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へんなおやしき。

 ある夜のこと。

 怜は宿屋でお風呂に入った後、自分一人の部屋で本の翻訳を始めました。

 今の怜にとって日本語からイリム語へ変えるのは基本的には書き写すのとさして変わらない作業です。翻訳を頼まれてすぐの頃は、どんな文章にすればいいのかわかるのに書くべき字がすぐにはわからなかったり、単語を書いたら一部の文字がローマ字と混ざってしまって暗号のようなものを産み出したり、エドワードが作ってくれた文字の表を見たりしていました。

 そろそろ一ページ分が終わるというところで部屋の戸が控えめに叩かれ、

「レイちゃーん」

 続いてエドワードの声が聞こえてきました。怜は返事をして部屋の戸を開けました。

 廊下のエドワードは笑顔でこう言いました。

「明日お化け屋敷に行こう!」

「へ……?」

 怜は顔だけ見ればエドワードの発言を不思議に思う気持ちが現れているだけですが、声には少しの恐怖が混じっていました。

 エドワードは部屋に入れてもらうと説明を始めました。

「夕飯の後に声かけてきた人がいたでしょう?」

 確認されて怜は頷きました。

 来たのはエドワードたちに仕事を頼みたいという人で、彼の話を聞いていては宿の浴場の都合で怜が入浴できない可能性があったのでエドワードが怜を先に部屋に戻らせるということがありました。

「あの人が言うには、この町の外れに、無人のはずなのに何かいる家っていうのがあってね。そこ見てきてくれないかって頼まれたんだ。だから明日行くよ」

 にこにこしているエドワードに対し、怜は真顔になり、

「正気ですか」

 そんな言葉を発しました。

(思ってたのと違うな。嫌すぎたか?)

 とエドワードが考えていると、怜が自ら今の態度と発言の理由を喋りました。

「私、何言うかわかりません」

(なんだ、怖いのより心配が大きいのか)

 正気かと尋ねられるのは驚きでしたが、理由は想定内のものでした。怖がった怜が取り乱して魔法を使ってしまうかもということです。その辺りのことはエドワードもジークもわかっています。その証拠にこれまで怪談はしていません。「出そうだねー」くらいのことは言ってしまいますが。あと、逆に話させたことがあります。

 怜は怜で仲間二人が怖い話を聞かせてこないことに気付いていたので、お化け屋敷に行こうという誘いに驚き慌て、「何を考えているのか」や「よく考えて」などの言いたいことが合わさって短く直球な言葉となって出たのです。

「でもさ、いっちばん言っちゃまずいことは言わないでしょ?」

「それは、まあ、はい」

 なにせ怜が遠ざけたいものは既に死んでいますからね。

「でも、怪我させちゃうかもしれないです……」

「大丈夫だと思うよ。明るい時間に行くんだし。あ、でも、レイちゃん関係なしに怪我する可能性はあるね。長いこと放置されてるらしいからあちこち駄目になってるかも」

「空き家ってことですよね。入っていいんですか」

「問題ないよ。町からの正式な依頼だし、役場の人も一緒に行くからね」

「どうして町の人がやらないんですか」

「そろそろ何かした方がいいなって話が出てたところにたまたまジークが現れたからさ。赤毛の人がいなければ別の誰かが頼まれたか役場の人たちが行ったんだよ」

「そうですか……」

 この町の人は幸運ですが怜は不運でした。

 諦めた様子を見せる怜に、エドワードは励ましになりそうなことを言ってみることにしました。

「洞窟は一人でも大丈夫だったじゃないか」

「大丈夫じゃありませんでした。すごく怖かったです。それに、洞窟と森の洋館だったら森の洋館の方が怖いものです」

「もり……何?」

「暗い洞窟より怪しいお屋敷の方がホラー的には恐ろしいです」

 日本語混じりで話したことに気付いて言い直した怜でしたが再びエドワードには通じない単語が混ざりました。

(お化け屋敷は特に苦手ってことかな……)

