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まさかそんな。

 とある小さな宿屋の食堂でのことです。

 夕食後に宿屋の主人の厚意により謎のお茶が私たちに提供されました。

 なんでもこれを誰かと一緒に飲んでから寝るとその人と同じ夢が見られるというのです。一番効果が期待できるのは恋人同士とか夫婦で、幸せな夢を見ることが多いのだとか。次に効果があるとされるのが友達同士で、一緒に楽しく遊ぶ夢を見ます。しかし四人とか五人とか人数が多くなると夢の内容がバラバラになります。

 宿の人が何故私たちにこのようなものを出したかというと、面白いから飲んでみろ、というだけのことです。気分が良いので観光客にその土地の珍味をサービスというノリでした。

 ただの茶の用意もあるからと言い残して宿の人が台所に引っ込むと、

「レイちゃん、これどういう仕組みだと思う?」

 エドワードさんに意見を求められました。中途半端で曖昧でも私はこの世界の人に比べると科学の知識があると言えてしまうので、たまにこのようなことが起こります。

「夢は頭が記憶の整理をしてる時に見るものらしいです」

「……そうかなあ?」

 疑う気持ちはわかります。夢の中では知らない所にいたりありえない体験をしたりするのが珍しくありません。「整理」とは何か違うように感じるのはおかしなことではないでしょう。

「今はそういうことにしておいてください。――このお茶を飲む時に誰かを意識するとその人が夢に出てきやすくなるんだと思います」

 そしてこのお茶の成分は楽しい系の夢を見やすくするものでもある、といったところではないかとそれっぽい理屈を考えて言ってみました。

「二人とか三人で一つの夢を見るわけじゃないって考えてるんだね」

「エドワードさんそんなこと思ったんですか」

「さっきの説明だと僕と同じように受け取る人結構いると思うよ」

 むむ……言われてみればそんなように捉えることのできる説明だったような?

「ジークは?」

「誰かの夢をそのまま見るのかと思った」

「それ、他の人は駄目でもジークならいけそうだな」

 そうですね。神様の声を受け取っているのですから他人の夢を受信することもそのうち経験しそうです。

「それじゃあ誰が合ってるか飲んで確かめてみようか」

 エドワードさんがカップに手を伸ばしました。私とジークさんも頷いてカップを持ちました。

 見た目は普通の紅茶です。甘い匂いが……メロンっぽい匂いがします。

 飲むとほんのり甘さを感じました。何も知らされずに飲んだら、香りをつけてガムシロップを入れただけの紅茶と思って飲む気がします。詳しい人なら何か別のものとわかるのでしょうか。



 部屋に戻って寝る支度をしていると、なんだかほわわんとした気分になってきました。これは……シリアスな物語に挟まるほのぼのシーンを読んでいる時のよう。お茶の効果でしょうか。この気分で眠れば良い夢が見られるような気がします。



 広くてなんだか上品な部屋にいます。洋室です。何でかは知りませんが大きい屋敷内だとわかっています。夢だからですね。

 こんな所で何をしているかというと、私は椅子に座ってジークさんと向き合っています。ジークさんのすぐ横に本を持ったエドワードさんがいます。

 私と彼らの間にはテーブルがあり、その上には升目のある台と文字の書かれた駒があります。私たちは将棋をしているのです。

 エドワードさんが持っている本は将棋の初心者向けのもの。夢の中なので日本語で書かれていても問題無いようです。

「これであれ取れるか」

 まだルールを覚えきれていないジークさんがエドワードさんに尋ねました。エドワードさんは本を見て答えます。

「取れる。でもそうすると、れいちゃんのあれに取られると思う」

 さすが夢。エドワードさんとジークさんの会話も日本語ですよ。

 二人が駒の名前を言わないのは私の将棋に対する理解度の低さのせいでしょうか。盤面を見ようとすると視界がぼやーっと不鮮明になるあたりたぶんそうです。

 駒の動かし方を覚えているだけの人間対超初心者とその補助(超初心者)という雑魚同士のふわふわ勝負は気が付いたら私の勝ちになっていました。

「それじゃあ次」

 エドワードさんが服のポケットからトランプを出してきました。いつの間にか将棋セットは片付けられています。

 ババ抜きが始まってエドワードさんが早々に抜けて私の負けで終わり、エドワードさんとジークさんがトランプタワーを作り始めました。私は二人のような器用さが無いので見学です。タワーは順調に高くなっていき、最後の一段はジークさんが作りました。ぱちぱちと拍手を贈ったところで夢が終わりました。



