「怖かったな」

 優しさを感じる声でジークさんにそう言われて、エドワードさんは弱々しく返事をしました。

「うん……」

 私を掴む手が緩みました。ぎゅっと握られている感はありますが締め付けられる痛みはありません。

 ジークさんは背中をさすり続けます。

 エドワードさんの力が弱まって周囲を気にする余裕ができた私は子供たちの方を見てみました。

 飛んでいるペガサスはいません。背に子供を乗せてもいません。

 子供がペガサスの横に立つと聖職者が手を動かします。するとペガサスが上げていた翼をばさっと子供の頭上に下ろします。翼が下がっているのは四、五秒で、上がると子供はペガサスから離れます。そして次の子が近寄っていきます。何でしょう、獅子舞に頭をかぷっとしてもらうようなものでしょうか。あれならエドワードさんの故郷の行事と違って安全……安全? “危険が少ない”くらいですかね。ペガサスが遠慮なしに下げた翼が頭を直撃したら結構な衝撃がいくかもしれませんから。そんな事故は今のところ聞いたことがありませんが。蹴られて重傷の話は聞きました。

 しばらくしてからエドワードさんが俯いたまま言いました。

「ねえ、僕見ても大丈夫……?」

「それはわからないです……でも、ペガサスは飛んでません」

「それならいい……」

 エドワードさんは顔を上げました。爽やかさ、好青年っぽさが足りませんが、涙はありませんし血の気が引いているわけでもないので、だいぶ回復したと言っていいでしょう。

 ジークさんが背中をさするのをやめました。

「二人ともごめん。僕、まさかここまで弱いままとは思ってなかった」

「俺には謝らなくていい」

 ジークさんが指差した所を見て、エドワードさんは不思議そうに首を傾げ、

「……あ」

 目を見開くとぱっと私の腕を放しました。

「レイちゃんごめんー! 痛かったよねー!? どうかなってない!?」

 今度はエドワードさんが慌てています。

「だ、大丈夫です。前にも言いましたけどこの世界に来て丈夫になってます」

「本当にごめん……」

「いいです。それよりもう行きませんか」

「うん……でも、少し待って」

 エドワードさんは口を引き結ぶとゆっくりと振り返りました。自分から子供とペガサスを見たのです。

 彼の口が動きましたが声は出ませんでした。

 何を言ったのか私にはさっぱりわかりませんが、弱気なことではないはずです。何故なら、くじ引きで選ばれたとはいっても勇者なのですから。



 街を出る頃にはエドワードさんはすっかり元気になっていました。落ち着きも余裕もあります。

 前方から来る魔物の群れを見て「僕が全部やる」と宣言して剣を抜きました。

 魔物たちとの距離が十分縮まると、

「お前らなんかに、あの子たちの邪魔はさせない」

 正義の味方っぽいことを言って魔物の群れに飛び込んでいきました。

 今回の魔物は胴体が長いです。四本足で、高さはエドワードさんの膝より少し下まであります。耳は丸く、小さめです。大きなイタチといったところでしょうか。

 イタチもどきは素早いですがエドワードさんの剣から逃れるのは難しいようです。私とジークさんに気付いてこちらに来ようとするものもいますがエドワードさんに刺されたり蹴られたりして失敗します。

「エドワードさんかっこいいですね。子供の未来を守る勇者って素敵だと思います」

 私がそう言ったらジークさんが頷きました。

「でも八つ当たりも少し入ってる気がする」

「ふふふ。そうですね」

 傷一つ負うことなく魔物を全て倒し、剣を鞘に戻したエドワードさんはすっきりした顔をしていました。ストレスを発散させることができたようです。

「さ、行こうか」

 いつもどおりの爽やかな笑顔で言ったエドワードさんに、私とジークさんは頷きました。

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