 エドワードは少し不安になりました。

「……レイちゃん、今日一人で寝れる?」

「さすがにそこまで怖がりじゃないです」

「そう? じゃあ明日はよろしくね。不審者の対処に一番いいのはレイちゃんの魔法だから」

「はい」

「それじゃあ、僕はお風呂入りにいくよ。おやすみ」

「おやすみなさい」

 エドワードが自分の部屋に戻ると、怜はぬいぐるみのローズちゃんを鞄から取り出しました。そしてローズちゃんを机に置いて仕事をし、エドワードとジークがお風呂から上がる頃に眠気を感じて寝ることにしました。寝る支度をした後はローズちゃんと一緒に布団に入りました。何故ならそう、ビビリだからです。



 翌日は曇っていました。

 エドワードたちは町役場の職員(三十代男性)と合流し、問題の空き家へと向かいました。

 その家は周りに他の民家も店舗も工房の類も無い場所に建っていました。

 豪邸です。二階建てなので高さはありませんが横に大きい屋敷です。奥行きもそれなり。建物の周囲には雑草が生い茂っていますが道から玄関までは石畳のおかげで楽に歩けます。

「立派な家ですね」

 怜の感想にエドワードは頷き、前日に聞いていたことを話しました。

「手広く商売してた人が住んでたんだって。実はこれとこの土地を相続した人がいてちゃんと税金納められてるんだけど、他の町に住んでて、もう何年も来てないらしいよ。でも草刈りだけはたまに頼んでるみたいだよ」

「この広さでは税金が結構な負担になってそうですけど」

 そんな怜の疑問には役場の人が答えました。

「家業は今も順調のようなので、余裕があるのでしょう」

「でも管理は怠っちゃってるんですね……」

「仕方のないことだと思います。倒壊しようが周囲に迷惑を被る人はいませんから。幽霊の話がなければ我々も気にすることはありませんでしたし」

「なるほど。お化けのこと、持ち主は知ってるんですか」

「知っているはずです。町が対処する可能性があるという通知を十日前に送りましたので」

 役場の人と話す怜は普段どおり……ではありません。エドワードとジークにはわかります。通常の怜は恥ずかしがり屋ゆえに初対面の大人と話す時は“人見知りする女子感”を漂わせていますが、今の彼女はそれが弱いです。まるで知っている人と話している時のような調子です。しかし杖を両手で握り締めているのでかなり緊張していることが見て取れます。

(お化けを気にして人間への警戒とか配慮が弱まってる?)

 エドワードは怜の気持ちについてそんな推理をしました。

 怜は役場の人の話を聞き終えると、屋敷をどう調べるのかとエドワードに尋ねました。

「そうだなあ……」

 エドワードは改めて屋敷を観察してから答えました。

「とりあえず人がいるかどうか確かめようか」

 その考えに怜だけでなくジークと役場の人も頷きました。

 まずはエドワードが屋敷に向かって大きな声で呼びかけてみます。

「誰かいますかー!」

 何の反応もないので別のことを言ってみます。

「いるならすぐに出てきてくれないと魔法にかかりますよー!」

 警告してみても何もなかったので、エドワードは怜にバトンタッチすることにしました。

 怜が魔法を使う前にエドワードは「危ないので」と言って役場の人を下がらせて耳を塞がせました。

 怜は杖を握り直すと険しい顔で叫びました。

【中にいる人、出てこい!】

 しばし待ってみましたが誰も出てきません。本当に無人のようです。

 エドワードは玄関の扉に触ってみました。しっかり鍵がかかっていたので、そのことを役場の人に伝えました。

 すると役場の人は玄関の前まで来て、持っていた道具箱を開けました。彼は屋敷の扉に取り付けられた錠前の穴に謎の器具を入れるとガチャガチャと何かして、約二分で開錠しました。

 さて、屋敷の中はというと、雨戸が閉ざされているので真っ暗です。

 エドワードたちと役場の人は玄関の扉を目一杯開けて屋敷内に入り、扉の脇にある窓と雨戸を開けました。今日は曇り空ではありますが窓と出入り口から光が入り、そこそこ明るくなりました。