 朝は私が待ち合わせに一番乗りでした。二番はジークさんで、最後に部屋から出てきたエドワードさんはほわほわとした雰囲気をまとっていました。爽やかというより温かです。

「僕、すごくかわいい夢見たよ」

「じゃあ私とは違う夢ですね」

「俺も違う」

「それは残念。でもあれじゃあ二人にはかわいさはわかりにくいか」



 食堂に移動してきました。

 朝食が用意されるまでの話題はもちろん夢についてです。まずはエドワードさんから。

「僕は小さくてね、ジークとレイちゃんが双子の赤ちゃんで」

 まあ。エドワードさんが私とジークさんを妹と弟のように思っているのが強く表れたのでしょうか。

「二人が一緒にすやすや寝てるのを見るって夢だった。かわいかったー」

 なるほど、それはかわいいと感じる光景でしょう。そしてエドワードさんが昨日言っていたような夢であった場合、私とジークさんにはそのかわいさはわかりにくいものです。

 にこにこのエドワードさんは横にいるジークさんの頭を撫でようとしましたが、ジークさんに手首を掴まれて拒否されて頭に触っただけで終わりました。

「むう。……レイちゃん」

 エドワードさんが特別優しい声で私の名前を呼びながらこちらに手を伸ばしてきました。

 彼に頭を撫でられるのは好きか嫌いかで言えば好きですが今は恥ずかしいので私も拒否です。代わりに彼と握手してみました。

「レイちゃんがぼけるなんて珍しい」

 軽く手を揉まれました。

「大きくなったね、レイちゃん」

「はい。百十センチくらい伸びました」

「そう」

 エドワードさんはふふふと笑うと満足した様子で手を引っ込めました。

「で、二人が双子だったことについてなんだけど」

「レイの記憶が混ざったんじゃないか」

 え? ジークさん、何を。

「僕もそう思う」

 まさか。

「私の話聞いたエドワードさんの頭が作り上げたものだと思います」

「そんなことないと思うな。すごく異国だったんだよ。あのほら、たたみ? で、そこに布団敷いてて、僕は靴履いてなくて」

 確かに我が家は畳に布団を敷いて寝ますし、小さい小さい妹と弟は並んで寝ていましたが。

「佐藤神社での経験が反映されたんじゃないですか」

 私が話したことに佐藤神社で見たことが合わさってわりと正しい光景を見たのでしょう。

「ええー。レイちゃんって不思議な話大好きかと思えば時々否定的だよね」

「科学で解決することは科学で解決すればいいんです。科学がしっかりあってこそ魔法……魔術は輝くんです」

「そうかな。科学が進歩してなくても魔術は不思議で便利なものだと思うけど」

「それは確かにそうです。でもいろいろわかってない世界では科学も似たようなものです。例えば暑い部屋にいて、杖振ったら涼しくなるのとボタン押したら涼しくなるの、どっちも魅力的じゃないですか」

「うん、そうだね」

「ボタン押す方は、大きい機械で、それを部屋に取り付けるために工事しなきゃいけなくて、家の外にも機械を置かないといけないんです。杖振る方は、杖さえあればいいんです。杖すごいと思いませんか」

「うん。レイちゃんの言いたいことは大体わかったよ」

 科学の力で作られた物に助けられて、それでも不満に思う時、あったらなと夢を見る。そのときの魔法(魔術)はとても輝いているのです。

「じゃあさ、お茶の成分で僕が思ってるようなことが起きたっていう考えはないのかい」

「あんまり考えられないです」

 というかなるべく考えたくありません。でもこれは言うと少し失礼なので違うことを言います。

「そんなのやばすぎるものに思えるので……」

「そう?」

「人と人との間で電気とか何らかの物質のやりとりがあったって考えると、頭……に限らず人体への影響強そうだなあって。ただでさえ謎の飲み物で夢を操作した感じなのに他人と共有までするなんて……ってなりませんか」

「んーと、それって、悪い葉っぱと同じ扱い? そうだね、そう考えるとあんまり良くなさそう。――で、レイちゃんはどんな夢を見たんだい?」

「エドワードさんとジークさんと遊ぶ夢でした」

 私が詳細を話していくと、エドワードさんの表情がだんだんとやけに優しい笑顔になっていきました。何も言われなくてもわかります。私の夢の内容が「遊ぶ」ということとエドワードさんの夢が合わさって、幼い子扱いですね、これは。