「誰かが出入りして――」

 エドワードは喋っている途中で口を閉じました。彼が急に黙ったことで他三人は何かあるのだと察して動きを止めました。

 光の届かない廊下の奥から、ガシャンガシャンと何かが動いている音が聞こえてきます。

 四人の顔が強ばりました。

「何の音だ?」

 エドワードが自分にも向けた疑問を言いました。

「ひとじゃないなにか……」

 すぐに怜が返事をしましたが囁き声に近かったので男性三人にはうまく聞き取れませんでした。しっかり聞こえたとしても内容を理解できる人はいない発言でしたが、旅の仲間二人にはイリム語でない可能性が高いと思わせるものでした。

「一旦外に出よう」

 ジークが怜を引っ張って外に出ました。エドワードと役場の人も出て扉を閉めました。

 というわけでここで作戦タイムです。

 まず自分の考えを述べたのはジークです。

「『何かいる』というよりは『何か動くものがある』だと思う」

 男性二人が頷きましたが怜は何の反応も示しませんでした。緊張した顔で固まっていました。

 ジークの次に喋ったのは役場の人でした。

「この家を建てた人は元々おもちゃ屋です。動くものは多々あるかと」

「おもちゃの音……にしては物々しい感じだったような」

 エドワードが思ったことを言うと役場の人は「弱ったなあ」といった顔をして頷きました。

「私としてもあんな音を出すおもちゃに心当たりはありません……」

 この役人は怪談を聞いても怖がらないので今回の調査を任されたのですが、暗闇の中から聞こえる音には少しばかり幽霊的な怖さを感じていました。

 動かない怜にエドワードが話を振ってみました。

「レイちゃんは何だと思う?」

「プレイヤーを脅かすものかトラップ……」

 怜は返事だけしました。

 日本語の一部と化している英単語混じりのイリム語での発言に役場の人はきょとんとして、エドワードとジークは「魔法語で喋ったわけじゃないからよし」という判断を下しました。

「はい、じゃあ、危ない物だと思う人ー?」

 顔の高さに手を上げたエドワードが他三人に質問を投げ掛けると、全員が挙手しました。

「僕もそう思う。よく見えない状況で近付いたら事故が起きそう」

 エドワードの考えに男性二人が頷きましたが、怜はまたもや反応しませんでした。

(聞いてない……いや、今も聞いてはいる。他人に言われるまで意思を伝えることを忘れてるんだな……)

 再びエドワードに自分の考えを言うよう言われた怜は、

「ゲームだったらバトル開始かなって……」

 また一部を訳するのを忘れて喋りました。

 エドワードはこれまでの経験から怜の言ったことを大体理解しました。

「もし襲ってくる何かがいたら、僕とジークが斬るか刺すか殴るか蹴るかするからね」

 この言葉を聞いた怜はようやく顔を上げてエドワードを見ました。目と目が合いました。珍しく彼女は目をそらしません。

「頼りにしてます」

 固い表情のまま少し不安そうな声でそう言った怜にエドワードもジークも驚きました。目が合って気恥ずかしそうな感じも、目を見て喋るのに照れた様子もないのですから。

 それはそうとエドワードは頼られて嬉しかったのでにっこり笑って「うん、任せて」と言いました。

「で、作戦だけど……」

 エドワードは扉の向こうの様子を思い出して少し考えてみました。

「方向性は『慎重に様子を見に行く』でいいよね」

 他の意見は出ませんでしたし、今度は怜もちゃんと同意しました。

 エドワードたちは具体的にどう行動するか話し合いました。

 目標は、謎の音の出所を探ること。音を簡単に止められそうならささっと止めます。止めるのに苦労しそうな場合はまた考えますが、危ないものであればその場で破壊を試みます。屋敷内の危険物の破壊はあらかじめ役場から許可されています。流血沙汰になってもエドワードたちは責任を負いません。



 屋敷内の探索の用意ができたエドワードたちは再び扉を開けました。全開にして簡単には閉まらないようにした後、玄関で耳をすますとやはり屋敷の奥からガシャンガシャンと謎の音が聞こえてきました。

「レイちゃん。手、繋ぐ?」

 八割親切、二割からかいの気持ちでエドワードはそんなことを言ってみました。これに対して恥ずかしがり屋の怜はすぐに拒否するかと思われましたがそうではありませんでした。迷った様子を見せた彼女は最終的にこくんと頷き、

「お願いします……」

 と小声で言い、さらには右手をエドワードに差し出しました。

(結構まずいんだな……)

 エドワードはからかうことはせずに怜の手を握りました。

 四人は音のする方へ向かって慎重に廊下を進みます。

 進路にある窓を開くことで廊下を明るくし、緊急時の脱出手段にもしました。

 何かの部屋の戸も開けてみました。室内が暗かったのでエドワードが怜の懐中電灯で照らしたところ、床には小さな滑り台などの遊具があり、棚には様々なおもちゃが置かれていることがわかりました。音を出しているものはありません。四人を警戒させている音はやはり廊下の奥から聞こえてきます。

 四人はこの部屋の窓も非常口として使えるようにしました。しかし物が多いので全開にするのは雨戸だけでガラスの窓はほとんど閉めておきます。

 明るくなった部屋で懐中電灯のスイッチをオフにしたエドワードに役場の人が言いました。

「それ便利そうですね。魔術の道具のようです」

「そうですよね。どうなってるんでしょうね、これ。旅してて見つけたんですけど何であんな所にあったのかも謎で」

「はぁ、そうですか」

 役場の人がエドワードの返事に対して「どこで」とか「さっき使い方聞いてましたよね」とか思ってまず何から質問してみようかとちょっと迷った隙に、

【気にしないでください】

 怜が普通に喋るふりをして魔法を使いました。これはあらかじめエドワードが指示していたことです。彼女が正しく状況を判断できているようなのでエドワードとジークは安堵しました。

 一方魔法を使われた役場の人はというと。気にするなと言われても気にしないでいるのは難しいことですが、彼にはそこそこ効果がありました。彼は懐中電灯について追及しませんでした。

 四人はおもちゃ部屋を出て再び廊下を進みます。

 また戸があったので開けてみました。今度の部屋はカードゲームやボードゲームなど頭を使う遊びの道具が収められていました。部屋の中央に椅子とテーブルがあるのでここで遊べます。

 隣の部屋同様に明るくして四人は廊下に戻りました。そしてこれまで以上に慎重に進み、曲がり角の手前で足を止めました。

 音の発生源がだいぶ近いようです。

 ジークが角を曲がった先を覗いてみましたが案の定暗くてろくに見えませんでした。こうなれば照らしてみるほかありません。

 エドワードが懐中電灯を使うと、廊下の真ん中で何か動いているのが見えました。

(人……っぽくないな)

 その“何か”は照らされているのに音の調子も動作も全く変わりません。

 ガシャンガシャンの他にもギシギシ、ガラガラ、ゴロンゴロンと音を立てて何かはゆっくりと近付いてきます。

 懐中電灯の光を跳ね返すそれは、甲冑姿の何かでした。上から下まですっかり金属製の防具をまとった兵士のような見た目で、脚が動いていないのに前に進み、規則的に剣を上げ下げしています。

 エドワードの手が強く握られました。彼は「大丈夫だよ」と小声で言い、自分も握る力を強めました。

 謎の甲冑は曲がり角近くまで来ると、内部から何かが切り替わったかのような大きめの音を発しました。その音で四人を身構えさせ、そして……後退を始めました。

「……むきかえないんだ」

 怜が日本語で呟きました。独り言感が強かったのでエドワードとジークはあまり心配しませんでした。

「どうしようか、あれ」

 エドワードが意見を募ると、

「とりあえずついていくのはどうだ」

 ジークがそう言って、その案が採用されました。

 剣を上げ下げしながらバックしていく甲冑についていくと、廊下の端に謎の骨組みがありました。あれは何だと四人が思っているうちに甲冑がまたもや切り替わりの音を出し、今度は前進を始めました。四人は慌てて脇に避けました。

 四人の前を通っていく甲冑の背部には支えと思われる物体(車輪付き)が取り付けられていました。

 何だかよくわかりませんがお化けではないようです。詳しく調べるために四人はこの廊下にも外の光を入れました。

 動く甲冑に注意しながら壁際の構造物を見てみたところ、これは動く甲冑を停めておくためのものではないかと思われました。左右の支柱にある出っ張りに棒を渡して中のものを囲ってしまえるようになっていますし、床に車輪止めであろう物体もあります。

(これも部品か?)