 一方、ジークさんは何やら考える様子を見せました。それに気付いたエドワードさんがどうしたのかと尋ねると、

「俺の記憶が混ざったかもしれない」

 ジークさんはまたしてもこのような発言をしました。

「レイが俺、俺がケイ、エドがアーサー」

 む……ジークさん対ケイさん(アーサーさんの補助つき)……しっくりきますね。

 宿の台所から男の子が出てきて「おはようございまーす」と挨拶して客に水を配っていきました。

「そういえばさ」

 エドワードさんが言いました。

「夢の中のレイちゃんがいたのは大きいお屋敷だったね?」

「はい。……え。あそこ、ジークさんの家かブロンテさんの家ってことですか」

 ジークさんがこくりと頷きました。

「俺がケイたちの家に呼ばれた時のことと、その逆の時のことが合わさったと思う」

 ……ジークさんの記憶を私が受信した……むむむ……まさかそんな。

「僕がレイちゃんの視点を元にした夢を見て、レイちゃんはジークの視点の夢を見たなら、ジークは僕の思い出を見た?」

 エドワードさんの質問にジークさんは「そうかもしれない」と答えた後、夢の内容を語り始めました。

「俺たち三人で野菜の皮むきをする夢だった。俺たちは、あれは……五歳くらい若かったと思う」

 あらまあ、ジークさんも夢の中の人の年齢が現実より下だったのですね。

「客が多くて忙しくて、でも嫌じゃなかった。急かされたわけじゃなかったし、座ってようが立ってようが話してようが考え事してようが作業してれば良かった」

「それきっと僕の思い出が元だ。いとこたちと宿手伝った時のやつ」

 エドワードさんがいとこたちと手伝った宿というと、エドワードさんのお母さんの実家が営んでいる宿のことですね。少年時代のエドワードさんは教会に所属するまではよくお手伝いをしていたそうです。

 大きなお祭りの日は大変忙しかったと聞いています。よその人が来て宿が満室になるのですが、宿泊客以外にも大勢のお祭り参加者が宿の一階の食堂にやって来ます。お祭り参加者への食事の提供は大きな収入源であり、お祭りにおける飲食店の役目なのです。

「たぶんそう。……レイが怪我をしてエドが手当てしようとしたけどレイはさっさと手を洗って、ばんそうこう、貼ってた」

「ははは。そこはジークの夢って感じだ。憶えてないけど、僕が見たことだとしたらレイちゃんは薬塗られてるはずだよ」

 最初からジークさんの夢でしかないと思うのですが……。

 台所から今度は宿の主人が出てきて、私たちのテーブルにパンやスープを置きながら、夢は見れたかと聞いてきました。

 質問にはエドワードさんが答えました。

 宿の人は、「三人とも他の二人が出てくる夢を見たが内容はバラバラだった」という話には「よくあること」と言い、「どの夢も仲間の思い出に沿ったものでその仲間の視点だった」ことには「珍しい」とコメントしました。

 実は、お茶を一緒に飲んだ人が夢に出てきたという人が最も多いそうです。そして他人の視点の夢を見るということはまれという話でした。

 配膳は私たちのテーブルで最後なので、宿の人にお茶の効果について詳しく聞きました。

 「同じ夢」というのは「内容が同じ」という意味でした。

 例えばある女性が彼氏と一緒にお茶を飲み、「彼氏に抱き着いたら抱き返された夢」を見たとします。

 彼氏はどうなったかというと、「彼女に抱き着いたら抱き返された夢」を見て“恋人と抱き合う”という点で同じだったということもあれば、エドワードさんの考えたようになって「彼女に抱き着かれたので抱き返した夢」を見たということもあります。

 ジークさんの考えたようになって「彼女になって彼氏(自分)に抱き着くという(複雑な気分になりそうな)夢」の可能性もありますが、そういう“他人の夢そのまま”はあり得るとされているだけで、昔に双子がなしえたという話が伝わっているものの今生きている人がそのような体験をしたという情報はありません。

 詳細を語り終えた宿の人が去ると、エドワードさんが言いました。

「一緒にお茶飲んだ人が出てくる人が多いってことはさ、仕組みはレイちゃんが考えたとおりってことなのかなあ」

「そうだと思います。恋人同士とか夫婦で成功率が高いのは、相手と何かしたいっていう気持ちが一致しやすいからじゃないでしょうか」

「そういうことなら納得だなあ。そういえば二人はお茶飲んでどうなった? 僕はなんか犬とか猫とか撫でた時の気分になったんだけど」

「私は、本を読んで心が温まった感じでした」

「……言い表すのは難しいけどいい気分だった」

 良い気分になったのは三人一緒ですがそれだけだったようです。違う夢になったのも当然ですね。

 夢の話はこれで一旦終わりとなりました。



 野宿をしました。

 場所は浅い洞窟です。旅人によく使われていると昼間に通過した小さな村で聞きました。

 洞窟内が少し明るくなったことで起きて、見張りをしていたエドワードさんに挨拶すると彼はなぜかくすりと笑ってからゆっくり「おはよう」と……今エドワードさん日本語だった?

 教えたことがあるのでエドワードさんが「おはよう」と言えるのは不思議ではありません。では何故今出てきたかというと……私がうっかりしたからですね。

「……もしかして私、日本語で挨拶して気付かなかったこと今までにありましたか」

「うん」

 あう、やっぱり……。ですが通じていたのなら別にいいでしょうか。

 エドワードさんと一緒に焚き火を大きくしていると、ジークさんがむくりと起き上がりました。

「レイの夢を見た」

 私?

 エドワードさんが「どんな?」と聞くと、またしてもジークさんは私が「えー?」と思うようなことを言いました。

「レイの記憶を見たと思う」

 まさか何か受信したのでしょうか。私は夢を見たのは憶えているものの内容はもう忘れたのですが。

「視点が低かった。友達三人と祭りに行こうって約束した」

 視点が低い、つまりは小さい? 小さくて、四人でお祭りに……心当たりはあります。

「温暖化で昼間は暑いから行くのは夕方に決めた」

 そういうことは確かにありました。小学生の時のことです。地球温暖化を学校で習ったので、ただ「暑いから」でなく「温暖化で」とか付けて話したのです。

 しかしジークさんは私から温暖化の話を聞いています。

「母さんに、ゆかた、を着せてもらって出掛けた。夕方でも十分暑くて、でも日陰にいて風が吹いてくると気持ち良かった。市役所の前で友達の一人と落ち合った」

 ……そうでしたね。

「あとの二人とは何かの店の前で合流した。友達もみんなゆかただった。通りに屋台が並んでいて、人がたくさんいた。暑いからまず四人ともかき氷を買った。俺というかレイは赤いのを……いちごの……シロップ、をかけた」

 あの日に何を買ったかは憶えていませんが(わたあめは絶対買ったはず)、かき氷にいちごをかけるのは私っぽい行動ですね。

「次は、友達のうち二人が、あれは……棒……わりばし……前にレイが言ってた食べ物を買った。桃色と水色の、チョコレートがかかってた」

「チョコバナナ?」

「それだ。――その次が、またチョコレート……なまクリーム……よんひゃくごじゅうえん」

 うひゃあ! ジークさんが現実でも日本語喋ったあ!

 ジークさんが言ったのは恐らく四百五十円のクレープのことです。エドワードさんとジークさんに屋台のクレープの話をしたことはありますし値段についても語った気がしますが日本語で金額を言ったことはないはずです。

「プライバシー……」

 恥ずかしくなって顔を伏せて呟くと、耳のいいエドワードさんが反応しました。

「わかった。レイちゃんがお茶の魔術を否定したのはそれが原因でしょう?“そんなものあってほしくない”ってことだね」

 私は正直に頷きました。

「私じゃなくたって筒抜けなんて嫌なはずです」

「それはそうだね……」

「ごめん」

 今回のことをジークさんが謝ってくれましたが……。

「……神様のせいですよね」

「……たぶん」

 質問に答えるまでに妙な間がありましたがジークさんがやろうと思ってできることではないはずなのでやはり苦情を言う先は神様のみとするべきでしょう。しかし私には神様に対して何かする手段がありません。

「ううー……」

「俺に八つ当たりしてもいい」

 む、八つ当たり……むむむむむ……。

「じゃあそこでじっとしててください」

 私はジークさんの髪の毛を三つ編みにしました。叩くとかつねるとかする気にはならず、しかし何かをしたかったからです。

 エドワードさんがくすくす笑うのでジークさんはややむすっとしていましたが、なぜか三つ編みを解くことをせずに朝ご飯用の川魚の干物(街ですすめられて購入)を焼く作業を始めました。

 三つ編みジークさんの姿に私は何かを思い出しそうになって、違うものしか出てきませんでした。超有名な赤毛の女の子のことは違うはずです。では誰でしょう。小さい頃に見たアニメの誰かでしょうか。

 しばし考えてみましたが、見たということだけ憶えている夢のように、何も思い出しませんでした。

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