 甲冑置き場(仮)のそばに立て掛けられた木の板にエドワードが手を伸ばそうとした時です。甲冑の音がやみました。見れば廊下の途中で止まっています。

 明るくなって異音が消えたからでしょう、怜の手の力が弱まりました。もう手を繋いでいなくても大丈夫そうです。しかしすっかり離れるのはまだ怖いのか、わざと彼女の手をしっかり握ったまま甲冑の元へ向かうエドワードにおとなしくついてきました。

 エドワードはまず甲冑が持つ剣を調べました。本物の剣ではありませんでした。それでも危ないことは危ないので取り外しておきたいと思いましたが紐で甲冑の手にがっちり固定されていたので諦めました。

 剣の次は兜です。これは簡単に取れました。案山子のように布に描かれた顔が出てきました。その絵柄について怜が「少年漫画みたい」とコメントしました。

 次に鎧に触ってみました。動いていた理由を調べるために鎧の下の確認を試みます。

 剣を持つ腕が邪魔なので上げて役場の人に抑えておいてもらい、エドワードたち三人で鎧を脱がせにかかりました。といっても、

「これどうなってるんだろう」

「胸当ては取れそうな感じですけど……」

 エドワードと怜はあまり役に立たず、ジークがあれこれと指示を出して鎧の胴体部分を脱がせました。

「レイはともかくエドまで構造を知ってないのは意外だ」

「こういうのは着るやつ少ないし、隙間狙ってもそんなに意味なくて転ばすものだって父さんが」

「そうか」

 鎧の下は面積の小さい鎖帷子と質素な服でした。この鎖帷子は鎧の弱点の部分のみ守るように作られたものなので面積が小さいのです。このことならエドワードも知識があります。

 ジークが鎖帷子の下の服をめくり上げました。そうしてあらわになった謎の甲冑の中身は、歯車とぜんまいと棒や糸、紐が組合わさったものでした。

「わあ……!」

 怜が感嘆しました。この屋敷に入って初めて明るめの声を出しました。

「おもちゃ屋さんって極めるとこんなの作れちゃうのかな」

 からくり甲冑の内部をしげしげと見てエドワードが感心していると、

「どうやらそのようですよ」

 役場の人が取り外された鎧の胸部を持って言いました。

「このからくり騎士の制作者としてこれに刻まれている名前が、おもちゃ屋の創業者です」

「そうなんですね。すごい人ですね」

 そう言いながらエドワードは「騎士だったのか、これ」と思っていました。

「……で。これがよくできたからくり人形だってことはわかったけど、何で動いてたんだろう」

 エドワードが疑問を口にした途端、怜の顔が強ばりました。怖い理由を考えたのでしょう。

「誰かが結構な頻度で動かしに来てるとしか思えない」

 ジークの現実的な意見に怜は今度はただ頷いて同意を示しました。

「そうだよなあ。実は鍵持った人が出入りしてる……? でも玄関はそんな感じじゃなかったな」

 不審者や侵入経路を探してみる前に、エドワードは先ほど気になった板を見てみることにしました。何か書かれているので持ち上げて読みます。

「注意。前方の安全を確認してから使うこと。一、きどう?」

 エドワードにとっては謎の単語を読み上げた瞬間、木の板の裏が光りました。

「うわっ!」

 突然のことに驚いたエドワードですが、すぐに光が見慣れたものであると気付きました。

 怜が板の裏を覗き込み、

「わー!」

 目を輝かせました。そうです、光の原因は魔法陣です。

 板に魔法陣が彫られており、その溝が金色に光っています。

「ねえレイちゃん。僕、何言っちゃった?」

「動き出すよう言いました。たぶん今は次の指示を待ってる状態です」

「じゃあ、追加の呪文唱えなければいいんだね」

 エドワードが板をその場から動かすと空中に魔法陣が残りました。

「うわ、ほんとにすごいな、これ」

 とても複雑な魔法陣です。丸と四角を組み合わせた形なのでこの国の魔法でしょう。

 呪文一つで出来上がった魔法陣に一番驚いたのは役場の人でした。

「魔法陣って苦労して描くものだと思ってたのですがこんな簡単に用意できるものなんです?」

 少しばかり早口になった役場の人に尋ねられた怜は首を横に振り、エドワードが持つ板を指差しました。

「たぶんこの板が特殊で、この魔法はこういうものを使うことを前提に作られたものなんだと思います。この国の魔法陣は他と比べて複雑で大変なので、こういう魔法の開発が進んでるみたいです」

 この国の魔法の情報はジークから聞いたことです。ジークは母から聞きました。

「へえ、そうだったんですか。外国の魔法陣はいくぶん楽なんですか」

「はい。その代わり、少しの歪みで威力が下がったり、要求される魔力の強さの程度が高くて他国の似たような魔法に比べて使える人が少なかったりするらしいです」

 役場の人に魔法使いとして扱われてちょっと嬉しそうにしている怜を微笑ましく思いながらエドワードは魔法陣を手で払って消しました。

 そして板の呪文が書かれた面を怜に見せました。

「これ何の魔法かな?」

「結構強い風を吹かせるものだと思います。吹き荒れる風を、ってあります」

 呪文を読んで答えた怜にまた役場の人が質問しました。

「もしかして魔法語がわかるんですか?」

「はい」

 怜が頷いたので役場の人は赤毛剣士より魔法使いの方がだいぶ特殊らしいぞと思いました。

「風かあ。あれを動かしたっていうなら相当なものだよね。車輪付いてるっていっても」

「試してみますか」

「うーん。止め方がわからないからやめておいた方がよさそう」

「それもそうですね」

 と言って納得してはいるもののしょぼんとした顔をする怜。そんな彼女にエドワードは違う形での魔法の使用を提案してみました。

「魔法だけ確かめてみるのもありだと思うんだ」

 怜の表情がぱっと明るくなりました。

 わかりやすい怜ににこにこというかにやにやしつつエドワードは怜に魔法陣の板を渡しました。

 板が杖の代わりになると見た怜は杖をエドワードに預けました。それから窓を全開にし、板を持つ手を窓の外に出しました。魔法陣を屋外に出現させるからです。

【起動】

 一つめの呪文を唱えると怜は板を動かしました。そして空中に浮かぶ魔法陣を見て楽しそうな笑みを浮かべました。

【羽根を用意しなさい】

 魔法陣が輝き、前方に光の球が三つ現れました。その球は縦にも横にも広がり、三角に近い形になりました。

(風の魔法だから扇? いや、風車(かざくるま)みたいに動きそうだし、羽根?)

 エドワードは球が何に変化したのかすぐにはわかりませんでしたが、怜から見れば扇風機の羽根でした。

【吹き荒れる風を起こしなさい】

 光の羽根が高速で回転し、強力な風を起こしました。風のあたる草木が嵐の日のようになっています。

 風は三十秒ほどでやみました。

 怜が振り返ってエドワードに言いました。

「どうせならみんなが使えるものかどうか試すのはどうですか」

「そうしようか」

 男性三人も魔法を使ってみることになりました。

 エドワードは怜と同じでした。ジークは強めの風が約十秒吹いて終わりました。役場の人は三十秒間羽根が回りましたが強い風は初めの五秒くらいであとは家庭用扇風機の「弱」程度でした。

 そこそこ魔力が強い人でないと魔法の風力を利用してからくり甲冑を動かすことは難しいとわかりました。逆に言えば魔力が強ければ一人で動かせるわけです。この情報は侵入者を探す必要が生じた際に少しは役に立つでしょう。

 四人は木の板を元の位置に戻し、甲冑を元通りにしてついでに置き場と思われる場所まで手で押して移動させました。

 廊下にあるものを調べ終えたので、次は一番奥の部屋を確認します。

 そこはこれまでの部屋と違って出入り口は引き戸でした。

 室内には大きな台と簡素な椅子、低い棚には様々な箱、そして壁に立て掛けられたり床に寝かされている棒や板。そして甲冑と、なんとなく人っぽい形に組み上げられた物体がありました。この部屋はよく見ておく必要がありそうです。四人はさっそく部屋に入りました。

 窓に伸ばされたジークの手が止まりました。

「鍵がかかってない」

 そう言うとジークは鍵には触れずに窓を開きました。

 四人は窓の外、雑草だらけの裏庭の地面を確認しました。

 足跡は見当たりませんが、屋敷の壁に沿って草の少ない細い道ができています。

 屋内に侵入はしないまでも肝試しに来ている人が少なからずいるようなので、地面が踏み固められていたり草が倒されていたりしているからといって頻繁に屋敷に出入りする人がいるとは言い切れません。しかし鍵が開いていたからにはやはり窓が利用されている可能性は高いでしょう。

「ここから出入りしているとなれば警察に相談しなくては」

 役場の人は険しい顔でそう言いました。

 窓の次は甲冑とその横の物体の確認です。

 甲冑はただ人形に着せてあるだけでした。

 なんとなく人っぽい形の物体は廊下の甲冑の中身に似ています。作りかけであるようです。

 甲冑とからくりを交互に見た怜が、

「“二号”か“改”って感じですね」

 そんなことを言いました。彼女の意見にエドワードは頷きました。

「そうだね。脚動かしたかったのかな、これは」

 四人はからくりを触ってみて、車輪が付いてはいるものの大きく動くことはないだろうと判断しました。

 それから甲冑のそばにある棚の箱の一つを開けてみると、工具が綺麗に収まっていました。

「ここでいろいろ作ったんだろうね。こんな部屋まであるのに、住む人がいないなんてもったいない」

「将来的にはまた住むつもりかもしれない」

 屋敷の元住人や所有者のことを話しながら四人は部屋の中を調べました。魔法陣の彫られた板を発見しましたが何の魔法かわかりませんでした。しかし廊下にあった板の魔法陣と似ているので、違う風の魔法ではないかと思われました。呪文が不明なこともあり侵入者が使って何かしたということはなさそうでした。

 幽霊騒ぎの原因であろう音を止め、作業部屋(仮)も調べ終えた四人は、さてどうしようと話し合い、念のため屋敷の他の場所も見てみることにしました。

 彼らは玄関を挟んで反対側の廊下へ向かいました。

 そこは変な仕掛けでいっぱいでした。戸を開けたら落ちてきた桶、床下収納にしてはわかりにくく小さな空間(剣をしまう分にはよさそう)、ロープウェイのように紐を伝って滑空してきた黒板消し、大きな絵画の後ろの抜け道、低い位置に張られた糸……。回転する壁もありました。これは部屋を行き来できるだけでした。

(廊下の罠はまだわかるけど客室にいろいろ仕込んでるのは何なんだ……)

 お金持ちの考えることは理解できないなと思うエドワードでしたが、怜がテンションを上げていることに気付き、もしや客人が遊べるように作ったのではないかと考えました。

(『にんじゃ』っていうんだっけ)

 エドワードは怜から聞いた忍者屋敷の話を思い出したのです。仕掛けがあるとわかっている状態であれば動く壁などは面白く感じるのかもしれません。

 罠には大抵ジークが真っ先に気付きました。そのことをエドワードが褒めると、

「この家、俺の家と同じだ」

 ジークはそんな発言をしてエドワードと他二人をきょとんとさせました。

「え?」

「罠は家主が趣味で作ったものだと思う」

「ジーク、お前の家どうなってるんだ」

「母さんが考え出したはいいけどいまいちな魔法と普通の道具を組み合わせて防犯に使ってる。たまに誤作動して困る」

 恐ろしげな家だとエドワードは思いましたが、怜は「何それ見たい」と目を輝かせ、役場の人は「やっぱり特別な人って特別な家に育つんだなあ」などと考えて感心していました。

 エドワードたちは仕掛けをできるだけ元通りにしてからからくりエリアを離れました。

 引き続き雨戸を開けながら屋敷内を見ていきます。

 部屋の戸を開けて中を覗いたとき、そこが誰かの私室と思われる場合は入りませんでした。

 ただし一つだけ入った部屋がありました。男性のものと思われる部屋で、高さ五十センチ程の人形がぽつんと佇んでいました。

 その人形を見た時、エドワードは「お手伝いさんの格好してるな」としか思わなかったのですが、ジークと怜があれは動くはずだと主張しました。調べてみると二人の言うとおりでした。しかし二人が思うほど高度な技術のものではありませんでした。

「ここに置きっぱなしの理由を考えるべきでした……」

「そうだな」

「二人共これがどうなると思ったんだい?」

「方向転換」

 ジークが短く答えると怜が自分も同じだと頷きました。

「あの冑みたいに下がっていくんじゃなくて、くるって回って戻るんです」

「へえ。それはすごそうだね」

 二人が考えたとおりの物だとしたら恐らく高価で、邪魔になりにくい大きさということもあり新居に移されていることでしょう。

 人形を元の位置に戻して四人は部屋を出ました。

 二階は動くかもしれない物こそありましたが、実際に動いている物も変な仕掛けもなく、そして泥棒が入った様子もなく、とても静かで寂しい空き家そのものでした。

 一通り見て回った四人は屋敷を元の状態に戻して外に出ることにしました。

 雨戸が閉じられてどんどん暗くなっていく中、怜のテンションが低くなっていき、彼女はエドワードから離れようとしませんでした。エドワードはやっぱり頼られて嬉しかったので自分の方からもくっつき気味でいました。

 屋敷を出る前に四人は玄関でまた耳を澄ましました。もう変な音は聞こえませんでした。

 ほっとした彼らは外に出て扉を閉めました。そして役場の人が鍵をかけ、調査終了となりました。



 四人は報告のため町役場に向かいました。

 役場で旅人三人組は調査の謝礼としてお金を貰い、その上お茶とお菓子が出されました。

 お皿の上の黄色くて四角い物体を見てエドワードは役場の人に尋ねました。

「これは何ですか?」

「芋ようかんです」

「芋、よう……?」

「ようかん、です。芋ようかんが我が町の名物です」

 ようかん。はて、聞いたばかりの単語のような。エドワードは怜をちらりと見ました。機嫌が良さそうでした。

「昔からあるのですがなかなか広まりません。不思議です。とても美味しいのに」

 エドワードは芋ようかんを一口食べてみました。確かに美味しいものでした。

「ねえ、レイちゃん。昨日ようかんって言ってなかった?」

「洋館、です。建物のことです」

「そっか。ところでなんかやけに機嫌良くないかい?」

「洋館に行ってようかんもらったので」

「……えっと、だじゃれが好き?」

 質問に対して怜は首を横に振りました。

「娯楽の主人公と同じような体験ができたからです」

「なるほどね」

 怖いことから解放された安堵も結構混じっているのだろうとエドワードは思いました。ジークもです。そして役場の人は「今さらだけどこの人たちどこから来たんだろう?」と思いましたが、ごまかされる気しかしなかったので聞きませんでした。



 役場を出たエドワードたちは遅めの昼食をとってから町を発ちました。

 魔物を倒しながら街道を進み、景色の良い場所で休憩としました。

 雲の少なくなってきた空をぽーっと眺める怜にエドワードは質問してみることにしました。

「ねえ、レイちゃん。昨日言ってた建物の方のようかんのことなんだけど」

 怜がエドワードに顔を向けました。まだエドワードの好奇心と少しの意地悪には気付いていないようです。

「何があるんだい?」

 質問の内容を理解した途端、怜は目を逸らしました。

「……不思議な生き物です」

「それだけじゃレイちゃんは怖がらないよね」

 言い当てられた怜は渋々ゲームであった怖い話をするのでした。

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